第3話 10
一戦目同様、両足を前後に開き、肩がけに柄を持つ両手を掲げ、切っ先を前に向けて模擬剣を構える俺に、大剣を右肩寄りに捧げ持つヘリオスは――
『……その構えと言い、先程の騎動と言い――失礼だが、貴方の流派を伺っても良いだろうか?』
「最初の話し方が君の素だろう?
無理にかしこまった話し方をしなくても良いぞ」
俺はそう前置きし。
「俺の流派は無名過ぎて、たぶん知らないと思うがな。
――紫竜剣術って言うんだが……」
王族がババアのトコで学ばされる、八色の竜の名を持つ戦闘術の一つだ。
王太子として八竜すべてを修めさせられた俺と違い、アリシアなんかは紅竜双剣術だけにのめり込んでたな。
流派を告げるくらいなら問題ないが、八竜戦闘術の要訣は王族の秘中の秘のひとつだ。
その伝承にはババアが持つ魔道器が用いられ、強引に知っている状態にされる。
当然、書物や記録など存在しないから、王族――それもババアのトコで鍛錬した者以外にはまったく知られていないのだ。
『……確かに聞かねえ流派名だ。だが……』
と、ヘリオスは呟き。
「体捌きや運足が、御館様や姫様のものに似ているのはどういう事だ?」
その問いに、俺は表情のない制式騎の仮面の中で、笑みを浮かべた。
「……そこに気付くとは、やはり君は良い騎士だな」
「アン!? オレを一撃でノしといてその言い様、バカにしてんだろ!?」
……む!? しまった!
どうやらまた言葉を間違えてしまったらしい。
俺は慌てて首を振る。
「――いや、ちがう! 本心だ! すまない。どうにも俺は口下手でな。すぐに人を怒らせてしまう物言いをしてしまうんだ」
構えさえ解いて手を振り、俺は必死に言い募った。
「これは大叔父――いや……ゴルバ……でもない、あ~……御館様? に、教わった事なんだがな……」
なにも知らないヘリオスの前で、大叔父上をそう呼ぶわけにもいかず、俺は苦心して呼び方をひねり出す。
幸いヘリオスは疑問を抱かなかったようで、さらに怒りも収めてくれたのか、俺の言葉を待ってくれている。
「真の強者は小手先の技に頼らず、身体すべての制御にこそ重きを置くんだそうだ」
そういう意味では、トランサー領で戦ったレントンとか言う騎士は落第も良いところだ。
剣を振る事を意識するあまり、足運びもなにもあったものじゃなかった。
『ん? おまえは御館様に剣を習ったのか?』
「……まあ、そのようなものだ」
ウソではない。
事実、幼い頃には王城で、何度も稽古をつけてもらった事がある。
まさか同門と告げるワケにもいかないしな。
うなずく俺に、ヘリオスは納得したようだ。
『なるほど。それなら納得できる。
オレも御館様に目を掛けてもらっているからな。だからさっきのおまえの言葉も、素直に称賛だったのだと受け取ろう』
「そう言ってもらえると助かる。
では、改めて――」
俺はあえて構えを変えて、ヘリオスのそれを真似た。
先程の踏み込みは覚えている。
「――君がより良い騎士となれるよう、俺も全力を尽くそう!」
一戦目とは真逆に、今度はこちらから仕掛ける。
右足に力を込めれば、地面が爆ぜて背後に大量の土砂が噴き上がった。
大気を割って、水蒸気の輪をくぐり抜ける。
『――なぁっ!?』
ヘリオスは驚愕し、咄嗟に構えていた大剣を騎体正面に回して受けに回った。
そこにあえて合わせるように、俺は模擬剣を振り下ろす。
重厚な金属の激突音。
大量の火花が散って当たりを真っ白に染め上げる。
『おおおおぉぉぉぉぉ――――っ!!』
俺の攻撃を受けたヘリオスは、握る大剣を押し出して、俺の模擬剣を跳ね上げようとした。
俺はその力に逆らわず――両脚に力を込めて騎体を回した。
――縦に。
視界が一瞬天地逆さまになる中、俺はしっかりとヘリオス騎を見据える。
『――兵騎で宙返りだとぉっ!?』
着地。
ぶわりと舞い上がった砂埃を吹き払うように、俺は騎体を跳ばす。
胸部装甲を地面に擦らんばかりに前傾姿勢となり、鋭い角度で左右に騎体を振り回しながらヘリオス騎に肉薄した。
トランサー領でアリシアが俺に対して見せた、八竜戦闘術の歩法のひとつだ。
俺はアイツと違って非常識ではないから、宙を蹴って角度を変えるなんて真似はできないがな。
「――ハァッ!!」
ほぼ真下から、ヘリオス騎のアゴ目がけて模擬剣を突き上げる。
『――――ッ!?』
ヘリオスが息を呑んだ。
寸止め。
切っ先が仮面に触れる直前で、俺は模擬剣を止めていた。
ヘリオス騎の向こうで、観戦していた騎士達のうち、古株連中がニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながら、うなずき合ってるのが見えた。
一方、若い――ヘリオスと同年代の連中は明らかに驚愕している。
「今ので、君に足りないものが伝わっただろうか?」
俺は切っ先をヘリオス騎に突きつけたまま、そう尋ねる。
『……ああ。敵わねえな。まさか突っかかったオレにまで、しっかりと教導してみせるんだから……』
と、ヘリオスは大剣から手を離して、降参を示すように両手を挙げた。
審判騎が西門側に手を挙げて宣言する。
『――勝負あり! 勝者、アル!』
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