第2話 24

 アリシアの話を聞く為、俺が地面に腰を下ろす。


「そうよ! でも、それを説明する前に――」


 と、アリシアの手が恐ろしい速度で動いてクロを捉え、ヤツは俺の隣に腰を下ろしてクロを抱き締めた。


「あ~、これよ。これ!

 旅は楽しかったけど、この感触がないのだけが、本当に辛かったのよ~!」


 クロに頬擦りしながら、目一杯に抱き締めるアリシア。


「…………」


 クロは遠い目をして、されるがままだ。


 抵抗しても無駄なのは、長年の付き合いで嫌というほど理解させられているからな……


 そしてそれを邪魔すると、こちらにまで被害が来るのを俺はよく知っている。


 だから、ヤツが満足するまで、俺もまた遠い目をして空を見上げていた。


 ……絶対的強者に対する、本能と言っても良い。


 俺もクロも、幼い頃からこいつにだけは頭が上がらんのだ。


 クロはアリシアのぬいぐるみに徹し、俺はミリィに助け出されたイライザや、リディア達の事を考える。


 俺が飛び出した後、クロはミリィ達を領都近くの森に下ろす手はずになっていた。


 そこからクロは領都上空を飛行して俺と合流し、騎士達の目を引きつける。


 その間に、ミリィ達がイライザを救出し、俺とクロが魔神として暴れている間に領都から脱出する計画だったんだ。


 計画は順調に進み、あとは逃げるだけだった。


 きっと今頃、イライザはリディアに慰められている事だろう。


 イライザは怪我をしているかもしれないが、リディアには霊薬を預けてあるから、跡形もなく治せるはずだ。


 ……どう考えても、アリシアが言うような雑さはないように思えるのだが……


「……ね、ねえ、アリシア。そろそろ良いかな?」


 と、しばらくアリシアの好きにさせていたクロだったが、いい加減焦れたのか、アリシアの手を叩いて訊ねる。


 相棒の勇気ある行動に、俺は全力で乗っかった。


「そ、そうだ。そろそろ教えてくれないか? 協力とはどういう意味だ? 俺の作戦が雑とは?」


「ん~? そのままの意味だよ」


 クロをたっぷり堪能したアリシアは、気分を害した様子もなく笑みを浮かべて応える。


 俺とクロが安堵するのをよそに、アリシアは続けた。


「順を追って話すとね、あたしもイライザさん奪還に動いていたの」


「あ? おまえが!?」


「そうだよ。二日前にローゼス伯からおじいちゃんに<囁き鳥ウイスパーバード>が届いてね」


 <囁き鳥ウイスパーバード>というのは、手紙のやり取りに使う鳥型魔道器<伝文鳥メールバード>の上位品で、受取相手に声を直接届けられるという点と、<隠蔽>の刻印も施されている為、秘匿性が高く、上位貴族の内密なやり取りに用いられる魔道器だ。


 <伝文鳥メールバード>と違って書面が残らない為、世に出た当初は犯罪に利用されたりもしたそうだが、それを知った父上がババアと共にとある対処法を生み出した事で、現在では犯罪に使われる事は少なくなっている。


 アリシアの説明によれば――


 ローゼス伯から届いた<囁き鳥ウィスパーバード>は、ミリィを騎士として使う事に対する謝罪だったそうだ。


 それによって大叔父上はイライザが、そしてローゼス家が、ビクトールに狙われたのだと知った。


「それでちょうど帰郷してたあたしに、イライザさんを助け出すように指示が出たの」


 ローゼス伯は、イライザから俺の生存を聞かされていて、ミリィが俺に助けを求めに向かった事も告げていたそうだ。


 大叔父上もアリシアも、地下大迷宮と魔神の真実を知っているから、俺の生存は疑っていなかったそうだ。


「なんでバートン領に居たのかは、あとでしっかり聞かせてもらうとして――

 あんたが動くとしたら、共同戦線を張るのが良いと思って、あたし、従者と一緒に街に潜んで待ってたんだけどね?

 まさか直接乗り込んで暴れるとは思わないじゃない?

 わかる? あたし、かなり焦ったんだよ?」


 そう言いながら、容赦なく肩に拳を叩き込んでくるアリシア。


「挙げ句に駆けつけてみたら魔神――しかもお婆様の名前まで騙り出してるしさ」


 アリシアはクロを地面に下ろし、俺の両肩に手を置いて、真っ直ぐに見つめて来た。


「……アル、あんた、あの後どうするつもりだった?」


「そ、そりゃあ……クロと一緒に無関係な方に飛び去ろうとしてたんだが……」


 澄んだ青い目に見つめられて、俺は視線を逸しながら応える。


 ミリィにはリディア達を下ろした森で待機してもらい、時間を置いて合流する手はずだった。


 イライザはビクトールと共に襲われた事にして、一時的に行方不明になってもらってバートニー村で保護し、ほとぼりが冷めた頃にローゼス領に帰して、実は逃げ延びていた事にするつもりだったのだ。


 と、まるで言い訳するような口調で、今回の作戦をアリシアに説明する。


 途端、アリシアは盛大に溜息を吐いた。


「……ホンットにあんたは! その何でも自分独りで背負い込もうとするトコ、良くないってあたし、何度も何度も言ったよね?

