第3話 3
マリーが俺達を案内したのは、兵騎蔵一層の一番奥――新しい騎体を収めている区画だった。
一般的に兵騎の「新しい」というのは、古代遺跡で発見されたばかりの騎体を指す事もあるが、基本的にはその外装や使用する武器に対して用いられる言葉だ。
古代遺跡などで稀に発見される兵騎は、特殊な例を除けば素体部分はともかくとして、外装は経年劣化によって破損している為、そのまま用いる事ができない。
そこで錬金鍛冶士達が素体に合う外装を造り出す事で、兵騎は兵騎として運用できるようになるのだ。
錬金鍛冶士達の技術は日々進化しており、兵騎の外装や武器もまたそれにともない改良を加えられている。
兵騎蔵の一層は、そういった新たな外装の運用試験を行っている騎体を格納している区画なのだと、マリーと俺はダグ先生に説明する。
騎士を地方に派遣した時に混乱が生じないよう、国内の兵騎蔵の区画分けは統一しているから、グランゼスの蔵であっても説明ができる。
「へ~、オイラ、新しい兵騎って、造りたてのやつを言うのかと思ってた」
物珍しそうに周囲を見回しながらも、ダグ先生は俺達の説明をしっかり聞いていたようで、庶民上がりの衛士が陥りがちな間違いを素直に告げた。
「ああ、よく勘違いされるんだが、一部の例外を除けば、そういう意味での――いわゆる新品の兵騎ってのは、現代には存在しないんだ」
現代の魔道技術では、外装を生み出すだけでも精一杯だ。
これもまた新兵がよく勘違いしているのだが、兵騎の外装はただでかい甲冑というわけではない。
それを着ける素体の動作を阻害しないよう、また素体と合一した騎士が喚起する身体強化や構造強化が反映されるよう、幾重にも複雑な刻印が施されているのだ。
これによって実用化された刻印技術は、その後小型化、あるいは簡略化改良されて、衛士や騎士が身につける甲冑にも応用される事になる。
そうやって発展した刻印が、さらに兵騎外装の改良に流用されるという風に、技術は循環、発展しているのだ。
だが、そういった技術があってなお、現代人類は素体そのものの再現はできていない。
屈強な筋肉に覆われ、白色の血を体内に通わせた兵騎素体は、その見た目から初めて発見された時には、巨人の遺体と思われたのだと魔道学の書物には記されているほどに、生物――人に酷似した特性を有しているのだ。
金属主体の外装と異なり、素体は多少の傷なら自然再生するし、欠損するほどの損傷であっても治癒魔法によって回復する事ができるのも生物的な点だな。
一部の学者などは、兵騎を生み出すことができるなら、人は人さえも魔道的に生み出す事ができるようになるだろう――とさえ、言っている。
「例外って? 新品もあるにはあるって事?」
ダグ先生の問いかけに、俺は頷く。
「ああ。大量に兵騎が発見される、<大工房>と呼ばれる古代遺跡があるんだが、それがどうやら兵騎を生み出す機能を持っていた遺跡のようなんだ」
外装や素体の部位を生み出し、あるいは修理を可能とする<工房>。
それらをすべて一ヶ所に集めて、完成まで持って行けるのが<大工房>だ。
「――とはいえ、太古の昔の遺跡だからな。
俺が知る限り、国内で生きている<大工房>は存在しない」
アルグス帝国などは周辺国に対して<大工房>を所有している事を喧伝し、保有している兵騎の数を誇っているがな。
「あ~、昔、主の鍛錬を受けてないバカが王になった時まではあったんだよ……」
と、クロが遠い目をして呟く。
「……ただアイツ、兵騎の数を頼りに民に圧政を敷いた上、周辺国にまでちょっかい出そうとしててさ。
ブチギレた主が、知ってる限りの量産ラインを全部壊して周ったんだよねぇ……」
……む、それは初耳だぞ?
大昔の歴史上の人物だし、俺と血の繋がりはないのだが……俺が城を追われる際の元ネタになった事と言い、つくづく彼の御人の所業は俺に付いて回っている気がするな……
「――ボクはさ、もったいないから機能停止くらいにして、壊すのはヤメロって言ったんだけどさ、主はもうメチャクチャ怒っててさ。
――本当に必要な事態になった時は修理くらいしてやるって、聞いてくれなくてね」
「……つまりこの国に<大工房>がないのは、兄ちゃんの師匠の所為?」
ダグ先生が、そう考えるのは仕方のない事かもしれないが、俺はダグ先生に歪んだ善悪の基準を持って欲しくなかった。
だから、思考を巡らせて、慎重に言葉を選び取る。
「……いや、確かにババアの行動は行き過ぎにも思えるが、元を正せばバカな王の所為だな」
……伝わるだろうか。
正しく理解して欲しくて、俺はさらに言葉を重ねる。
「王は手に入れた力の使い道を誤ったんだ。
――ババアは過ぎた力を持った王に制裁を加えたに過ぎない」
確かにババアの対処は苛烈過ぎると俺も思う。
だが、それと責任の所在を結びつけてはいけない。
「――ああ、そっか! 王様が間違えるまでは、<大工房>は確かに生きていたんだもんな」
――理解してくれた!
「ああ。そうだ。その因果を無視してはいけないんだ」
うむ。やはりダグ先生は賢いな!
事実をそのまま素直に受け入れられる分、貴族院の法衣貴族達などより、賢いんじゃないだろうか。
連中はすぐに詭弁を
そのクセ、自身が間違えた時は決してそれを認めようとしないんだ。
……だからこそ、俺が執政するようになってからは、連中を黙らせるために強権を振るいまくるしかなかったわけだが……
と、思考が過去に逸れかけた俺に、マリーが恐る恐るというように手を挙げる。
「……あの~、その<大工房>のなんですが……」
いつの間にか、俺達は兵騎蔵一層の最奥部にやって来ていた。
グランゼスの兵騎蔵は、王城の兵騎蔵の試作として建てられたものだから、本来はここで行き止まりのはずなのだが、目の前には真新しい鉄扉が――それも兵騎が余裕で潜れるほどの、大門と言っても差し支えのないものがそこにはそびえていた。
「――実は姫様が発見しちゃったんですよ」
「――は?」
俺とクロの疑問符が重なる。
「ええと、見てもらった方が早いかと……」
そう言ってマリーは、大門の脇に設けられた人用の鉄扉の鍵を開け、俺達をその向こうへ通す。
内部は最近になって建てられたらしく、真新しい煉瓦によって組み上げられた三〇メートル四方の新設区画のようだった。
そして、その中央には金属質な光沢を放つ、巨大な――二〇メートルほどはあるだろうか――半紡錘形をした構造物が設置されていた。
それを見た瞬間、俺の肩でクロが驚いたように跳びはねた。
「――
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