第3話 6
「――なんだコレ、なんだコレっ!? なんでこんな事になってるのさ!!」
クロの元に駆けつけると、ヤツは固定器に駐騎している兵騎を前に、両手を振り上げて憤慨していた。
「……これは――王騎、か?」
ヤツが見上げる兵騎は、かつて父上がご逝去された際に俺が継承し、そして今はカイルによって奪われたあの騎体にそっくりな見た目をしていた。
左右から後方に伸びる四本角を持つ、竜を模した
そこから伸びる、長いたてがみの色は白だ。
喚起される前だからか、騎体の装甲は無骨な鉄色をしている。
王騎と違う点としては、鞍房の入り口である胸部装甲に青い菱形の結晶が埋め込まれているところだろうか。
「そうだよ! こんな外装、この子は着けてなかったはずなんだ!」
俺の呟きを聞きつけ、クロが両手を振り回しながら振り返る。
「……あー、そのぉ……」
と、クロの剣幕に気圧されながらも、マリーが恐る恐るというように右手を挙げた。
「確かに、この騎体は発見時は素体剥き出しでした。
それで姫様が不格好だと仰って、アレをいじりまして……」
そう言って、マリーは固定器の一角――<工房>でよく見られる、制御盤を指差した。
「――アリシアが!? まさか!」
その言葉に驚いたクロは、慌てたように制御盤に飛びつく。
ヤツが触れると、制御盤の上に数枚の光板が出現し、そこに古代文字やよくわからない図形が流れ出した。
「……やっぱり! 管理者登録が更新されてる。だからアリシアが喚起できちゃったのか!
ログは……あ~、乗艇時のローカル・スフィア認証で更新されたのか……
――というか、あの子、外装作成に
光板に記された文字を読み上げながら、クロはブツブツと早口に呟く。
「なあ、兄ちゃん。アレ、なんて書いてるんだ?」
ダグ先生が俺の袖を引いて訊ねてくる。
「古代文字のようだが、流れるのが早すぎて俺にもよくわからん。
どうやら、この船やあの騎体についての情報を調べているようだが……」
首をひねる俺達をよそに、クロは制御盤の操作を続けていたが、やがて一段落着いたのか振り返った。
「……クロ殿、もしや問題があったのでしょうか?」
マリーの不安げな問いかけに、クロはため息。
「……いやぁ、問題といえば問題なんだけどね……」
先程までの激昂振りとは打って変わって、苦笑交じりの落ち着いた声でマリーに告げる。
「これはたぶん、
とにかく世界法則による作用だから、避けようがない確定事象だったんだと思う」
「またワケのわからない事を……
――わかるように説明してくれ」
「う~ん。キミらの既知概念や知識レベルに合わせて説明するのって、結構大変なんだよ?」
言いながらも、クロは俺達を見回して説明を始める。
「まずこの船はさっきも説明した通り、本来は七賢者のひとりのモノだったんだけどさ、その所有権がアリシアに書き換わってる」
「はあ!? なんでまたそんな事に」
「……まあ、あの子も王族の血統だしね。神代の遺跡を動かせたとしても不思議じゃないでしょ」
と、クロは俺だけにわかるように目配せして、ダグ先生やマリーを示して見せた。
……ふむ。ふたりの前では、詳しい理由は話せないという事か。
「なるほど。続けてくれ」
俺はとりあえず納得した振りをして、クロに先を促す。
「そんなワケで、アリシアはこの船の機能を使えちゃったわけでね。
この固定器はさ、騎体修理装置の役割もあって、外装構築機能も搭載されてたの」
「それを使って、アリシアはこの騎体に王騎の外装を生み出した、と?
素材は? ここには錬金鍛冶を行うような魔道炉も陣もないじゃないか」
城にあった錬金鍛冶場は、大規模な儀式魔芒陣や冶金設備が設けられていた。
だが、ここには魔芒陣はおろか炉すら見当たらない。
「この固定器がそれらを内包してるんだよ。
「そんなモノをアリシアが使えたっていうのか?」
「あの時、姫様はなんとなくわかると仰ってましたが……」
驚く俺に、マリーが恐縮しながら教えてくれた。
「だろうねぇ。
この船のメインコア――霊核がアリシアの魔道器官に接続されてるんだ。
それであの子のローカル・スフィア――魔道器官に内包された魂に、知識が書き加えられて、喚起の仕方がわかったんだろうね。
ホラ、兵騎なんかも、初めて喚起した時、使い方がわかるだろ? アレと一緒」
「ああ! 兵騎だけでなく、遺跡で見つかる魔道器の中にも、そういうものがありますね」
マリーが納得して手を打ち合わせる。
生きている遺跡――<工房>なんかもそうだと、魔道士から聞いたことがあるな。
「アリシアがこの騎体の外装を造れたのはわかった。
恐らくあいつはこの雄型騎体を見て、自分が知る中で一番強い騎体――王騎の外装を生み出してあてがったんだろう」
「ええ。姫様もそう仰ってました。
――特別な騎体なんだから、特別な外装が必要でしょ、と」
マリーの説明に、俺は思わず苦笑する。
あいつらしい単純な思考だ。
「それのなにが不満なんだ?
