第3話 9
ヘリオス騎を薙ぎ飛ばした所為で模擬剣が砕けてしまった。
『ん~、構造強化が甘かったか……』
俺は首をひねりながら呟き、外装に通した魔道を調整する。
外装を好みに合わせて好き勝手に改造していたジョニス達、黒狼団の兵騎の外装と違って、制式製の外装は魔道刻印が施されている。
それによって外装はただの装甲に留まらず、素体の性能を補助する――いわば外付けの筋肉、あるいは魔道を強化する喚器のような存在となるのだ。
だから同じ素体の兵騎であっても、着けている外装によっては別物と言えるほどに性能が変わったりする。
我が国で四大名騎に数えられている中にも、元々は叙爵の際に制式騎を下賜されたものを改修に改修を重ねる事で、その立場に至った騎体が存在する。
つまり兵騎とはその外装を含めてひとつの大型魔道器であり、魔道器である以上、喚起する者の魔動の強さによってもまた、その性能が左右されるのだ。
御家伝来の<爵騎>が制式騎に比べて強いとされるのは、素体、外装、
その微調整を、俺は自分の身体を動かすのと同じ手法で行ったんだ。
外装に施された刻印そのものを書き換える事はできないが、通す魔動を強引に増やす程度なら、今の俺には容易い事だ。
複雑な刻印が施されている伝来<爵騎>なんかと違い、クセの少ない制式騎だからこそ取れる手法だな。
素体への身体強化と、外装の刻印による強化が組み合わさった事で、騎体はヘリオス騎を吹っ飛ばすほどの膂力を発揮し、なんの刻印も施されていない模擬剣は、構造強化していたにも関わらずに折れてしまったのだ。
身体を魔道で動かすようになってからずいぶん経つが、俺の魔動は以前と比べてかなり成長しているらしい。
俺は施された結界を割り砕き、防護壁を崩して倒れ込んでいるヘリオス騎を見る。
……正直、やり過ぎたと思う。
だが、あいつも悪いんだ。
バカ正直に、真正面から突っ込んで来たのだから。
そもそも俺は、兵騎と合一するのは数年ぶりだ。
制式騎でここまで動けるようになっているとは、俺自身思っていなかったのだ。
振り下ろされた大剣を打ち払うつもりで、騎体を右に回して模擬剣を振るったら、ヘリオスはまるで反応できなかった。
そのままヘリオス騎は薙ぎ払いを胴に受け、まるで人形かなにかのように驚くほどあっさりと吹っ飛んだ。
……ヘリオスの踏み込みや攻撃自体は悪くなかったんだ。
トランサー領で戦った王宮騎士達とは比べ物にならない――――才能や騎体の性能に頼ったものではない、積み重ねられた鍛錬に裏付けされた攻撃だ。
恐らくは一撃必殺に主眼を置いた攻撃だったのだろう。
並みの騎士――いや、ヘリオスは<竜牙>騎士団の先鋒隊隊長だと言っていたから、恐らくは<竜牙>においてさえ、あの一撃を受けられる者は稀なのだと思う。
だが防がれたり、かわされた時の対処が考えられていなかった。
いや、本来ならばその必要がないほどに、あの一撃は練り上げられたものだったのは間違いない。
だからこそ、惜しいと思う。
ヘリオスがもう一段上に行く事を目指すなら、その次の手を生み出し、攻撃に虚実を織り交ぜる必要があるのだ。
そんな事を考えていると、観覧席からアリシアが身を乗り出して叫んだ。
「――ヘリオス! あんた、これで終わりじゃないでしょ!?
立ちなさい! もう一回よ!」
観覧席から叫ぶアリシアに、俺は思わずヘリオスに同情してしまった。
アリシアの「もう一回」は今に始まった事じゃない。
ババアのトコで共に学んでいた時――特に実技訓練の際には、あいつが納得するまで、俺も延々と付き合わされたものだ。
今回はなにが気に食わなかったのか知らんが……いや、ひょっとして俺があの騎体――<
だとしたら、ヘリオスにとってはとんだとばっちりだな。
無茶を言うアリシアに、しかしヘリオスは忠実に応え、瓦礫を落として立ち上がる。
『……姫様の言う通りだ。今のはちょっと油断した。
――もう一番、頼めるか』
と、庶民出の怪しい男と見下していた俺に対して、ヘリオスはそう告げて頭を下げる。
……これだからグランゼスの民は憎めない。
弱き者は守るべき者であり、
「ああ。あれじゃあ君も納得できないだろうしな」
俺にとっても兵騎戦での感覚を――今の、魔動による騎体制御の手法を練り上げる、いい機会だ。
アリシアとの鍛錬で、連戦稽古には慣れている。
俺は審判騎に頼んで替えの模擬剣を用意してもらい、今度は念入りに構造強化を施して素振りしてみる。
切っ先が音速を越えて水蒸気の尾を引き、衝撃波が飛んで防護壁に施された結界に阻まれる。
……ふむ。これだけ頑丈なら、そうそう折れないだろう。
「――待たせたな。ではやろうか」
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