第3話 8

「――ちょっ!? なんで制式騎なんて使ってるのよ!」


 あたしは思わず観覧席の手すりから身を乗り出し、大声で叫んだ。


「――いや、ふざけんなっ!」


 と、不意に背後から甲高い舌っ足らずな声がして、同時に後頭部に衝撃が来る。


 叩かれたのだとわかったけれど――


「――いった!? いたたっ!?」


 振り返ると、クロが右手を押さえながら空中でのたうち回ってた。


「あたしを叩いたら、そうなるのは当然でしょ?」


「――それ、身体強化だけじゃないよね!? 多重結界も常駐させてるとか、頭おかしいでしょ!?」


「国内をひとりで周ってる時に覚えたのよ。

 アルだって、身体強化を常駐させてるじゃない。似たようなものだと思う」


 幼い女がひとりで旅をしていると、良からぬ事を考えるヤツはたくさんいたんだよね。


 それこそ旅を始めたばかりの頃は、寝込みを襲われるなんてしょっちゅうだった。


 まともに眠れない日が長く続いた結果、あたしはひとつの真理に辿り着いたんだよ。


 ――結界を常に張っていれば、不意打ちだろうと寝込みを襲われようと関係ないんじゃない――ってね。


 思いついたら、あとは練習を繰り返すだけだった。


 そうクロに説明すると、なぜか呆れた顔をされた。


「……相棒もそうだけど、キミもさぁ。

 普通、ステータス制御系の魔法は思いついても、常駐なんてそうそうできるもんじゃないんだよ。

 キミの場合、さらに空間干渉系の結界までと来てる……」


 クロは溜息を吐いて、あたしの肩に乗って来た。


「絶対に魔道器官の設定がおかしな事になってるよ。

 マジでいっぺん、主に調べてもらおうね……」


「今の王都には行きたいと思えないから、しばらくはムリよ」


 カイルやコートワイルの顔を見たら、冷静じゃいられないと思うもの。


「いや、地下大迷宮への道は王城からだけじゃないから。

 別の入り口を案内するから、マジで検査してもらおう」


 と、クロはなおもすがるように言い募ってくる。


「……時間があったら、考えとくよ」


「それ絶対にやらないヤツの言葉だよね!?」


「――もう、うるさなぁ。そんな事より、クロ! アレを説明しなさいよ!」


 あたしは右手を広げてクロの後頭部を鷲掴みにして、鍛錬場に立つアルの騎体に向ける。


「なんでアルはあの騎体を使わないのよ!

 あたし、騎体が奏でたアルの魔動をはっきりと視たよ?

 喚起も合一もできたんでしょう?」


 途端、クロは舌打ちをする。


「霊脈まで視えるようになってるのかい。マジでハイソーサロイドに成りかけてるじゃん。

 いったい世界になにが起きてるのさ……」


「またそうやってワケわかんない事言って、煙に巻こうとする!

 そうは行かないんだからね。

 良いから、せ・つ・め・い~っ!」


 あたしはクロの後頭部を握る右手に力を込める。


「あだっ!? あだだだだっ!?

 言うっ! 言うから、それやめてっ! 離せっ、バカヤロー!」


 クロが悲鳴をあげながら、短い手足を振りたくったから、あたしは右手を離してやった。


「ちくしょう! すぐに暴力に訴えやがって! キミ、ホント、そういうトコだぞ!」


 と、クロは両手で頭をさすりながら、恨めしげにあたしを睨んで来る。


 だから――


「――もっぺんいっとく?」


 ――あたしは右手をワキワキと握って見せた。


 クロはプルプルと首を横に振って、あたしから逃れるようにダグの頭に降りたわ。


「え、ええとね、確かに相棒はあの騎体と合一できたよ」


「じゃあ、なんで使わないのよ?」


 途端、クロはまた呆れたように溜息。


 あたしもまた、右手を開いたり閉じたりして見せて、クロに続きを促す。


「――あのねえ! よく考えてみなよ!

