第2話 23

 木々を無数に薙ぎ倒し、森の地面を抉り、土砂を空高く舞い上げながら、俺はなんとか着地に成功する。


「――んぎゃああ~っ!!」


 と、クロもまた向こうの方に墜ちたようだ。


「あいつ、飛べるはずなのに……」


 きっと驚きのあまり、忘れてるんだろう。


 思わず呆れて呟くと、へし折られて折り重なった木々の向こうから虹色が輝きが見え、少しあってクロがこちらにやって来た。


 いつもの丸い身体でふらふらと左右に揺れている。


「いや~、ひどい目に遭った! まさかあそこでアリシアが出てくるなんてね!」


 と、クロは俺の肩に腰を下ろし、俺の顔を叩いてぼやき出す。


「ああ。あいつ、なんであんなトコに居たんだ?」


「ボクにわかるワケないでしょ?

 そもそもあの子の行動を予測できるのなんて、主くらいじゃない?」


「……確かに……」


 ――アリシア・グランゼス。


 大叔父上――ゴルバス・グランゼス公爵の孫娘にして、王位継承権四位を持つ立派な王族のひとりだ。


 俺とは再従妹はとこの関係だな。


 幼い頃から従叔父いとこおじのサリュート殿に連れられて登城していて、同い年だからババアのところにも一緒に通ったものだ。


 政治や経済についても学ばされた俺と違い、ヤツはいずれ<竜牙>騎士団を継ぐ者として、徹底的に武を叩き込まれたものだから、単純な戦闘力だけなら人外の領域に踏み込んでいるんだ。


 <狂狼>と呼ばれた俺の父上の再来とまで呼ばれていた事を、俺は知っている。


 少なくともファントム・ハートを移植される前の俺よりは、確実に強い。


 距離があれば攻精魔法を連続喚起し、接近を許せば得意の双剣で斬り刻まれる。


 そんなあいつが修行の旅に出ると言って、領を飛び出したのが俺達が十二になったばかりの頃だ。


 わざわざ王城に挨拶しに来たあいつの言葉に、俺は驚きを隠せなかったよ。


 昔から突拍子もない事を言い出すヤツではあったが、飛び切りだと思ったものだ。


 いかに強かろうと、公爵家の姫がだぞ?


 それも元服を迎える前の子供が、たったひとりで旅に出ると言い出したんだ。


 驚かない方がどうかしてるだろう?


 もちろん、俺は止めた。説得してもらおうと、軍舎に待機してたサリュート殿や大叔父上も呼び出して、止めようとしたんだよ。


 だが、サリュート殿も大叔父上も「よく言った!」とか、ノリノリでな……


 というかふたりとも、グランゼス領から馬車も使わずに、たったひとりで徒歩でやって来たあいつを褒め称えるもので、止められる雰囲気じゃなくなってしまったんだ。


 最終的に俺はババアさえも巻き込んで説得しようとしたんだが、ババアもまた大叔父上達と同じく賛成派でな。


 アリシアのために、秘蔵の魔道器をいくつも与えてやがったよ……


 そうしてヤツは、とりあえず国内を巡ってみるのだと旅立って行った。


 時々、近況を伝える手紙を送って来てはいたが、元々が筆不精なアイツは多くて半年に一回くらいで、最後に届いた手紙は俺の元服を祝う為のもので、国外――ミスマイル公国から送られたものだったっけな。


 だから、あいつがいきなり出てきた時は驚いた。


「……あいつ、勇者とか名乗ってたな?」


「冒険者として旅するって言ってたし、どこかで認定されたんじゃない?」


 俺の肩の上で、クロが肩を竦めてため息を吐く。


 伝説や伝承で伝えられるそれと異なり、現代において勇者というのは、国と冒険者ギルドの双方に認定される事で与えられる、一種の公務員の役職であり、称号だ。


 一定の功績を積んだ冒険者が、厳しい審査の末に認定されるもので、その称号は下級貴族を凌ぐ権力が付随する。


 反面、様々な義務も課せられるのだが、それを差し引いたとしても得られる恩恵は余りあるほどで、だから平民出身の多い冒険者にとって、ひとつの夢の到達点とも言えるだろう。


