第3話 共に駆け出す女勇者
第3話 1
結界が施された鍛錬場の中で、十騎の兵騎がぶつかり合う。
鍛錬場を一望できるように儲けられた観覧室で、俺は少しだけ興奮した心地でそれを見下ろしていた。
五対五の兵騎小隊規模の戦闘訓練だ。
どちらの部隊も兵騎に騎乗しているのは、グランゼスの<竜牙>騎士。
大型魔獣の討伐や魔物調伏に用いられる兵騎は、五メートルほどの巨大な甲冑だ。
騎乗者は自らの魔道器官を、兵騎頭部に収められた合一器官と繋ぐ事で、兵騎そのものとなる。
同時に合一器官は、騎乗者の魔道器官から発せられる魔動を増幅する為、強い魔動を持つ者ほど、兵騎と合一した際にはより強力な魔法を喚起できるようになるのだ。
そして今、俺の前の前で模擬戦を繰り広げているのは、幼い頃から頭のおかしい鍛錬によって極限まで魔道器官を鍛えられた<竜牙>騎士達だ。
身体強化の要領で、騎体そのものはもちろん、振るう武器さえもが強化されている為、高速で激突しているにも関わらず、轟音を響かせるだけで亀裂ひとつ入っていない。
「うむ、やはり騎士はこうでなくてはな……」
トランサー領都にいた騎士達も兵騎に騎乗していたが、あまりにも弱すぎた。
直接、俺が対峙した隊長とやらでさえ、騎体はおろか武器の構造強化すらできていなかったほどだ。
「殿……アルさん、いかがですか? 久々の<竜牙>の鍛錬は」
と、背後からマリーが声を掛けてきた。
休憩中なのだろうか。
彼女甲冑を外したチュニック姿で、肩からかけた手拭いで汗を拭いながら、俺のそばまでやってくる。
再会したばかりの頃のリディアのように、彼女もまた俺の事を殿下と呼びそうになるようだ。
トランサー領で出会ってから一週間も経つのだから、いい加減、慣れてもらいたいものだ。
そんな事を考えながら、隣に来たマリーにうなずく。
「やはり練度が段違いだな」
応えている間にも、鍛錬場では兵騎の模擬戦は続いている。
甲隊の一騎が相対していた乙隊の兵騎の腕を斬り飛ばしていた。
限りなく実戦に近い模擬戦だ。
錬金鍛冶士泣かせな訓練法だが、兵騎ならば
腕を飛ばされた乙隊の騎士は、しかし悲鳴をあげる事なく左手の盾を相手に投げつけ、その隙に飛んでいる右腕を掴み取り、それを武器に振り回し始める。
傭兵だったジョニスは、腕を砕かれて悲鳴をあげて戦意喪失していたものだが……やはり<竜牙>の騎士は頭がおかしいとしか思えない。
痛みは感じているはずなのに、それを屈強な精神力で押し殺してるんだ。
「<竜牙>騎士の教導官を派遣は、やはり必須だろうなぁ」
俺は腕組みしながら鍛錬場を見下ろして呟く。
ジョニス達、黒狼団はバートン領が抱える唯一の戦力だ。
銀晶鉱脈の防衛を固める為にも、連中にはもうちょっと強くなってもらいたい。
「それなら御館様の頼みを受けて頂けるという事でよろしいのでしょうか?」
微笑みながら訊ねてくるマリーに、俺は思わず呻く。
マリーが御館様と呼ぶのは、このグランゼス領の領主であるゴルバス将軍――大叔父上の事だ。
「別に渋ってるワケじゃないぞ?
ただ、騎士達は俺の素性を知らないわけだろう?