 あんな――ただ合一しただけで周辺の霊脈を乱して、軽度の時震まで起こしちゃうような騎体、訓練もなしに人間相手に使えるワケないでしょ!」


「は? なにそれ……」


 クロの言葉の意味がよくわからなくて、あたしは首を傾げる。


「すごかったんだぜ。あの騎体の仮面にかおが出た途端、なんか、景色がぶわわ~って揺れてさぁ。

 マリー姉ちゃんなんか、目を回してそのままぶっ倒れちゃったからな」


 ダグのよくわからない説明に同意して、クロがコクコクとうなずく。


「至近距離で乱れた霊脈に触れたからね。空振酔いと魔動当たりのダブルパンチで倒れちゃったんだよ」


「ダグは平気なの?」


「オイラはクロが守ってくれたんだってさ」


 あたしの心配をよそに、ダグは頭の上のクロを胸の前に抱え直して、すきっ歯を覗かせてニシシと笑った。


「マリーは離れてたから、結界の喚起が間に合わなくてね。

 まあ、目を回してるだけだから、数時間もすれば起きてくるよ」


 と、クロはダグの腕の中で肩を竦める。


「……ん~、よくわかんないけど、要するにあの騎体は強すぎて使えないってコト?」


「比較対象や実働データが少なすぎて断言はできないけどさ……」


 クロはそう前置きして、アゴを擦る。


「相棒があの騎体と合一した場合、騎体自体が一種の法器――いや、咆騎となってしまうみたいなんだ。

 ええと――キミにもわかるように言うと、兵騎規模のボクというか……ん~、少なくとも人相手に使って良い戦力じゃないんだよ」


 クロ自身もどう言って良いのかわかってないみたいで、言葉に迷いながらそう説明してくる。


「ぶっちゃけ、あそこまで行くと最終兵器だよね。

 大侵災とか竜種――あとはマッドサイエンティストが使うような星砕きスターデストロイヤーなんかを相手にする時に、やむを得ず持ち出すような規模の戦力なんだよ」


 スターデストロイヤーというのはよくわからなかったけど、あの騎体が強すぎて安易に使っちゃいけないというのは、なんとなく理解できたと思う。


「……アルが制式騎を使ってる理由はわかったよ。

 でもそれじゃ、ヤバくない?

 相手は切り込み隊長のヘリオスで、合一してるのはグラスダート家伝来の<子騎しき>なんだよ?」


 <竜牙>の制式騎も、他領の騎士団の兵騎に比べたら段違いな性能を持っているけれど、あくまでそれは制式騎同士の比較。


 代々独自の魔道技術で改修と発展を遂げて来た<爵騎>に比べたら、制式騎はやっぱり性能的に劣ってしまうんだ。


 けれど、あたしの心配が杞憂だとでも言うように、クロは鼻を鳴らして笑う。


「――ハッ! アリシア。

 キミ、戦闘技能や能力はピカイチだけど、魔道知識についてはまだまだだね」


 ――瞬間。


 鍛錬場から轟音が響いて、あたしは驚きながらそちらに目を向ける。


 いつの間にか、試合が始まっていたらしいんだけど……


 ヘリオスの<子騎しき>が、地面を大きく抉った跡を残し、結界で保護されているはずの壁を崩して倒れ込んでいた。


 一方、アルの制式騎はというと――


『ん~、構造強化が甘かったか……』


 なんて呟きながら、砕けた長剣を手に首を捻っていた。


「――な、なぁっ!?」


 あたしはなにが起きたのかわからず、鍛錬場を指差しながらクロに説明を求める。


 クロは小癪にも胸を張りながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。


「――結局のところさ」


 ダグの手から飛び上がり、観覧席の手すりに飛び乗ったクロは、鍛錬場の二騎をそれぞれに指し示し。


「キミらが制式騎と呼んでるあの騎体も、<子騎>と呼んでるあっちの騎体も、外装が違うだけで、素体は同じタイプ・ポーン系のユニバーサル・アームであるコトは変わりないんだよね」


「――え? そうなの!?」


 ユニバーサル・アームというのが、大昔の兵騎の呼び方だというのは、アジュアお婆様に教わってる。


 でも、あの二騎の素体が一緒だとは思わなかった。


「そうだよ。この国で制式騎と呼ばれてるのは大抵がそうだね。

 グランゼス家の<公騎>なんかは、タイプ・ベルセルクなんて変わり種だったりもするけどさ」


 ウチの<爵騎>が特殊なのは、おじいちゃんや騎士のみんなも良く言ってる。


 北部を守る辺境伯――ベルノール侯爵家の<侯騎>なんかと同じく、ローダイン四騎士に数えられる名騎だって。


「ぶっちゃけ同じ素体なら、相棒レベルになると外装による性能差なんて関係ないんだよね」


 そう告げながら、クロはアルの騎体を丸い手で指す。


「そもそもアイツはさ、普段から自分の身体を魔道制御で動かしてるんだぜ?

 そのお陰で、騎体制御も以前よりずっとうまくなってるはずなんだ」


 クロの言葉が真実なのは、鍛錬場で倒れているヘリオスの騎体を見ればわかる。


 まさに一瞬の勝負で、肝心なところを見られなかった。


「ダグ、あんた見てた?」


「ん~、見てたけど、よくわかんなかった。

 ヘリオス兄ちゃんが突っ込んで行って、大剣を振り下ろしたトコまではわかったんだけど、アル兄ちゃんの動きが意味わかんなくて……」


 あたしの問いに、ダグはそう説明して首をひねる。


「む~……」


 あたしは頬を膨らませて唸り、手すりから身を乗り出した。


「――ヘリオス! あんた、これで終わりじゃないでしょ!?

 立ちなさい! もう一回よ!」


 自分でケンカを吹っかけたのだから、瞬殺されて終わりなんて無様なマネは赦さないわ。


 あたしの言葉に応えるように、ヘリオス騎が瓦礫を崩しながら立ち上がる。


『……姫様の言う通りだ。今のはちょっと油断した。

 ――もう一番、頼めるか』


 アル騎の元へ歩み寄って、そう頭を下げるヘリオス。


「それでこそ<竜牙>の騎士よ!」


 腕組みしてそれを見下ろすあたしに、クロとダグがなぜか冷たい視線を送ってくる。


「……アリシア姉ちゃんって、自分の欲の為なら手段を選ばねえんだな……」


「ホント、そういうトコなんだよねぇ……」


 ふたりの囁き合いは、あえて聞こえなかった振りをして、あたしは鍛錬場の二騎を見つめ続ける。


 ……今度は見逃さないよ。


 アルが審判騎が持って来た、替えの模擬剣を素振りする。


 あたしは固唾を呑んで、開始の合図を待った。

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