第3話 2

 兵騎蔵は鍛錬場に隣接する形で造られていた。


 なにせ身の丈五メートルの兵騎を多数収容する為の建物だからでかい。


 およそ三〇メートルの高さを持つ煉瓦組みの兵騎蔵は、五層十階建てをしていた。


 人の感覚では十階分あるのだが、兵騎に合一した視点で見ると、人の二階分を一層として各層が坂道で連結された五層になっているのだ。


 こういう人騎共用建築は、元々は兵騎を生み出す古代遺跡――<工房>なんかを元に考え出されたらしい。


 少なくとも兵騎を国が収集して管理し始めた三百年ほど前にはもう、この手の建築物は当時の人の手によって生み出され、それ以降も現在に至るまでに様々な改良を施されている。


 グランゼス公城の兵騎蔵は、五十年ほど前にそれまであった古いモノを取り壊し、当時の最先端の技術で建築し直したものだ。


 当時、王城の兵騎蔵を新築する計画があり、その技術実証の為の試作建築として造られたのだと聞いている。


 そんな兵騎蔵の前まで来たところで。


「――あ、アル兄ちゃんだ! 久しぶり!」


 と、クロを頭に乗せたダグ先生が声をかけて来た。


 その後ろにはリディアやバートニー村の子供達の姿もある。


「む? みんな、どうしたんだ?」


「ゴルバス様から、ご招待頂いたんです」


 驚く俺に、リディアが苦笑して応える。


「先日はバタついてしまって、ご挨拶もそこそこだったので……

 その……改めてまた来たら良い、と仰ってくださって……」


 両親の許可のないままダグ先生を宿泊旅行させるわけにもいかず、リディアは渋るダグ先生を連れて、クロに乗ってバートニー村に帰ったのだという。


 実はこのグランゼス領を含む、いくつかの公爵領や辺境伯領においては、クロの存在は公然の秘密となっている


 爺様や大叔父上、さらには父上や従叔父のサリュート殿が若い頃に、移動の足代わりに使っていたからだ。


 俺やアリシアも子供の頃は、よく王都とグランゼス領の行き来に閃竜となったクロを使っていたから、この地の民は閃竜を見ても公城で飼ってる魔獣という認識らしい。


 もっともクロが変身していると知っているのは、大叔父上の直系――ババアの鍛錬を受けた者だけだがな。


 それはさておき、どうやらバートニー村に帰らざるを得なくなったのを残念がるダグ先生に、大叔父上が――


 ――今度は親の許可を得て、堂々と泊りがけで来たら良い!


 と、言ったそうで。


「オイラ達、父ちゃん達に旅行の許可もらう為に、たくさんお手伝い頑張ったんだぜ!」


 ダグ先生が両手を広げて誇らしげに告げる。


 そのお手伝いさせている間に、恐らく親達は子供達の旅行の準備をしていたのだろう。


 すでに再来訪の許可が出ているとはいえ、相手は貴族の頂点である公爵――しかも先代王弟だ。


 子供達の両親は、持たせる手土産にかなり頭を捻ったはずだ。


「……ひょっとして、みんなに気を使わせたんじゃないか?」


 子供達には聞こえないように訊ねると、リディアは首を振った。


「ロディさんが山に入って、魔獣を狩ってくれました。

 魔熊の肉なら、どこに出しても喜ばれるはずって……」


 と、そこにクロが興奮気味に、俺の目の前に飛んで来る。


「キミが褒めるだけあってロディはさ、すごかったよ!

 ボクも手伝おうと思って、狩りに同行したんだけどさ、まるで専用のソナーでもあるみたいに的確に魔獣の足取りを追うんだ。

 んで、相手が気づく前にズドン! 

 そもそもあの威力、弓矢で出せるものじゃないよね!?」


「ああ、恐らく騎士のように無意識に弓矢に構造強化をかけてるんだと思う」


 ロディの狩りに初めて同行した時、俺もえらく興奮したから、クロの気持ちはよく分かる。


 ――なんでこの力量があって、辺境で狩人やってるんだ!?


 と、そう思わずにはいられなかった。


「クロちゃん、ぼくのお父さんすごいでしょ~」


 俺達の話を聞いていたのか、ルシオが胸を張る。


「うん。あのレベルで戦える人は、庶民ではそうそう居ないだろうね。

 たぶん、ロディの家系はハイソーサロイド――上位人類に近い遺伝形質を持ってるんじゃないかな。

 それが国や組織の保護もなしに、現在まで血脈として残ってるなんて、本当にすごいよ!」


 クロはそんなルシオの頭の上に降り立って手放しで褒め、ルシオが嬉しそうに微笑む。


 ……うむ。ババアやクロは時々、こういうワケのわからない褒め方をするんだ。


 どうやらローダイン王族ウチの血脈――初代国王のアベルもまた、クロが言うハイソーサロイドとかいう、特殊な魔道器官の持ち主だったらしい。


 ババアが他国の血が入った子孫には鍛錬どころか、ババアの存在すら知らせないのは、その辺りの話が絡んでるようだ。


 ――それはさておき、だ。


 リディアが言うには、大叔父上やアリシアへの挨拶はすでに済んでいるそうで、ダグ先生はこれから<竜牙>騎士団の訓練を見学する予定らしい。


「――あたし達は城下町見物! せっかく都会に来たんだし、いろいろ見て回りたいの!」


 シーニャとルシオと手を繋ぎながら、マチネ先生が興奮気味に教えてくれる。


「騎士より城下見物に興味があるとは、やはりマチネ先生は文官向きな気質をしているな

 この地にはアグルスやミスマイルの商人も出入りしているから、見聞を広げるには良い土地だぞ」


 俺がそう応えると、マチネ先生は不思議そうな表情を浮かべた。


「……アルお兄ちゃん、なんでダグだけじゃなく、あたしまで先生呼び?」


「む? そういえば言ってなかったか?

