第2話 21

 俺に殴られ、ビクトールは崩れた壁から外にぶっ飛んで行った。


「――アーくんっ!」


 背後からイライザが声をかけてくる。


 だが、今は彼女を振り向く訳にはいかない。


 声をかけるなどもっての外だ。


 彼女の事は、すぐにやって来るミリィに任せる手はずだ。


 だから、俺は宙に身を踊らせて、地面に降り立つ。


 庭を覆う芝生が、俺が放つ魔動に当てられ円形に燃え上がる。


「ひいいいぃぃ……いだいいだいぃぃぃぃ――ッ!!」


 腕を失い、肩口から鮮血を振り撒きながら絶叫するビクトール。


 ヤツがジタバタともがくたびに、芝生の緑が赤に染め上げられて行く。


 一歩を踏み出すと、ヤツは俺に気付いたようだ。


「ヒ、ヒィッ!? 来るなくるなくるなっ! 誰かっ! バケモノだ! あのバケモノを殺せえ――――ッ!」


 ヨタつきながらも立ち上がり、悲鳴をあげて逃げ出すビクトール。


 ――逃がすワケがないだろう。


 イライザに……あれだけの真似をしておいて――


「……接続コネクト……<世界の法則ワールド・オーダー>……」


 俺は怒りを噛み締めて、小さく喚起詞を唄った。


 胸の奥に移植されたファントム・ハートが魔道器官と、周囲に鈴を転がすような音が連続する。


「もたらせ……<幻創回廊ファントム・バレル>」


 目の前に虹色の魔芒陣が五つ、並ぶように宙図された。


 その中央にビクトールを置いて。


 俺は身を屈め――全身の力を込めて、魔芒陣に跳び蹴りを放った。


 視界に映る景色が中心に収束し、俺が見据えるヤツの左手だけが残る。


 それも一瞬の事。


 次の瞬間には――視界は弾けるように広がり、正常に戻った。


「ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!」


 芝生を抉って着地した俺の背後で、ビクトールが悲鳴をあげる。


 イライザが捕らわれていた部屋に辿り着く際にも用いた技だ。


 魔道回廊ソーサリー・バレルを幻創し、俺自身を光の矢として撃ち出す必殺の一撃。


 立ち上がって振り返ると、ヤツは激痛の為か目の焦点すら合わずに、泡を吹きながら半狂乱で絶叫している。


「ああああああっ!! いだああああああああああ――ッ!!」


 ついには地面に倒れ込んだ。


 そんなヤツに歩み寄り、俺は無造作に足を振り降ろした。


 骨を砕くイヤな感触。


 右足を降り砕かれて、ビクトールの新たな絶叫が上がる。


 と、不意に周囲が陰り――


「――ぎゃおおおおおお~ん!!」


 頭上を見上げると閃竜形態のクロが、ひどく気の抜ける声で鳴き真似をしていた。


 雷精魔法を喚起して、周囲に稲妻まで落としている。


 それを合図にしたかのように、向こうの芝生からダグ先生を背負ったミリィが飛び出し、イライザが居る部屋まで屋敷の壁を駆け上がって行くのが見えた。


 今頃になって、騎士達が屋敷から飛び出してくる。


 イライザの護送任務を終えたと思って気が抜けていたのか、誰一人として甲冑を着けてる者がいない。


 連中は頭上のクロの姿に呆然とし、剣を抜き放ちはするものの、その顔色は真っ青で腰も引けている。


「――ええい! 貴様ら、それでも騎士かっ!」


 と、その時、彼らの背後から怒声が響き、甲冑姿の騎士が進み出た。


「我らはカイル陛下の正義を顕す宮廷騎士だぞ!

 ――たかがトカゲ一匹になにを臆する! 兵騎を出せ!」


 彼の一喝に騎士達は我を取り戻したかのように表情を改め、次々と兵騎を喚び出して乗り込み始める。


「――レントン隊長! あれをっ!」


 と、騎士のひとりがこちらを指して、甲冑の騎士に声をかけた。


 アレがミリィの話にあった、レントンらしい。


 ヤツにとっては、両腕を抉り取られたビクトールが、異形の怪物に今まさに殺されそうになっているように見える事だろう。


「アレは私が相手をする。貴様はビクトール殿の救助と治療だ。

 残る者は街に被害を出さない為にも、一刻も早くあのドラゴンを討ち取れ!」


 冷静に指示を出したレントンは、俺を見据えたまま兵騎を喚び出した。


「……あひ……あ……」


 俺の足元で、ビクトールが呻く。


 血を失って顔を紫に染めながらも、生き延びるのに必死なのか治癒魔法を喚起して傷口を塞ごうとしているのがわかった。


 レントンが乗り込んだ兵騎の無貌の仮面に、紋様が走ってかおが描き出される。


 その右腕が腰の長剣を抜き放ち――


『おおおおぉぉぉぉ――――ッ!!』


 直後、裂帛の声と共に地殻を踏み割り、レントン騎が突っ込んで来た。


 一瞬で肉薄して来たヤツは、突進の勢いそのままに長剣を突き出す。


 ……ヌルいな。


 対する俺は無造作に右手の平を前方――迫る長剣の切っ先に突き出した。


 ただそれだけで――


『――なにぃッ!?』


 長剣は折れ砕け、木霊する金属の悲鳴とレントンの驚愕の声が重なった。


 ……たった二年で、宮廷騎士はここまで弱体化しているのか?


 ミリィの話では、レントンは騎士の家系ではなく、<耳>を親に持つ平民の子だったはずだ。


 それが騎士隊長の地位に居るというのは、本人の努力によるものか、それとも後見についたというリグルドのコネによるものなのかはわからんが……いずれにせよ、ヌルすぎる!


 これならば冒険者上がりの衛士の方が、まだマシとさえ言えるだろう。


 横目で見れば、他の騎士達の兵騎もクロに次々と蹂躙されている。


『なんだ!? なんなんだ、貴様は――』


 レントンの狼狽えた声が、辺りに響く。

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