第3話 4

「……ラボ・シップ?」


 クロが発した言葉に、俺達は首を傾げる。


 けれどヤツは応えず、その構造物に飛んで行くと、その側面に回り込んだ。


 そんな珍しく興奮――いや、慌てている様子の相棒を珍しく思いながら、俺もまたクロの後に続く。


「……この形状、ボクが見間違うはずがない。

 大銀河帝国所属を示す八竜三星の帝国紋もあるし……賢者委員会の<真理の眼ウィズダム・サイン>もあるじゃないか……

 ――でも、なんで今ここに?」


 俺達が追いつくと、クロは構造物側面に描かれた二つの模様――紋章、なのだろうか――を確かめつつ、なにかブツブツと呟いていた。


 ヤツが食い入るように見つめている紋章は、ひとつは三角を描くように配置された三つの六芒星を、簡略化された八色の竜貌が囲んでいるというもの。


 一本角の紅い竜を頂点に、時計回りに角の数が増えていくという図案だ。


 少なくともローダイン周辺では用いられていない紋章だな。


 もうひとつの紋章は打って変わって単純で、円の中に横長の楕円が描かれ、さらにその中に小円が描かれているというもの。


「……おい、クロ。おまえ、コレがなにか知ってるのか?」


 俺が声をかけると、クロはようやく俺達に振り返って見下ろし、ゆっくりと降りて来る。


 ヤツは困ったようにその金色の眼を伏せて、わずかに呻く。


「……最小規模の<大工房>――って事じゃ、ダメかい?」


「さっきまでのおまえの取り乱しようを見ていなければ、それで納得できたのだろうがな」


 子供達に弄り回されている時を除けば、クロが慌てふためく事なんて滅多にない。


 ババアの眷属だけあって、学者や宮廷魔道士顔負けの知識を持っているこいつが、ただの遺跡――<大工房>で、あそこまで驚く事なんてあるわけがないんだ。


「……まあ、そうだよねぇ。ボクとしたことが、しくじったよ」


 と、クロはため息をひとつ、マリーの前に飛んで行く。


「先に確認しときたいんだけど、キミ、さっきアリシアがコレを見つけたって言ったよね?

 しかもコレが<大工房>だと知ってるって事は、中に入れたって事だ」


 クロは目を細め、ウソは赦さないという雰囲気を漂わせてマリーに詰め寄った。


「……え? ええ。私も発見時は現場におりましたので……」


「詳しく訊かせてくれるかい?」


 クロの短い両手で頬を挟まれ、マリーは顔を引きつらせながらコクコクと頷いた。





「……私と姫様はつい先日まで、ミスマイル公国に滞在しておりました」


 クロになかば脅されるようにして、マリーは語り始めた。


 冒険者をしていたアリシアが国外に活動の場を移す際に、大叔父上がマリーを専属従騎士として付けたらしい。


 そうして二人はミスマイル公国内各地を二年近くもの間、冒険者として転々として生活していたらしい。


 まあ、マリーの話を聞く限り、自由気ままに暮らしていたらしいな。


 時々、思い出したように帰郷したりもしていたようだ。


「それで三ヶ月ほど前……とある依頼で立ち寄った片田舎の農村近くで、侵災が発生しまして……」


「……マジか……」


 侵災とは、突発的に起こる自然災害のひとつだ。


 ババアが言うには、世界に施された法則の綻びによって、異界が侵食してきて起こる現象だという。


 周囲に異界の空気――人の魔道器官を狂わせる瘴気が溢れ出し、あらゆる生物を敵対視して殺戮を繰り広げる異界の生物――魔物が大量に湧き出でて、一種、悪夢が現実になったような光景が広がるのだそうだ。


 通常、対処には騎士団が兵騎を用いて行う。


 他国の事とはいえ、もたらされたであろう被害を想い、俺は呻いた。


「あ、農村や民間人に被害は出てませんよ?」


「――は?」


「いち早く発生に気付いた姫様が、おひとりで侵源地まで兵騎で単騎駆けなさいまして。

 自らを囮に魔物の群れを引きつけ、一昼夜に及ぶ激闘の末に調伏なさってしまったのですよ……」


 困ったような……それでいてどこか誇らしげな雰囲気を漂わせて、マリーが告げる。


「――マジかっ!?」


「――なんなん!? あの子、ホント、なんなのっ!?