こんな怪しい風貌の男に、素直に従うか?」
俺の言葉に、しかしマリーは首を振る。
「そこはほら、<竜牙>式と言いますか、実力で黙らせれば良いのですよ」
「――だから、それがイヤなんだよ!」
思わず俺は叫んだ。
――一週間前、アリシアに殴り飛ばされて気絶した俺は、グランゼス領都に運び込まれた。
霊薬を使っても俺が目覚めなかった為、俺の存在を秘匿しつつも治療のできるグランゼス領に運び込んだらしい。
俺が目覚めなかったのは、恐らく短期間にファントム・ハートを高帯域稼働させる必要のある<
要するに魔道器官を酷使し過ぎていたということだ。
考えてみたら、ババアのトコにいた時も、あそこまでファントム・ハートを高帯域稼働させた事はなかったな。
グランゼスの公城に運び込まれた翌日には目覚めてはいたのだが、熱が出た上、全身筋肉痛に襲われて、俺は都合、三日ほど寝台から起き上がれなかった。
同じく公城に匿われているイライザはというと、あの事件で魔神に殺された事になっている為、現在、俺と一緒にグランゼス城に匿われている。
俺が寝込んでいる間に、リディアとアリシアが彼女を支えていたようで、今ではすっかり立ち直ったようだ。
城の<
俺はというと、寝台から起き上がれるようになると、さっそくとばかりに大叔父上がやって来て、質問攻めにあった。
大叔父上に隠す事もないから、城を追われてから今日までの事をすべて話した。
当然のように大叔父上は復讐を望むかだの、復権を望むかだのと訊ねてきたのだが、俺は以前、リディアに説明したように、そんな事は望まないと応えたよ。
目下の目的は命の恩人であるリディアの手伝い――バートン領の発展だ、とな。
子供の頃から、玉座に執着していない――むしろ誰かに譲りたいと愚痴っていた俺を知っている大叔父上だから、それを本心からの言葉と理解してくれたようだ。
――だが、世界がそれを許してくれるかな?
と、でかい傷痕のある顔を歪めて笑った、大叔父上の言葉が印象的だったな。
大叔父上は俺の今後についてはそれ以上の追求しなかったものの、魔神騒ぎのほとぼりが冷めるまでは公城に滞在するように言ってきた。
それは俺にとっても渡りに船だった。
魔神討伐の証として、亡骸を遺したとはいえ、だ。
あの魔神の顔は、この仮面と同一の形状だ。
バートニー村は辺境とはいえ、人の行き来がないわけではないから、どこから俺の事が――おかしな仮面を着けた怪しい男の噂が中央に流れるかわからない。
とはいえ、王宮騎士が惨敗した以上、魔神討伐の顛末は内々に処理されるはずだ。
いかに討伐が成されたとはいえ、それを行なったのはたまたま居合わせた勇者――アリシアの功績であり、王宮騎士はまるで太刀打ちできなかったのだから、俺だったら恥ずかしくて公表なんてしたくない。
だから、トランサー領都の民が噂を広げたとしても、それは決して長くは続かず、いずれ日々の新たな話題に埋もれていくはずだ。
それまではバートニー村から離れ、このグランゼス公城に身を寄せていれば良い。
そう、大叔父上は考え、俺もまたその考えに同意した。
そんなワケで、俺は今、グランゼス公城に滞在している。
ダグ先生やリディアは、俺が寝込んでいる間にクロが閃竜になって村まで送って行った。
起き上がれるようになった俺はというと、採掘村の進捗確認や指示を出す為に、イライザ同様に<
「……<竜牙>の連中に、いまさら俺が稽古つける必要なんてあるか?」
そんなワケで、俺は騎士団の鍛錬場を訪れ、彼らの鍛錬を見学させてもらっていたのだが……どうみても、俺が口出しできるような余地はないように思える。
「そう仰って頂けるのは光栄ですが、我々もいつも団内の模擬戦ばかりで、少々、倦怠気味なのですよ」
と、マリーが苦笑して応えた。
「……グランゼス領には魔獣も居ないし、そうなるだろうなぁ」
ごくまれに他所から流れてくる事もあるようだが、そういう個体は発見されしだい騎士団が殲滅してしまう為、グランゼス領は多領に比べて恐ろしく魔獣の生息数が少ないんだ。
唯一、アグルス帝国と接している国境地帯だけは、あえて魔獣を放置して、彼の国に対する生きた防壁としているらしい。
それを定期的に間引く事で実戦訓練としているようだが、間引きすぎては防壁の役目を果たせなくなる為、騎士達の全力が振るわれる事はない。
……要するに大叔父上は、騎士団の欲求不満を解消させるはけ口に俺を使おうとしているワケだ。
対価は、採掘村への<竜牙>騎士の教導官としての派遣。
決して乗り気にはなれないものの、黒狼団の強化を考えるなら、<竜牙>騎士の教導は喉から手が出るほど欲しい。
俺はため息を吐いて、マリーにうなずく。
「……とりあえず、やるだけやってみるか」
この身体になって二年。
ババアのところで鍛えたとはいえ、<竜牙>騎士相手にどこまでできるものか。
……まあ、今の実力を知る良い機会か。
興味がないと言えば嘘になる。
「マリー、俺は王騎を失くしてるから、制式騎で良いから貸してくれ」
俺がそう告げると――
「任せておいてください! 御館様から殿――アルさんがやる気になったら、貸すようにと仰せつかった騎体がございます!」
マリーは満面の笑みでそう応え、俺を兵騎蔵へと案内するのだった。
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