第3話 7

 ――その瞬間、あたしは強い魔動を感じて、読んでいた本から顔をあげた。


 西の方――兵騎蔵の方から、霊脈が脈動して波打っているのがはっきりとわかる。


「さすがアル。思ってた通り、喚起できたんだね」


 想像通り過ぎて、思わず笑っちゃった。


 一緒にアジュアお婆様の所で魔道を学んだから、あたしはあいつの魔動を間違えたりしない。


 今感じられるアルの魔動は――ドラゴンとか、侵災の侵源地を守る魔物のぬし並みにも思えるよ。


 これほどに騎乗者リアクターの魔動を増幅できる騎体なんて、この城には他にない。


「――そして、さすがはあたしでも動かせなかった重奏騎体だよね」


 奏でられた魔動もとんでもない。


 あたしは机から立ち上がってバルコニーに出た。


 魔動と精霊、そして霊脈を見通せるあたしの目には、兵騎蔵から強いアルの魔動が、白い光の柱のように立ち昇っているのがはっきりと見えた。


 ううん。魔動が弱い人でも、あの光柱の周囲で燐光を放って瞬く、精霊達は見ることができるでしょうね。


「……本物じゃないけど見た目は一緒なんだから、アルも喜んでくれるはずよね?」


 あたしはアルが、どれほどミハイルおじさんを尊敬し、慕っていたかをよく覚えてる。


 一緒にアジュアお婆様に鍛えられていた時、碧の目をキラキラさせながら――


 ――いつか俺も父上のように、王騎を扱えるようになるんだ!


 よくそう言っていたのよね。


 その「いつか」が……びっくりするくらい、すぐにやってきてしまったのは運命の皮肉よね……


 先のアグルスとの戦いで、ミハイルおじさんが亡くなられて――アルは元服を迎えるより前に、王印と王騎を継承する事になってしまった。


 アルにとって、王騎は継承権の証である事以上にミハイルおじさんの形見のようなものなんだよ。


 それをカイルに――偽王に奪われたと聞いた時――あたしはアルの気持ちを想って、こっそり泣いちゃった……


 だから、あの騎体を見つけた時――外装を自由に造れると知った瞬間、あたしは迷う事なく、王騎の外装を生み出して着装させた。


 きっとアルなら喚起できると信じて。


 そして今、あたしの想像通り、アルはあの騎体を喚起して見せたわ。


「さあ、それじゃあ、あの騎体の真価を見せてもらおうかしら!」


 あたしは部屋に戻ると、手早くドレスから訓練服に着替える。


 それから再びバルコニーに飛び出し、そのまま宙に身を踊らせた。


 城内を抜けるより、こっちの方が早いのよ。





「――あ、アリシア姉ちゃん! 姉ちゃんも観に来たのか?」


 あたしが兵騎鍛錬場の観覧室に辿り着くと、すでにダグも来ていた。


 アルがお世話になってるバートニー村の子だというダグは、七歳の割にすごく頭が良くて、あのアルが先生と呼ぶほど。


 だから最初はあたしの身分を気にして、マリー、ミリィの姉妹のようにあたしを姫様って呼んでたんだけど、アルが先生と呼ぶような子に姫様と呼ばれるのは、なんだか居心地が悪くて、名前で呼ぶ事を許したのよね。


「うん。あいつが兵騎を動かすのを見るのは久しぶりだしね。

 弱くなってたら、おじいちゃんやアジュアお婆様に言って、鍛え直してもらわないと!」


 ちなみにリディアやイライザにも名前呼びを許してるわ。


 イライザの事は昔から知っている、少し年上のお姉ちゃんって感じ。


 リディアと直接面識を持ったのは先日だけど、アルの侍女をしていた事も、彼女の背景も聞かされている。


 ふたりともアルに――あの朴念仁に特別な感情を持っているのはわかってるのよ。


 目つきが悪い上に、昔から口下手なあいつの良さをわかってくれるふたりだから、あたしはすぐに大好きになったんだよね。


 小さな頃から大伯父様やミハイルおじさんと比べられて――そんな批判に負けたくないって努力を積み重ねてきたあいつ。


 だからこそよく人から誤解されがちな、あいつの事をわかってくれるなんて、絶対に良い人に決まってるもん。


 あたしはダグの隣の席に腰を下ろして、周囲を見回す。


「そういえばリディアは?」


 あの娘もダグと一緒に騎士達の訓練を見るって聞いていたんだけど。


 あたしの質問に、ダグは苦笑して頭を掻いた。


「あ~、なんかよくわかんねえけど、イライザ姉ちゃんと作戦会議が必要だって、他の連中と一緒に街に出かけたよ」


「――なにそれ! あたし聞いてない! あたしも行きたかった!」


 女の子同士――お友達として交流する機会って、そうそうないんだよ?


