第3話 11

 審判騎の宣言を受けて、俺は騎体に膝立ちの降着姿勢を取らせて合一を解いた。


 視界が騎体のものから、鞍房あんぼう内部の俺自身のものに戻る。


 俺は身を預けていた鞍に接続された固定器から四肢を引き抜くと、顔の下半分――口元を覆う半仮面を剥ぎ取った。


 この半仮面はクロが俺の仮面に追加効果を持たせる為に幻創したものだ。


 兵騎と合一するには本来、騎乗者リアクターは騎体と感覚を一体化させる為、同調器となる仮面型魔道器を着用する。


 だが、俺は顔の半分をすでに覆われている為、同調器を着ける事ができなかったワケだが、そもそもの話、今、俺が魔道を用いて身体を動かすという方法自体が、兵騎を動かす技術の応用なのだと、クロは説明していたな。


 ――魔道器官の接続先がローカル・スフィアかリンカー・コアかの違いだけだよ。


 などと、よくわからん事を言っていた。


 そのリンカー・コア――要するに兵騎の合一器官の事らしいが――に接続する為の刻印が施された追加魔道器が、今、俺が外した半仮面だ。


 元から着けている仮面と合わせて使う事で、同調器の役割を果たすようだ。


「……ふむ。どうやら問題ないようだな」


 目元を覆う仮面の意匠に合わせ、牙を剥いた狼のアゴを模した半仮面を手に俺は呟く。


 それを懐に収めると、鞍の正面――鞍房あんぼうの入り口となる胸部装甲の裏側を押し開け、俺は騎体から降りた。


 途端、俺はむさ苦しいおっさん騎士達に取り囲まれる。


 そんな中から、一際体格の良い壮年の――大叔父上と同年代の騎士が進み出て来て。


「まったく! 若い衆が珍しく決闘式の試合をしとるというから観に来てみたが……」


 と、騎士は俺の肩に、太く鍛えられた浅黒い腕を回す。


「――アル坊! 相手はおまえさんだったか!

 おかしな仮面なんか着けおって! すぐにわからんかったじゃないか!」


 しゃがれ声を響かせて、彼は愉しげに俺の肩を叩いた。


「――グラート爺っ!? あんた、まだ現役だったのか!?」


 その懐かしい顔に、俺も思わず当時の――<竜牙>騎士団の鍛錬に参加させてもらってた時の口調が出てしまった。


 ――コルテス・グラート。


 大叔父上の乳兄弟として育ち、<竜牙>騎士団の団長を任されている人物だ。


 試合前に騎士達に挨拶した時は居なかったから、とっくに引退したと思っていたのだが、どうやら俺の勘違いだったらしい。


 俺の言葉に、グラート爺はいかめしい顔をほころばせる。


「御館様が現役なのに、直臣のワシが引退するわけにも行くまいて!」


 と、そう告げて口ヒゲを撫でたグラート爺は、俺の耳元に顔を寄せて。


「……殿下、よくぞご無事で。爺は嬉しゅうございますぞ……」


 俺だけに聞こえるように、声を抑えてそう囁いた。


「ああ。心配をかけたな……」


 俺もまた声を落として応える。


 どうやらグラート爺は、俺がこの城に滞在している事を知らされていなかったようだな。


「昔のように正体を隠して、という事になるが、またしばらく厄介になる」


 俺の言葉に、グラート爺は目を細めて頷いた。


 昔、<竜牙>騎士団の訓練に参加した時、他の騎士達は俺の素性を知らされていなかった。


 騎士達には俺の事は大叔父上の知己の子とだけ伝えられ、俺は大叔父上の従士候補として訓練を受けていたのだ。


 だが、大叔父上の腹心であるグラート爺にだけは真実が告げられていて、訓練では決して甘くしてくれる事はなかったが、休息の時間にはそれなりに気を遣ってくれていたっけな。


