第3話 5

「まあ、キミらにもわかりやすく言うとね。これは神代の時代、竜に呑まれて失われたはずの船なのさ」


 と、クロは俺を見る。


「言っとくけど竜と言っても、キミがドラゴンとか呼んでるような、トカゲもどきの事じゃないからね?

 単独で恒星間航行を行い、時空間さえ渡るような――真なる竜属の話さ」


 それはいつもババアやクロが竜について話す時、よく言っている定義だ。


 なんでも遥か空の上――星々の世界を飛行し、この世界とは異なる世界に自由に行き来するような生物を指して、竜属と呼ぶのだという。


 正直なところ、ババアの教育を受けた俺でさえ、いまだによくわからない概念の話だ。


 当然、ダグ先生もマリーも首を捻っている。


「まあ、竜属種の定義はこの際良いんだ」


 クロはそんな俺達に苦笑し、船なのだというその構造物に振り返りながら続ける。


「大事なのは、かつてこの船は大銀河帝国――う~ん、そうだなぁ……いくつかある神々の国の中で、一番大きなトコで建造されてたって事でさ……」


 そうしてクロが語り出すのは、現在、各国で主流となっている三女神を祀る宗教――そのそれぞれの宗派では決して語られる事のない、秘された神話のひとつだ。


「――かつてサティリア、テラリス、ディトレイアの<三女神>を頂点として、その眷属たる神々は、栄華の絶頂を極めていたんだ」


 神々は老いない身体を持ち、あらゆる病を克服し――それでもなお訪れる事故などによる死そのものすら、極めた魔道で覆したのだという。


 けれどそんな――死とは無縁にも思える神々にすら、逃れられない死を与える敵が存在していたのだと、クロは語る。


「その性質から、<這い寄るモノ>と呼ばれていたソレはさ、とにかく数が多くてね。

 神々は国の垣根を越えて団結し、対処する事になったんだ」


 それは数百年もの長きに渡る、まさに存亡を賭けた戦いだったのだという。


 魔道を極めた神々をしてすら、<這い寄るモノ>の侵攻には防戦一方となった頃――


「――この船を生み出した国の知恵を司る七人の神々――賢者達が、主神たる<三女神>に続く存在として、二柱の戦女神を生み出したんだ」


 そうしてまず姉神が戦線に投入され――結果、神々は<這い寄るモノ>に対して、初の勝利を飾ることになる。


「……でも、その勝ち方が問題でねぇ……」


 戦う為に生み出された姉神は、太陽を呑み込んで自らの力とし、大地を喰らって鎧や武器としたのだという。


「結果として、戦女神の二柱は神々にとって、新たな脅威――邪神とみなされて、神々の世界を追われる事になったんだ……」


 悲しげに目を伏せて、クロは首を振る。それから静かにため息をついて。


「それでも賢者達は戦女神を生み出した魔道技術を元に、<這い寄るモノ>に対抗する為、様々な神々や武装を生み出し――最終的に神々は勝利をもぎ取った。

 ……まあ、勝ったと言えるような勝ち方じゃなかったけどね……」


 ――あんなのは延命手段でしかないって、ボクは思うよ……


 と、クロは小さく呟いたつもりだったのだろうが、常に身体強化している俺の耳は、その独白を捉えていた。


 クロは目の前の船を見上げる。


「……戦後、神々は大きく数を減らし、住む場所を失くした者も多くてさ。

 いくつかの神々のグループが、新天地を求めて旅立ったんだ。

 この船の持ち主――七人の賢者のひとりもその中に混じってた」


 再びクロは俺達に振り返り、苦笑を浮かべる。


「でも、神々の船団はその航海の途中、竜属に襲われてね。

 ――いや、彼は襲ったつもりはなかったんだろうけどさ。

 さっきも言ったけど、竜属ってのは時空間――世界を渡る性質を持つ生き物なんだ。

 神々の船団はその時に起きる時空津波――時震に呑まれてしまってね」


 クロは言いながら、船だという構造物をその丸い右手で叩く。


「――コレなんてさ、どういう理屈で今ここにあるのか、ボクにも理解できないんだけど、竜に直接呑まれたはずなんだよ。

 だから、すごく驚いたんだ」


「……なるほど。コレが神代の船だというのはわかった」


 クロの狼狽えっぷりも、そういう知識があったからこそなのだろう。


「で、結局これはどういうものなんだ?