 どーせあんたの事だから、魔神を捜索されても架空の存在だから嗅ぎつけられない。最悪、自分と関連付けられたとしても、自分が身を隠せば良いとか、そんな風に考えたんでしょう?」


「――うっ……」


「……さすがアリシアだよねぇ。キミの説明と一字一句一緒じゃないか」


 クロが俺の脚を叩いて苦笑する。


 クソ……だからこいつは苦手なんだ。


「そこまで読んだから、あたしはあんたの作戦を修正する事にしたのよ。

 良い? よく考えなさい。

 そもそも今回の件、昔、おじいちゃんとあんたが解決した事件を理由に、トランサー家がローゼス家に言いがかりを付けて来てるのよ?」


 人差し指を立てて、アリシアは続ける。


「そんな事をする連中が、魔神復活なんてネタを利用しないワケがないでしょう?」


「……あっ……」


 俺とクロが、自分の迂闊さに気付いて声をあげる。


「あのままあんた達が逃げてたら、魔神捜索を理由に、新王やコートワイル家に逆らう人が、なにかしら被害を受けてたでしょうね」


「……だろうな」


 魔神を匿ってたとか、魔神信奉者だとか、理由付けはいくらでもできるだろう。


「だから、魔神はきっちりここで退治されなきゃいけないワケ」


 そうしてアリシアは両手を広げて周囲を見回す。


「ま、これだけ派手に戦闘跡を残せば、誰もここで激戦があった事は疑わないよね」


 アリシアの斬撃を<幻創竜鱗ファントム・スケイル>が受け止めた際に放たれた閃光は、きっとトランサー領都からも見えた事だろう。


「……一応、考えての行動だったんだね。

 ボク、てっきりマジで退治に来てるのかと思ったよ」


「……俺もだ。どう見ても目が本気だったし……」


 俺とクロの呟きに、アリシアが視線を逸らす。


「や、やだなぁ。そりゃあちょっとだけ、二年もアジュアお婆様のトコに引き篭もってたアルが、どのくらい強くなったのか見てみたいとは思ったけど、ほんのちょっとだけだよ?

 ホントなんだからね?」


 と、両手を合わせて小首を傾げ、アリシアは言い訳を始めた。


「……やっぱり……」


 俺とクロのため息が重なる。


「そ、そんな事より、あたし、この後、トランサー領都に討伐の証を持ち帰らないといけないから、さっさと出して!」


 明らかに話題を逸しに来ていたが、指摘すると後が怖いので、俺とクロは従う。


「あー、毛とかで良いのか?」


「うん、とりあえずそれで」


 俺は再び戦闘形態になり、伸びた髪をアリシアから剣を借りて斬り落とす。


「クロは閃竜の鱗をちょうだい。あとアルの仮面を幻創して欲しいかな」


「はいはい、ちょっと待ってね」


 クロもまた言われるがままに、虚空に手を突っ込み、そこから戦闘形態の俺の仮面を引っ張り出す。


 <象創咆器ジェネレイト・オリジン>であるクロの能力のひとつだ。


 クロが知っているものなら、世界を構成する要素――『りょうし』がどうとか、よくわからん事を言っていたが――を使って、たいていのものは生み出せるらしい。


 下顎付きの仮面を地面に置いたクロは、さらに鱗も虚空から引っ張り出す。


「……ふむ、激戦があったにしては、ちょっと綺麗すぎだよね」


 と、アリシアは呟いて立ち上がり、仮面の上に足を振り降ろした。


 仮面の左目から上が砕け、靴裏の泥で汚れる。


「あとは――アル、その毛を貸して」


「おう」


 俺から長い赤毛の束を受け取ると、ヤツは地面に置いた仮面と黒い鱗の上に垂らして――


「――えいっ!」


 無造作に腰の後ろに帯びた短刀を引き抜き、俺の毛束を持った自らの左腕を斬り裂いた。


 鮮血が噴き出し、毛束を、仮面を、鱗を濡らしていく。


「――おまっ!? なにやってんだ!? クロ、霊薬!」


「あわわ! アリシア、キミ、女の子なんだよ!? 傷が残ったらどうするのさ! なんてムチャするんだい!」


 俺とクロが慌てるのをよそに、アリシアは仮面と鱗を裏返し、自らの血を振りかけていた。


「よし、完成。さすがにこれだけ血まみれなら、誰も討伐完遂を疑わないでしょ」


 と、アリシアは笑みを浮かべて短刀を鞘に収め、血が滴る左手に治癒魔法を施す。


「もう! ふたりとも慌てすぎだよ。

 冒険者やってたら、こんな傷、日常茶飯事なんだから」


「……だとしても、おまえが傷つくのを見るのは良い気がしない……」


 憮然として言ってやると、アリシアは目を丸くした。


「も、もーっ! ホント、アルってば、そういうトコだよ?

 そういうのはさ、あたしじゃなくイライザさんとかに言うべきでしょ?」


「む、そういえばイライザ達と合流しなければな」


「ああ、大丈夫。ウチの従者がミリィ達と合流してるはずだから。

 そろそろ――」


 と、そこに、遠くから風を切る音が聞こえて来たかと思うと。


「あ~、見つけましたよぅ、姫様~」


 頭上からひどくのんびりした声が聞こえて、俺達は空を見上げる。


 そこには<浮遊>の魔法によるものか、ゆっくりとこちらに落ちてくる<竜牙>騎士団の女性用甲冑を纏った女性と、ミリィの姿。


 俺達が木々を薙ぎ倒した為、森の一角に間隙が生まれ、空からもこちらはよく見えることだろう。


 ミリィはイライザを横抱きにし、女性騎士もまた同じようにリディアを抱え、その背にはダグ先生が背負われていた。


「無事に助け出せたみたいだね。

 ――おーい!」


 そう言ってアリシアは頭上に手を振る。


 俺もまた、降下してくる彼女達を出迎える為に、アリシアの後を追った。

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