第3話 13

「え、ええとね……」


 アルの強さに憧れるダグに、なんと応えるのが正解だろう?


 そんな事を考えるあたしをよそに、クロは喉を鳴らして笑い、ダグに肩を竦めて見せた。


「あいつに才能? そんなモノ、まるでないよ!」


「――ちょっ!? クロ!?」


「そもそもさ、子供の頃のあいつは、アリシアにだってよく負けてたんだぜ?

 ミハイルの才能を受け継いでたなら、女の子にボコられてベソなんて掻くもんかい」


 ――確かにそれは事実だけど……


「――そこまで容赦なく暴露する必要はないんじゃないかなっ!?」


 思わずツッコミを入れるあたしに、けれどダグはますます興奮気味に鼻息を荒くして、憧れの色を濃くしていた。


「じゃあ、じゃあさ! 兄ちゃんがあんなに強かったり色々知ってたりするのって――」


「ああ。全部、あいつの努力の賜物だよ。

 あいつはさ、政務を執るようになるまで、それこそ頭おかしいんじゃないかってくらい、訓練と勉強漬けの日々を送ってたんだぜ?」


「やっぱそうなのか! じゃあ……」


 そう告げるクロを掴まえて、ダグは顔を寄せてさらに尋ねる。


「――オイラも頑張れば、兄ちゃんみたくなれっかな!?」


「ん? ダグは騎士になりたいのかい?」


 クロの問いかけに、ダグは迷う事なく首を横に振る。


「騎士じゃなくてさ、兄ちゃんみたくなりたいんだ!」


「アルみたいにって?」


 あたしの問いかけに、ダグはすきっ歯を覗かせて、困ったような笑みを浮かべる。


「兄ちゃんってさ、あんなに強いし賢いのに、ガキのオイラ達にも偉ぶったりしないだろ?

 そりゃ、言葉遣いはまだまだおかしいけどさ。それだってだいぶマシになってきてる。

 そんでリディア姉ちゃんやイライザ姉ちゃんが困ってたら、全力で助けに行ったりするじゃん?」


「基本的に不器用なんだよね。あいつ……」


「うん。特に生き方がね……」


 クロとあたしの呟きに、ダグは苦笑。


「でも、それってすげえかっけえって、オイラは思うんだ。

 どうせなるなら、あんな大人にオイラはなりたいよ」


 照れ臭そうに視線を逸しながら、そう結んだダグを――


 ……ああ、運命と出会いの女神ディトレイア様!


 この子をアルと巡り合わせてくださった事に感謝します!


 きっとアルにとって、この子の存在は掛け替えのないもので……きっときっとすごく救いになったはずだよ。


 こんな風にあいつを理解してくれるなんて……


 願わくば、もっと早く――それこそもっと幼い頃に出会えていたならと思わずにいられない。


 そうなっていたなら、きっとアルとこの子はおじいちゃんとグラート爺みたいな関係になっていたはずだよ。


「――ありがとう!」


 女神に感謝を捧げながら、あたしは思わずダグを抱き寄せた。


「うわっ!? うわわっ!? ちょっ、女臭っ!? 姉ちゃん、離せよっ!」


 暴れるダグを強引に抑えつけ、あたしはダグを抱き締め、抱えあげる。


「ダグ、あんた、本当にいい子だよ」


 そう囁いてやれば、ダグは諦めたように脱力して、それでも顔を背けて告げる。


「……どうせならカッコイイ男って言ってくれよ」


「そう言われるには、あと十歳は歳が足りないね」


 その時、兵騎から降りたアルを囲んで、騎士達が歓迎を示す声をあげ、一斉に敬礼するのが見えた。


 仮面に覆われたアルの表情はいまいちはっきりとしなかったけれど、口元がちょっと上がっているから、喜んでいるんだと思う。


 これもまた、ダグがもたらしてくれたアルの良い変化だと思う。


 以前のあいつだったら――無理矢理、王太子の仮面を着けさせられたままのあいつだったら、あんな風に素直な笑みを人に見せたりはしなかったはずだもん。


「……やっぱ、かっけえなぁ」


 あたしに抱き上げられたままポツリと呟くダグの視線の先には、騎士達に敬礼を向けられ、同じように王国制式の敬礼を返すアルの姿。


「どれ。ボクはちょっとあの騎体の様子を見てくるよ。

 あんな無茶な騎動しちゃってさ。あいつの魔道器官がユニバーサル・アームにおかしな影響を与えてなけりゃ良いけど……」


 と、クロは手すりを飛び越えて、鍛錬場に降りていく。


 あたしはアルに憧れの視線を向け続けるダグを抱き上げたまま――


「ねえ、ダグ。

 なら、あたしがあんたに剣を――ううん、戦闘術を教えてあげよっか?」


「え~? 姉ちゃん、人に教えるとかできんのかよ?」


 この子ってば、せっかくのあたしの申し出に!


「あんた、それってすっごく失礼!」


「――だ、だってアリシア姉ちゃんって、アル兄ちゃんと違って、感覚とノリだけで生きてる雰囲気がするんだよ!

 だーっとやれ! とか、ばーんってやるの! とか言い出しそうでさ!」


「――しないよっ!? むしろそれ、アジュアお婆様がそうだったから、あたしは絶対にしない!」


 ――知識は植え付けてやったんだから、わかるだろう!? というかわかれ!


 そう言って、アジュアお婆様の鍛錬はいつも、擬音と身振り手振りばかりで、すごく分かりづらくて苦労したんだよね……


「それにあたしには、ちゃんと育成実績があるんだよ?」


「ホントかぁ?」


 なおも疑わしげな目を向けてくるダグに、あたしは大きくうなずきを返す。


「ま、人間としての育成は失敗しちゃったみたいだけどね。

 少なくとも剣士としては、アルに勝てるくらいにはなっちゃってたみたいだね……」


「え? それってどういう……」


 不思議そうに首を傾げるダグ。


「――おっと、これは愚痴だね」


 さすがにこんな事、おいそれと人に話せたもんじゃないよ。


「とりあえずその気があるなら、明日、ここの入り口に来るように。

 騎士達の鍛錬に混じって、あんたを鍛えてあげるよ」


 と、あたしはダグを下ろして、その小麦色の頭を撫でてやる。


 鍛錬場では、グラート爺がアルの肩を抱いて場外に向かおうとしていた。


 騎士達も彼らの後にぞろぞろと続いているところを見ると、これから呑みに繰り出そうというんじゃないかな。


「ほら、ダグ。アル達はこれから酒盛りに向かうみたいだよ?

 騎士達の話を聞くいい機会だ。あんたも行っといで」


 あたしはそう言って、ダグの背中を押してやる。


「姉ちゃんは行かねえのか?」


 その問いに、あたしは腕組みして胸を張った。


「あたしはこれから、リディアやイライザと合流しなくちゃだからね!」


 騎士達との酒盛りなんて、いつだって参加できる。


 でも、女友達とのお食事会なんて、あたしの人生では次にいつその機会が巡ってくるかわからない大事なんだよ。


「――さあ、街歩き用の格好に着替えなくちゃね」


 ふたりとはいろいろと話したい事がたくさんあるんだ~。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る