第3話 12

 ――アルとヘリオスの試合は、先程の試合同様に、ほぼ一瞬で決着した。


 はじめは紫竜剣術の構えを見せていたアルだったけれど、ヘリオスとの短いやり取りの後、その構えを変えた。


 剣を縦に、右肩に両手を引きつけて構える独特の構え。


 たぶん、一戦目でヘリオスが見せたんだろうね。


 アルが取ったのは神速の踏み込みと、最短で斬り降ろしを繰り出す為だけに特化された単純な構えだよ。


 きっとアルは、あの構えから繰り出されるヘリオスの技の弱点に、たった一度見ただけで気づいたんだ。


 そして、その先をヘリオスに示そうとしている。


 あたしの予想した通り、アルはヘリオスの神速の踏み込みをそのまま再現し、大気を破裂させてヘリオス騎に肉薄した。


 ヘリオスがその一撃を受け止められたのは、アルがそうさせたからに違いないよ。


 アルの腕なら、あの状態からだって剣の軌道は変えられるはずだもん。


 鋼鉄がぶつかり合う激しい衝撃音。


 大量の火花が散って、周囲を白く染め上げる。


 ヘリオス騎が気合いの雄叫びをあげて、アル騎を押し返す。


 それさえもきっとアルの思惑通り。


 あいつはヘリオスに、得意技を防がれた場合の対処を伝えようとしているんだもの。


 ……でも、それはないよ。アル――


「――なぁッ!?」


 直後に取った、アル騎の騎動にヘリオスが驚愕の声をあげた。


 そりゃ驚くよね……


 兵騎がトンボを切って、宙返りしたんだもん。


 劣等感が強いあいつは、ができる事なら他人もできるに違いないと思い込む悪癖があるんだよね……


 あいつの能力は「ごとき」なんて範囲に収まらないものにまでなっているっていうのにさ……


 そのまま後方に難なく着地したアル騎は、身を低く、地を這うような姿勢で左右に騎体を跳ばさせながら、瞬く間にヘリオス騎に接近。


 アジュアお婆様が伝える八竜戦闘術で、色の別なく共通で教わる歩法だね。


 アル騎はそこから伸び上がるように一気に剣を突き上げた。


 きっとヘリオスには、アル騎が消えたように見えたに違いないよ。


 人の目は左右を見るのには優れているけれど、上下の動きには極めて弱いんだとアジュアお婆様が言っていた。


 あの歩法は、そんな人の生理反応を突いた技で、左右の動きを追うのに慣れさせて、そこから一気に足元に潜り込む事で、こちらを見失わせるというものなんだ。


 それを兵騎でやっちゃうんだから、アルの騎動技術には舌を巻く。


 そもそもその直前に見せた、騎体を宙返りさせるなんてマネ、あたしにだってできないよ。


 騎乗者リアクターは兵騎と合一したら、騎体をもうひとつの身体のように感じる。


 けれど、あくまで「――ように」であって、どうしたって違和感は残るんだ。


 あそこまで自在に騎動させられるのは、きっと普段から身体を魔道で動かしているアルだからこそだと思う。


「……すっげえ……」


 ダグが鍛錬場を見下ろしながら、呆然と呟いた。


「――兵騎って、あんな動きができるんだな!?」


 そう呟くダグの目は、きらきらとした憧れに満ちた色でアル騎を見つめている。


「オイラ、兄ちゃんと兵騎が戦ってるのを見たことあるけど、あんな速く動いてなかったからさ、てっきりアレが当たり前だと思ってたんだ」


 ダグはあたしに振り返り、興奮で顔を真っ赤にして告げてくる。


「ヘリオスの兄ちゃんの騎体の動きも速えって思ったけど、アル兄ちゃんのアレ、なんだったんだ!? ホント、すげえ!

 ていうか、兄ちゃん、あんなに兵騎使うの上手かったんだな!?」


 早口でまくし立てるダグに、あたしとクロは顔を見合わせて苦笑する。


「……まあ、昔から弱くはなかったんだけどね」


「相棒はミハイル――父親に憧れてたからね」


「ああ、前に兄ちゃんが言ってたな。二つ名持ちのすごい人だったんだっけ?」


 アルはダグにそんな話までしていたのね。


 その信頼ぶりに驚きながらも、あたしはダグにうなずきを返す。


「そ。<狂狼>って呼ばれて、アグルス帝国の兵には恐れられていたんだ。

 剣でも魔法でも負け無しでね。当然、兵騎を扱わせても超一流。

 ミハイルおじ様に勝てるのなんて、ウチのおじいちゃんを含めた四大騎士くらいだったよ」


「つまり兄ちゃんは、その親父さんの才能を受け継いだって事?」


「――ッ……それは……」


 ダグの子供特有の悪気のない問いかけに、あたしは思わず言葉に詰まる。


 あらゆる方面で才能に恵まれたミハイルおじ様と、アルが生まれるまでは、その右腕として共に戦場を掛け続けたというレリーナおば様。


 周囲の者達はダグがそう考えたように、アルはふたりの才能を受け継いでいると考えたんだよね……


 ……そしてみんな、あいつに勝手に落胆した。


 決してアルに才能がなかったわけじゃない。


 同年代の子供の中でなら、あたしと張り合えるだけの腕も頭もあったんだもん。


 でも、周囲の人々が比べたのは、幼い頃のミハイルおじ様で……


 ――ミハイル殿下なら……


 そういう枕詞を付けて、アルに失望する貴族達をあたしは何人も見てきた。


 でも、あいつは……そんな陰口を耳にしても、泣き言のひとつも言わずに、必死に勉強や鍛錬に打ち込んでいたのよ。


 アジュアお婆様のところで一緒に学ぶようになってからは、それこそあたしやクロがドン引きするくらいだった。


 面白がったアジュアお婆様が、次々に課題を課すものだから始末が悪い。


 ――俺は才能がないらしいからな……


 あの頃のアルは、いつもそう寂しそうに笑っていたっけ。


「……アリシア姉ちゃん?」


 押し黙ったあたしに、ダグが不思議そうに首を傾げる。


「え、ええとね……」


 アルの強さに憧れるダグに、なんと応えるのが正解だろう?

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