 ――先日、イライザを落ち着かせる際、マチネ先生の教えが非常に役立ったんだ」


 教えを施してくれる者に年齢は関係ないと俺は考えている。


 為になる事を教えてくれたのならば、その人物の事は敬うべきなのだ。


「――は? あたしの教え?」


 だが、マチネ先生は意味がわからないというように首を傾げる。


「うむ。なんと言ったか……そうそう。壁ドンだ。

 偶然だったが、イライザを落ち着かせる際、あの体勢になってな。

 そこでマチネ先生の言葉を思い出したんだ。

 ――確か好き避けと言ったか?

 意識している異性に対して、内心とは反対の行動を取るとかいう……あの時のイライザは……あ~、その、なんだ……直前に起きた衝撃的な状況の為か、その症状が見られたので、マチネ先生の言う通り、強引に――ショック療法を取る事にしたんだ」


「――え? え? ちょっと、リディアお姉ちゃん!? あたし、アルお兄ちゃんの言ってる事がまるでわからないんだけど!?」


「ええと、わたしも今初めてあの時のアルの行動の意味を聞かされて、混乱してるのですが……」


「……む。なぜふたりはそんなに戸惑っているのか。

 異性への口づけは、混乱した味方への鎮静作用があるのだと母上も言っていたからな。

 マチネ先生が教えてくれた小説の解説と応用法は、実に理にかなっていると納得したのだ」


 父上と結ばれる前は、女騎士として戦場にも出ていた母上は、戦の恐怖で混乱に陥った多くの男達をそうして落ち着かせたのだと生前聞かされている。


 ……あるいは死に逝く者の、最後の願いを叶えてやる為でもあったとも言っていたな。


「一応、イライザには嫌なら拒めと告げたぞ?」


 母上が言うには、婚約者や恋人に操を立てて、不快に思う者もいるそうだからな。


「イライザは拒まなかったからな。恐らくは自身でも恐慌状態にある自覚はあったのだろう」


「……リディアお姉ちゃん。

 コレ、本気で言ってるよね? アルお兄ちゃんってここまでアレだったの!?

 ――あたし、ちょっとイライザお姉ちゃんが可哀想になってきた……」


「わたしもです……どうしよう……イライザに全然見当違いな慰め方をしてました……」


 と、リディアとマチネ先生は肩を寄せ合ってヒソヒソと話し合っているが、常に身体強化状態で身体を動かしている俺には、しっかりと聞こえている。


「あ~、ふたりとも悪いね。基本的にコイツはさ、目つきの悪さと口下手の所為で、ロクに異性との付き合い方を知らずに来ちゃったんだよ。

 ……情緒がオコサマなのさ」


 と、マチネ先生の頭の上に乗って、クロが苦笑交じりに俺を見ながらふたりに告げる。


 ……言っている意味はわからなかったが、批判されたのは態度でわかったぞ。この野郎。


 マチネ先生はぐっと拳を握り締め、それから俺を見上げて宣言した。


「わかった! あたし、アルお兄ちゃんの先生になる!

 このままじゃ、リディアお姉ちゃんもイライザお姉ちゃんも可哀想だもん!

 バカ! ホント、バカ! アルお兄ちゃんは、ダグと同じくらいの大バカよ!」


「む……」


「おいおい、兄ちゃんの所為で、オイラまでバカって言われたぞ?」


 俺とダグ先生は意味がわからず首を傾げ、ルシオとシーニャの年少組ふたりがマチネ先生を真似て、俺達を指さしながら――


「――おおばか~」


 ――を連呼する。


「とりあえずリディアお姉ちゃん! 作戦会議よ! この後の城下巡り、イライザお姉ちゃんと一緒に回る予定だったでしょ? そこで作戦会議!」


「そ、そうですね。わたしはダグくんに付き合おうと思っていましたが、状況が代わりました。

 ……まさかアルがここまでアレだったなんて……道理で一緒に暮らしてても、平気な顔をしてるわけですよ……」


 マチネ先生の言葉を受けて、リディアはブツブツとなにやら呟いていたが、なにか決意したように顔を上げ――


「――アル、ダグくんの事をお願いできますか?」


 ……む、なんだ?


 リディアは笑顔なのに、なにか有無を言わせぬ迫力を感じるぞ。


「……お、おう。よくわからんが、わかった」


 思わずたじろぎながら、俺はそう応える。


「……では、頼みましたよ?」


 と、リディアは謎の威圧感はそのままに、笑顔で俺にそう告げると、子供達と手を繋いで城内にある居館に向けて去って行った。


 その背中を見送り――


「いやぁ……殿――アルさんの専属侍女をしていたというだけあって、リディア嬢もなかなかの女傑ですねぇ……」


 マリーが感心したように呟いたのが印象的だった。

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