第2話 22

『なんだ!? なんなんだ、貴様は――』


 動揺を隠せないのか、レントンは一歩を退き、ほぼ柄だけになった長剣を両手で構えた。


 ……愚かな。これで騎士だと?


 これが<竜牙>騎士団の連中なら――いや、父上が鍛えていた漆狼隊のみんなでも、剣が折れた時点で格闘戦に切り替えて、間髪入れずに仕掛けて来ただろう。


 折れた剣に固執している時点で未熟過ぎる。


 あれほど湧き上がっていた怒りが、あまりの呆気なさに休息にしぼんでいく。


 首を巡らせて、イライザ達の居る部屋を見ると、今まさにイライザを抱え、ダグ先生を背負ったミリィが屋敷を囲う壁の向こうに逃れようと、大跳躍しているのが見えた。


 ……目的も済ませたし、終わらせるか。


 地面を蹴って跳び上がり、俺はレントン騎の頭部に回し蹴りを放つ。


 鐘を引き鳴らしたような大音声と共に、兵騎の首は千切れ跳び、背後の屋敷の壁を突き崩した。


 轟音を立てて後ろに倒れ込む兵騎。


 胸部装甲が開いて、鞍房あんぼうからヨタヨタとレントンが這い出して来た。


 それを横目で見ながら、俺はビクビクと痙攣するビクトールの頭を鷲掴みにして、レントンに見せつけるように宙吊りにする。


「――貴様! ビクトール殿を人質にするとは卑怯なっ!」


 長剣を構え、そんなふざけた事を抜かすレントン。


 俺は笑いを堪え切れなかった。


「……貴様ごときに人質などいるか!」


 叫んだ俺の背後に、クロが降り立つ。


 どうやら他の騎士の殲滅も終わったようだ。


「ぐるるるる……」


 長い首を巡らせてレントンに唸って見せるクロ。


「……騎士よ、我が誰かと訊ねたな?」


 俺もまた喉を鳴らして笑い、レントンを見据える。


「我こそはこの国の祖に封じられし魔神!

 長きに渡る封印より解き放たれし、魔神アジュアよ!」


 この場にいる者すべてに届くよう、俺は声を張り上げた。


 そう。これこそが俺が考えた、イライザ救出作戦。


 イライザを助け出すのは、俺とクロの持つ武があれば余裕なのはわかっていた。


 問題は、その後だ。


 ただイライザを助け出しただけでは、ビクトールをねじ伏せたとしても、その親――リグルドの野郎が犯人探しを始めるだろう。


 そうなった時、イライザは重要参考人であり、これまで通りの生活は送れなくなってしまう。


 なんせ、今のローダイン王国は、イ……イカ……そう――イカれた法体制だ。


 いかにイライザが被害者であろうとも、リグルドが法をどう都合よく解釈するかわかったものじゃない。


 最悪の場合、イライザが犯人に仕立て上げられる事さえ考えられた。


 それを避ける為にも、誰の目にも明らかな悪役を犯人に仕立て上げる必要があった。


 だからこそ、俺は魔神復活を謳ったのだ。


「――魔神だとぉっ!?

 バカな! 地下大迷宮に封じられているはずでは――」


 この国に生まれた者なら、子供でも知っているだ。


 うまい具合にレントンが望んだ通りの言葉を放った。


 俺は声をあげて笑う。


「ハ――ハッハ! どこの誰かは知らんが、王族の血を引く者を生贄に捧げてくれたものでな! 封じられた力を取り戻す事ができたわ!」


 と、俺を地下大迷宮送りにした事を揶揄してやる。


「ウソだ! 悪逆王子は影武者で……王族の血を引いてなど……」


 そういう設定で、簒奪は成されたものな。


 レントンはあからさまに狼狽えていた。


 だから、俺はさらに揺さぶりをかけてやる。


「我がこうして復活している事こそ、なによりの証拠だろう?」


「――か、仮にそうだとして、なぜここに……」


 正念場だ。


 これを信じさせられるかで、今後のイライザの人生が決まる。


「……なぜだと?」


 俺は見せつけるように、頭を掴んだビクトールを突き出す。


「我はこれでも義理を重んじていてな……

 彼の生贄が、最後に願ったのよ!

 ……自身を貶めた者達への復讐をなっ!」


 ……そんな気はサラサラなかったのだが……


 俺は白目を剥いているビクトールに視線を送る。


 脳裏に蘇る、イライザが暴行されている光景。


 ミラン山脈を越え、トランサー領都が遠目に見え始めた頃。


 クロの背で、トランサー屋敷を確認する為に視力を魔法で強化した瞬間、俺はアレを見せつけられた。


 俺の視界は怒りで真っ赤に染まり、気づけば<幻創回廊ファントム・バレル>で飛び出していたんだ。


 コイツに同情の余地は一切ない。


 更生させる気すら湧いてこない。


「……まず手始めに、コイツからだ」


 そう告げて、俺はビクトールの頭を掴む手に力を込める。


「あ……」


 という短い悲鳴を漏らして、ビクトールの頭は弾けた。


 鮮血が俺の身に降り注ぐ。


「……まず一人目」


 手を開けば、両手と首を失くしたビクトールの亡骸が、血溜まりの中に飛沫を立てて落ちる。


「お……あ……」


 凄惨な光景に、レントンは顔を青くして身震いしていた。


 さて、十分に恐怖は与えられただろう。


 あとはクロと共に、明後日の方向に飛び去るだけだ。


 そう考えた時だった。


「――そこまでよっ!」


 不意に背後から高い女声が響いた。


 視線をそちらに向けると、屋敷を囲う壁の上に仁王立ちになった少女の姿。


 夏の空を思わせる澄んだ青髪を風になびかせ、戦装束バトルドレス姿でたたずむそいつは、腕組みを解いて左右の腰に帯びた鞘から長剣を抜き放つ。


 ――おいおいおい……なんでここでおまえが出てくるんだよっ!?


 クロに視線を向けると、ヤツも戸惑ったように目をしばたかせている。


「――魔神アジュア! おまえは始祖王アベルの血を引く、この勇者アリシア・グランゼスが討ち倒すっ!」


 言うが早いか、ヤツは宙に跳び上がり、突進して来る。


「――ちょっ!?」


 瞬間、豪風と共に強烈な斬り上げがやって来て――


「――――ッ!!」


 咄嗟に両手を十字にして斬撃を防いだものの、衝撃までは殺し切れず、俺の身体が恐ろしい速度で空へと打ち出された。


 水蒸気の輪を貫き、手足の先が白い雲を引いている。


「おおおおおぉぉぉぉ――――ッ!?」


 アリシアヤツの行動が理解できず、俺は流れ行く景色に絶叫する。


「ぎゃあああああ――――ッ!?」


 クロの悲鳴が遠くから聞こえ、俺の後を追うように、ヤツもまた空へと打ち出されたようだ。


 ――ちくしょう! 上手く行ってたってのに、あのバカ、なに考えてやがんだっ!!


 心の中で毒づきながら、俺は迫ってくる森を見据え、着地に備えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る