 ただの<大工房>ってワケじゃないんだろう?」


 クロとは長い付き合いだ。


 ただの<大工房>なら、あそこまで必死にマリーを問い詰めたりしないだろう。


「まあね。その為に<大戦>の説明もしたワケだし」


 そう告げて、クロは滑るように船の下面に飛んで行き、無造作に触れた。


 音もなく、まるで獣が口を開けるように、船の下面が動いて内部への入り口を晒した。


「――なんと! そんな所にも入り口が!?」


 マリーが驚き、船の側面――紋章のある辺りを指差す。


「私と姫様が中に入った時は、あの辺りが開いたのですが……」


「うん。そっちが本来の入り口で、こっちは搬入口なんだ。

 でも、この船の役割を伝えるなら、こっちからのが近いし。

 ――キミもアレを見たんだろう?」


「え? ああ、なるほど!」


 クロの言葉に、マリーは納得したようにうなずく。


「……どういう事だ?」


 俺の問いかけに同意するように、ダグ先生もうなずく。


「この船の中には、兵騎が収められているのです」


 内部の構造が、かつてアリシアと共に冒険者として訪れた遺跡――<大工房>と酷似していた為、ふたりはこの船を<大工房>なのだと判断したそうだ。


「姫様の魔道器官をもってしても喚起できないほどの重奏騎体でして」


 兵騎は騎乗者の魔道器官を繋げる事で喚起されるのだが、騎体によってその要求される魔動強度が異なっているのがわかっている。


 衛士が使うような、比較的、要求魔動強度の低い者でも扱える騎体を軽奏騎体と呼び、御家伝来の<爵騎>や王家に伝わる<王騎>のような、魔動に優れた者でなければ喚起できない騎体は重奏騎体と呼ばれているのだ。


 当然だが、アリシアの魔動強度は恐ろしく強く、たいていの騎体なら――雄型雌型の区別さえなく扱えてしまう。


「そんな騎体を放置してもおけず、かといって同盟国とはいえ他国であるミスマイルに託すワケにもいかないので、私と姫様がこの<大工房>ごと兵騎で持ち帰って、御館様に相談したのです」


 本来ならその段階で、大叔父上は<大工房>とその騎体の事を国に報告しなければならないのだが……


「……こうして兵騎蔵に新区画まで拵えてるって事は、国に隠す事にしたんだな?」


「だってホラ、今の陛下ってアレじゃないですか」


 嘲笑を込めて、マリーは肩を竦めた。


 そういう表情と仕草は、ミリィの姉だけあってよく似ていると思う。


「御館様もアレやコートワイル卿に<大工房>を預けたら、かつての愚王の轍を踏むと判断なさったようです」


「……まあ、簒奪なんて手段で王位についたのだから、大叔父上がそう判断しても仕方ないか」


 俺自身の感覚としては、綺麗事を好むあいつが力に溺れるとは思えないのだがな。


 むしろ「強い力など恐怖を振りまくだけだ!」とか言って、壊してしまうなりしそうだ。


「そんなワケで扱いに困ってた騎体なワケですが、アルさんに教導を頼むに当たって試しに喚起できるか試させてみろと、御館様が仰せでして」


 ……ふむ。


「アリシアが喚起できない騎体を、俺ごときが扱えるとは思えんがな……」


 アイツ、雄型の王騎でさえ、俺が喚び出してやった時には、自由自在に操ってたからな。


 魔動強度も含め、武に関して俺はアイツには敵わないんだ。


「まあまあ、モノは試しですよ。

 ダメなら他の空いてる騎体を使えば良いのです」


 両拳を握って、そう告げるマリー。


「――お~い、兄ちゃん達! クロのやつ、行っちまったぜ? オイラ達も早く行こうぜ!」


 と、いつの間にか船の入り口に移動していたダグ先生が、俺達に手を振ってくる。


「ああ。すまない。今行く」


 そうして俺とマリーもまた、船の下面の入り口に向かったのだが――


「――なんだコレっ!?」


 途端、船の内部から、戸惑ったようなクロの悲鳴じみた声が聞こえて来た。

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