 いくら主とアベルの血脈って言ったって――」


 と、素直に驚く俺をよそに、同じく驚いていたはずのクロはそこまで言いかけて、俺に視線を寄越した。


「……あ~、いや。そういえばミハイルという例もあったっけ……」


「……なんだ? 父上がどうかしたのか?」


「うん。ミハイルもさ、キミの母親――レリーナの実家付近で発生した侵災調伏を、レリーナを含む側近達だけで成し遂げてたんだよね……」


 クロは苦笑しながら、懐かしむような声色で告げる。


「おい、初耳だぞ? 母上の実家といえば、ベルノール侯爵の――辺境伯領だろう?」


 豊富な銀晶鉱脈を持つ領で、その為、領都は魔道研究が盛んな学術都市としても知られている、この国の要衝だ。


 そんな地で侵災が起きたなら、記録が残っていないわけがないのだが……


「――事実だよ。ボクも移動を手伝って、ついでに参戦させられたからね。

 あの時はアグルス帝国が攻めてくる兆候があってさ。騎士団を動かすのを貴族院が嫌がったんだ。

 それでミハイルが独自に動く事にしたってワケ」


「……なるほど。記録に残せないわけだ」


 父上達の調伏が成功したから良いようなものの、失敗していたなら侵災による被害は貴族院の責任になる。


 いや……連中ならその責任も父上達に負わせるか?


 逆に成功したからこそ、騎士団派遣を渋った責任を免れる為に、侵災発生自体をなかったことにした――という事だろう。


 恐らくだが、爺様も連中の思惑に乗ったはずだ。


 侵災調伏は多大な功績とはいえ、王太子という立場にあった父上が、親しい側近の実家を救う為に動いたというのは、多くの貴族に不満を抱かせる事になるだろうからな。


 そうなるくらいなら、息子の功績より、すべてなかった事にしてしまった方が良いと爺様は考えたはずだ。


「ともあれアリシアは一度、主のトコでしっかり調べた方が良いかもね。

 こないだなんて、小規模な事象干渉までしてたし。

 ハイソーサロイドとして目覚めかけてるんじゃないかな」


「あ~、なんかなにもないトコ蹴って、方向転換してたな……」


 俺とクロは、改めてアリシアの非常識さに顔を見合わせて呻く。


「なあなあ? アリシア姉ちゃんがすげえのはなんとなくわかったけど、その話とこの<大工房>――ラボ・シップだっけ? なんの関係があるんだ?」


 侵災の脅威を知らないダグ先生にしてみたら、アリシアの異常さが理解できないのだろう。


 それよりも目の前の<大工房>の方に興味があるようだ。


「ああ、話の腰を折ってわるかったな。

 ――マリー、続けてくれ」


「いえ、実はもう、ほぼ終わりなんですよ」


 と、マリーは苦笑して。


「姫様が言うには――調伏の為に侵源を斬ったら、コレが吐き出されてきたそうで」


「……アイツ、とことん侵災調伏の定石を無視してやがるな……」


 普通、侵源を塞ぐには、サティリア教会の神官達による魔道儀式を施す。


 騎士達はその儀式の間、魔物の群れから神官達を守りながら戦うのだ。


 なんだ、侵源を斬るって……


 もはや呆れて言葉が出てこない俺とは裏腹に、クロは――


「ああ、なるほど。<誓約>の綻びもまた時空間の歪みだから……今になって、ってワケか……」


 ひどく納得したように、なにやら呟いている。


「おい、いまのでなにかわかったのか?

 納得したなら、今度こそコレがなんなのか訊かせろよ」


 俺がそう声をかけると、クロは振り返ってうなずいた。


「まあ、キミらにもわかりやすく言うとね。これは神代の時代、竜に呑まれて失われたはずの船なのさ」

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