 マリーと一緒に旅してた時だって、マリーは家臣の立場を譲ろうとしなかったから、お友達って感じじゃなかったもん。


「急に決まったんだよ。夕飯も城下で食うみたいだから、あとで合流すれば良いんじゃね?」


「む、そうね。そうしよう。さっそく連絡しておかないとね」


 あたしは腰のポーチから雀を模した魔道器――<囁き鳥ウィスパー・バード>を取り出し、あとで合流すると吹き込んで解き放つ。


 リディアの魔動を追って、<囁き鳥ウィスパー・バード>はさっそく飛んで行った。


 そうしている間にも、訓練場では鍛錬していた騎士達や兵騎が動き出し、場所を空けるように脇に寄った。


 審判騎だけが残って。


「あら、決闘方式なのね」


 おじいちゃんの話だと、アルが教導するって言ってたから、てっきり合戦形式なのかと思ってたんだけど。


「うん。ホラ、アル兄ちゃんって見た目がアレじゃん?」


 ダグがすきっ歯を覗かせて、困ったような笑みを浮かべた。


「――おまえみたいな怪しいヤツに教わる事はねえって、ヘリオスって兄ちゃんがさ」


「あ~、言いそう。

 アイツ、根っからのグランゼスの民だしね」


 あたしは思わず苦笑する。


 ヘリオスは十九歳にして<竜牙>騎士団の先鋒隊を任されてる、若手の中では一番の遣い手だもんね。


 グランゼス公爵家ウチの譜代陪臣家――グラスダート子爵家の嫡男で、あたしの従兄いとこ


 伯父様――お母様のお兄様が、現在のグラスダート子爵で、ヘリオスのお父様よ。


 どこに王城の<耳>や<影>がいるかわかったもんじゃないから、騎士達にはアルの事を詳しく知らせてないもんね。


 それでも古株の騎士達は、この一週間、城内をうろつくアルの魔動に気付いて、懐かしそうな表情を浮かべていたけれど、若手はそうじゃない。


 あたしやおじいちゃん、それにあたし専属のマリーに特別扱いされるアルに、若手の騎士達は不審感を募らせ、不満を溜め込んでいたのかもしれない。


 ……ああ、だからおじいちゃんは今回の件をアルに持ちかけたのかもしれないね。


 実力を示して見せれば納得するのが、グランゼスの民だもの。


 東西それぞれに設けられた駐騎所に続く門が開く。


『――東門! ヘリオス・グラスダート!」


 審判騎がまず東から、ヘリオスを呼び出した。


 鍛錬場の地面を揺るがして、騎体と同じくらいの長さの大剣を肩に乗せた、青銀色の兵騎が現れる。


「制式騎じゃなく、<子騎しき>で来るなんて、アイツ、やる気満々ね」


 あたしの言葉に、ダグが振り返る。


「……<子騎しき>って?」


「ええとね、貴族の家には先祖伝来の兵騎があるの」


 と、あたしはダグに説明する。


「<爵騎>と呼ばれるそれらは、近代改修を繰り返して来た事で、基本的には制式騎より強いのよ。

 ――あいつのは子爵家伝来の<爵騎>だから、<子騎しき>ね」


 あたしの説明に、ダグは納得したように笑みを浮かべた。


「ああ、アル兄ちゃんやクロが言ってた、王騎みたいなもんか」


 わずかな説明で、そこまでを理解したダグに、あたしは驚いちゃった。


「……あんた、本当に賢いね。今の説明から王騎にまで繋げられるなんて、庶民どころか貴族の子でも、そうそう居ないよ?」


 あたしがダグの小麦色の頭を撫でてやると、彼はくすぐったそうに目を細めながら、嬉しそうに胸を張る。


 普通、貴族の子は<爵騎>の序列は理解できても、王騎がそこに含まれるとは考えない。


 あの騎体は基本的に、兵騎というより王権の象徴のようなものだから。


「王騎も王家伝来の兵騎だって、クロやアル兄ちゃんから聞いてたからな。

 <爵騎>の頂点が王騎ってことだろ?」


「そう! いまでこそ王騎は王族直系の証みたく言われてるけど、所詮は兵騎――魔道器のひとつなのよね」


 この子、この歳で権威に惑わされず、ここまで正しく物事を理解できるなんて、すごいよ!


 リディアが勉強を教えてるそうだけど、行く行くは官僚を目指したら良いんじゃないかな?


 そうしている間にも、審判騎は西門に手を向けて。


『――西門! バートニー村のアル!』


 庶民を示す姓のない呼び出しに、鍛錬場の騎士達の表情は二種類に別れた。


 古参や熟練――三十代より上の騎士達は顔を引きつらせ、あるいは苦笑を浮かべている。


 一方、若手の騎士達は、明らかに侮りの表情を浮かべていた。


 強ければ身分を問わないグランゼス騎士団だけど、やはりその多くは貴族――士爵家や豪族の者で構成されている。


 家々で幼い頃から訓練を施されて来た者と、騎士を志ざす庶民とでは、出だしがそもそも違うんだ。


 特にグランゼス騎士団ウチは、精強な事で知られているからね。


 他領においては「頭おかしい」とさえ言われるほど訓練を行うからこそ、他領の――しかも農村出身を名乗るアルを侮ってしまうのは、仕方ないのかもしれない。


「……でも、あいつの魔動に気づけないなんて、みんな訓練不足だね……」


 気づけていたなら、あんなバカにするような反応はできないはずだよ。


「まあ、それも今だけ。あいつの戦いを見たら……」


 不満げに鼻を鳴らすあたしをよそに、西門からアルが駆る兵騎が姿を表す。


 それはよく見知った、アギトを開いた竜のかぶとを持った騎体で――


「――ちょっ!? なんで制式騎なんて使ってるのよ! アルっ!」


 あたしは思わず観覧席の手すりから身を乗り出し、大声で叫んだ。

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