 グラート爺が打ち解けた口調で接している事で、周囲に集まった古参騎士達も俺が「あのアル」だと確信したようだ。


「やっぱりなぁ。魔動の動きがそんな感じしてたんだよ!」


「その仮面はどうしたんだよ?」


「というか、でかくなったなぁ!」


「いままでどうしてたんだ!?」


 口々に当時を懐かしみながら、俺の腕やら肩やらをバシバシと叩いて行く。


 そんな古株達の様子に、ヘリオスの元に集まっていた若手達に、困惑と驚きの表情が広がっていく。


 ヘリオスもまた驚きの色を隠せないようで、若手達を引き連れながらこちらにやって来た。


「……みなさん、彼の事をご存知なんですか?」


 ヘリオスの問いかけに、俺の周囲の中年騎士達はニヤニヤと笑みを浮かべて顔を見合わせる。


「――聞いて驚け! この小僧はな、貴様らが半べそ掻いて切り抜けた山岳訓練を、わずか十歳で達成してみせた、頭おかしいバケモンだ!」


 ひとりの騎士が盛大に暴露し、若手騎士達の目が見開かれる。


「そんな事できるの姫様だけじゃ……」


「――姫様だって山岳訓練への参加は、出奔を認めてもらう為の試験として十二の頃だったと聞くぞ……」


 口々に囁き合う若手達。


 というか、アリシアのヤツもあの訓練参加した事あるのか。


 まあ、冒険者としてやっていく為の、野外活動の知識や技術を培う場としては、あの訓練はうってつけだものな。


 古参達の言葉を信じられないのか、様々な憶測が飛び交う中、若手のひとり――騎士にしては細い体格をした少年と言っても良い年齢の男が手を挙げた。


「僕、親父に聞いた事があるよ……

 御館様の従士候補だという子供が、山岳訓練に参加した事があるって」


 彼の言葉に、若手達が首をひねる。


「――リンガート魔道士長が?」


 そうか。彼はリンガート殿の息子か。


 言われてみれば、優しげな目元が父親と良く似ている。


 魔道士長には、何度か山岳訓練での負傷を治癒魔法で治してもらったな。


 飛び出した骨を接いで、跡形もなく癒せるほどの腕を持つ魔道士は、王城にだってそうそういるものじゃなかったから、リンガート殿の事はよく覚えている。


「なんで魔道士長がそんな事知ってるんだよ」


「さすがに子供が参加するから、万が一に備えての救護目的で魔道士隊も同行したらしいんだ」


 と、若手達は真相を求めてグラート爺に顔を向けた。


「事実だぞ。

 この小僧、大人に付いて行こうと無茶ばかりしおるから、よくリンガート殿の世話になっとったな。

 ――な? アル坊?」


 そう話を向けられて。


「お父上には、何度も治癒を施してもらった。本当に世話になったものだ」


 俺はリンガート殿の息子だという彼に頭を下げる。


「い、いえ! その……こ、光栄です?」


 あまり礼を言われる事に慣れていないのか、彼はうわずった声でそう応えた。


「おいおい、マジの話なのかよ……」


 ヘリオスが呆れたように溜息を吐いて、俺の前までやって来る。


「……アルさん。

 ――いや、アニキ!」


 と、彼は覚悟を決めた顔をして、両脚を開いて膝の上に両手を置き、頭を下げてそう声高に告げる。


「そうとは知らずにナメた口をきいた挙げ句、指導試合までしてもらって、本当に申し訳ねえ!」


 この反応、「イイ子」になったばかりのジョニス達を思い出すな。


「いや、アニキって……君の方が年上だろうに……」


 ジョニス達にも告げた言葉をそのままヘリオスにも告げてみるが、彼もまた首を振ってイイ笑顔を浮かべる。


「――敬うべき相手に年齢は関係ねえでしょう!?」


「む、それはそうだ……」


 俺だってダグ先生やマチネ先生の年齢に関係なく、「先生」と呼んで尊敬しているしな。


「あれほどの戦技騎動まで見せつけられて……騎士団所属なら、役職呼びもアリなんでしょうが……」


「いや、俺はあくまで大叔父――いや、御館様に騎士団への教導を依頼されただけだからな」


「なので、アニキです!」


 若手の中心であるヘリオスが頭を下げた事で、他の若い騎士達も同じ格好で頭を下げる。


「――ご指導のほど、よろしくお願いします! アニキ!」


 野太い声を揃えてそう告げる若手連中に、古参騎士達はニヤニヤと俺と若手を交互に見比べている。


「ああ。とはいえ、俺も人に教えるのは初めてでな」


 俺は彼らにうなずきで応え、それから俺にとって重要な事を告げておく事にした。


「――しかも先程ヘリオスに伝えた通り、俺は言葉選びが下手くそでな。

 不快な想いをしたなら、謝罪するからすぐに教えて欲しい」


 せっかく良好な関係を築けそうなのに、いつもの口下手で拗らせてしまいたくはないからな。


「なんだおまえ、それまだ直ってなかったのか?

 良いんだよ。昔も言っただろ? ここじゃ言葉遣いなんか気にするやつぁいねえんだから、好きに喋れって!」


 古参のひとりが俺の背中を叩いて、笑顔でそう告げる。


「あ、ああ。そうだったな……」


 ……いかんな。城を追われた日の事がある所為か、俺は必要以上に口下手な事を気にしていたようだ。


「……ここは、そういうところだったな」


 ……この感情をなんと言えば良いのだろうか。


 遠慮なく俺を小突き回し、訓練に参加した当時の思い出話に花を咲かせる古参連中と。


 俺をアニキと呼んで目を輝かせる若手達。


 なんとなく古巣に帰って来たような感覚に、俺の頬も思わず緩む。


「こちらこそ、よろしく頼むよ」


 そう告げれば、騎士達は古参も若手も関係なく、一様に敬礼して声を揃えた。


「――ようこそ、<竜牙>騎士団へ!」

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