アリシアが喚起できないほどの重奏騎体なんだ。王騎の外装なら十分だろう?」
しかし、クロは首を振る。
「いいや。全然だよ!
良いかい? キミらが王騎って呼んでるあの騎体はさ、ウェポンシリーズの上位騎――タイプ・セイヴァーをベースに、主がアベルの為に、当時の魔道技術水準に合わせて生み出したものなんだ。
その後、錬金鍛冶士達が改修を重ねているし、この世界では十分過ぎるほどに強力な騎体だけどさ、それはあくまでこの世界基準での話!」
声を荒げながら、クロは右手を振って、目の前の騎体を指し示す。
「一方、この子は神代の――それも魔道技術全盛を迎えていた<大戦>期の技術を、これでもかって盛り込んで造られた騎体なんだよ?
ぶっちゃけちゃうと王騎の外装なんて、ただの拘束具でしかないんだよ!」
「そこまでの騎体なのか?」
俺の問いかけに、クロは鼻を鳴らして笑う。
「さっきの戦女神の話。彼女から派生した技術で、七賢者達は様々な神々や武器を生み出したって説明したでしょ?
この子もそのひとつなんだよ」
「……邪神の眷属という事か?」
「――彼女を邪神なんて呼ぶなっ!
彼女は――彼女達姉妹は、本来なら正しく<三女神>の後継として、人類を導く希望の星となったはずなんだっ!」
咆えるように叫んで、しかしクロは我に帰ったように目を見開き、それからゆっくりとため息を吐いて首を振った。
「……ゴメン。キミに怒っても仕方ない事だった……」
「いや。俺こそすまない。俺はまた、選ぶ言葉を間違えてしまったようだな」
ダグ先生に教わって、多少はまともになって来たつもりでいたが、相変わらず俺は肝心なところで言葉を間違えてしまうようだ。
互いに謝罪し合って。
「――そうそう。この騎体の事だったね。
この子はさ、いわゆる試作騎なんだ」
気まずそうな表情を浮かべながら、クロは話題を戻した。
「八大竜王――神々の国の皇帝を護る近衛騎士の中でも、特に優れた八人の騎士の事をそう呼ぶんだけどね――<大戦>後、彼らの乗騎を一新する事になってさ。
この船の持ち主である賢者にも声がかかったワケ」
クロの説明によると、七賢者だけではなく、多くの匠の神や知恵の神がそれぞれ得意とする
「――ま、元々賢者は制式採用にはそれほど興味がなくてね。
ただ開発費が国持ちだったから、自分の研究の達成の為に引き受けたんだ。
そんなだから、当然、品評会は選外でね」
と、クロは自嘲気味に肩を竦めて、騎体の貌を見上げる。
「まあ、あの頃の軍部がこの子の可能性を理解できなかったんだよね。
なにせ
先程、アリシアがこの騎体の外装を造るのに使ったとか言っていた魔道器か。
知っているモノならなんでも造れるなら、確かにそれは戦闘にも役立つ事だろう。
なにせ刃の潰れを気にすること無く、体力の続く限り無尽蔵に剣を振るえるのだ。
「この子はさ、それまで兵騎のベースとなっていた、ウェポンシリーズの後継にして統合騎として開発され――
その言葉に俺は目を見開く。
その名前や性能が、無関係とは思えない。
「おい、クロ――それって……」
いやにこの船や騎体について知っているような口振りだったが、今の説明で俺は確信した。
だが、クロは再びダグ先生をマリーを視線で示し、黙っていろとでも言うように目を伏せる。
これもまた、ふたりには聞かせられない話という事か。
――俺の推測が正しければ、恐らくこれまでの話に出てきた賢者というのは……
と、ダグ先生が騎体を見上げて呻く。
「――う~ん。よくわかんねえけど、要するに神様が使うはずだった兵騎って事で良いのか?」
「正確には使わせようとしたけど選ばれなかった――まあ、捨てられっ子だね」
自嘲気味に応えて、クロは騎体を見上げる。
「ま、そんなワケで、せっかくアリシアが用意してくれたんだけど、この子にとってはこの外装は邪魔でしかないんだ。
時間がある時に解除作業するとして……」
クロは俺の肩に乗って来て、俺の顔を叩いた。
「とりあえず、キミが合一できるか試してみようぜ。
世界法則――
キミがこの子と出会ったのには、意味があるはずだよ」
そうして、クロは俺を<
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