「まあ、詳しくは――」


 と、クロが頭上を見上げる。


 その視線に気付いて、俺も空を――周囲の木々が薙ぎ倒されて、青く高く澄み渡った空を見上げた。


 その青の中、雲とは明らかに違う白い点が見え、魔法で視力を強化すると、それは白い戦装束を纏ったアリシアの姿となった。


「――本人に聞けば良いんじゃない?」


 諦めたように言って、クロは俺の頭にしがみつく。


 遥か上空で、アリシアが、加速するのが見えた。


「――クソ! アレと話せって!? アイツ、やる気満々じゃねえか!」


 俺は毒づいて地を蹴り、後ろに跳躍する。


 あんなワケのわからん攻撃、まともに受けたくない。


 だが、アリシアは落下しながら、さらになにもない空間を蹴り飛ばして軌道を修正し、こちらに突っ込んで来る。


 振りかぶった双剣の先が、水蒸気の尾を引いている。


「やああああぁぁぁぁぁ――――ッ!!」


「――ンのっ!!」


 俺は咄嗟に肩の上のクロを引っ掴み、突っ込んで来るアリシアに突き出しながら喚起詞を唄う。


「――記せライト・ダウンッ! <象創咆器ジェネレイト・オリジン>っ!!」


 ――間に合うかっ!?


 クロの身体が虹色の粒子にほどけ、俺の右手に手甲として装着される。


「――咲けひらけっ! <幻創竜鱗ファントム・スケイル>!」


 即座に続く喚起詞を唄った。


 アリシアが振り降ろした双剣を阻むように、虹色をした鱗状の魔道障壁が展開される。


 衝撃が光に転換されて、周囲を眩く照らし出す。


 ――が、それも一瞬の事。


 ピシリと乾いた音がしたかと思うと、魔道障壁に亀裂が走り――


 アリシアがにやりと笑った。


「――ハァっ!!」


 ――マジかっ!?


 ヤツは気合いと共に、双剣と魔道障壁の接点を支点として足を振り上げ、魔道障壁を


 衝撃波が走って、俺は背後に吹き飛ばされ、木々を無数にへし折ってようやく止まる。


 ――もうやだ、こいつッ!!


 立ち上がりながら、内心で悲鳴をあげる。。


 ――ドラゴンの攻撃さえ防ぐ障壁だぞ!?


 それを蹴り割るとか、人間辞めてるとしか思えない。


「――待て! 待て待て! 待て、アリシア!」


 俺は右手を突き出して、ヤツに声をかける。


 同時にファントム・ハートを抑え込んで、戦闘形態を解除した。


 クロもまた、元の姿となって地面に降り立つ。


「――俺だ! アルベルトだ! この<狂狼>の仮面、見覚えあるだろう?」


 必死になって叫ぶと、アリシアは剣の腹で肩を叩いてため息。


「なんだぁ、もう降参なの?

 アンタなのは、クロを見た時に気付いてたよ」


 と、アリシアは苦笑しながら応え、双剣を鞘に戻した。


「ずっとお婆様のトコにいたクセに、アンタ、弱くなったんじゃない?」


 こちらに歩いて来ながら、ヤツは肩を竦めて笑う。


 どうやらこれ以上、争うつもりはないらしい。


 こっそり安堵の息を吐く。


「……いきなり襲ってきやがって、いったいどういうつもりだ?」


 俺もまた、ヤツの方に向かいながら、そう問いかけた。


 そうしてすぐそばまで歩み寄ると、ヤツは編み紐で束ねた青髪を払い――


「バカね! アンタの作戦があまりにも雑だから、あたしが協力してあげたんでしょうが!」


 そう言い放つと、両腰に手を当て胸を張るのだった。


「……協力?」


 ヤツの言葉の意味が理解できず、俺とクロは顔を見合わせ、首を傾げた。


 昔からそうだが、こいつの発想は斜め上すぎて、俺達はまるで理解できないんだ……

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