第2話 20

「――なにが借金は全額返金しますだ! なにがこれからは真面目に領の統治に専念しますだ!

 それも顔も見せずに手紙ひとつで、この私に!

 クズがどんなに頑張ったところで、まともになれるはずがないだろうっ!?」


 落ちた葉巻の灰を踏みつけながら、ビクトールは叫ぶ。


 あー……マイルズくんが、アーくんに指示されたって言ってたわね。


 クズだったオズワルドは、どうせロクでもないところから金を借りているに違いないから、銀晶鉱脈の利権を担保に寄り子に頭下げてでも、今ある借金の返済を優先させろって。


 まさにその読みが的中したのね……


「要するにアンタは、計画がご破産になったから、慌てて事業に関わろうとしているローゼス商会ウチを手に入れようとしたってワケね」


 鼻で笑ってやると――衝撃が来て、視界がブレた。


「――誰にモノを言っているっ!」


 頬が熱を持って、口の中に血の味が広がり、殴られたのだと気付いた。


「図星を突かれて憤るなんて、底が知れるわね!」


 ソファに倒れ込んだウチは、頬を押さえながらビクトールを睨む。


「黙れ! 私は失敗などしていない! 現におまえを手に入れただろう?

 たとえクズが日和ろうと、結局は私の手の平の上で踊っているに過ぎないんだ!」


 激昂したようにウチを怒鳴りつけるビクトール。


 コートワイル侯爵家の次男として生まれ、元服して間もなくトランサー伯となったビクトールは――貴族令息として栄光の道を歩き続けてきた彼は、自らの失敗を認められないのでしょうね。


 だからこそ計画が狂った時、父親やカイル陛下の力を利用するという暴挙を犯してまで、ローゼス商会を手に入れようとした。


「ウチを手に入れたって、銀晶鉱脈はバートン領の所有よ。ウチはその販路を任されたに過ぎない。

 鉱脈はアンタのものなんかにはならないわ!」


 反論するウチに、ビクトールは不意に笑みを浮かべた。


「ハッ! あそこの当主は女だ! あの無能は失敗したようだが、こうなれば私が直接オトせばいいだけの事。

 おまえが居れば、顔を繋ぐのも容易いだろう?」


「――リディアがアンタなんかになびくものか!

 そもそもウチが友人を売ると思うの!?」


 途端、ビクトールは笑みを濃くし、灰皿に葉巻を押し付けた。


 それからソファに横たわるウチににじり寄って来て――


「女を従わせる方法など、いくらでもある。

 いまからおまえにも味あわせてやろう」


 そう言うが早いか、ビクトールはウチのドレスを両手で引き裂いた。


「――――ッ!!」


 込み上げそうになる声を息を呑んで押し殺す。


 ――悲鳴なんてあげてやるもんか……


 こういうヤツは、怯えれば怯えるほどに悦ぶのだから。


 なおも睨みつけるウチに、ビクトールは平手を振るったわ。


 衝撃に視界が回る。


 両手が押さえつけられ、ヤツはウチの上に馬乗りになった。


 慣れたように胸を覆う下着が剥ぎ取られ……唇が強引に重ねられたわ。


 ……初めては……好きな人がよかったな……


 ぎゅっと目を瞑って、溢れる涙を堪えようとしたけれど、湧き出て止まらないそれは目の端から雫となってこぼれ落ちる。


「ハッ! 平民の出の割に良い身体をしている! この私に抱かれるのだ、もっと喜べ!」


 胸を弄られ、再度重ねられた唇から突き出されたヤツの舌が蠢いて、ウチの舌を嬲った。


 葉巻の香りのする苦い味と、初めての不気味な感触に、嘔吐感が込み上げてくる。


 そんなウチに構う事なく、ビクトールはウチの下衣を破り剥いで、誰にも触れさせたことのない場所を無遠慮に撫で回す。


「アッ――!?」


 思わず声が出た。


 ビクトールの笑みが濃くなり、同時に指の動きが早くなって、ウチの身体はまるで自分の身体じゃないみたいに痙攣し――


「そ、それ、やめ――アアぁ……ッ!?」


 目の前が真っ白になって、身体が勝手に弓なりに仰け反った。


 視界がボヤけて、身体に力が入らず、荒く発せられる呼吸までもが自分のものと思えない。


「フ、まだまだこれからだぞ? おまえは生まれに相応しい雌豚になるんだからな!」


 と、愉悦の笑みを浮かべてビクトールは立ち上がり、ズボンを下ろし始める。


 これから行われる行為に気付いて、ウチは唇を噛み締める。


「……たとえ身体を穢されたって、ウチはおまえの言いなりにはならないわ!」


「そう言う女ほど、一度快楽を教え込めば、自ら股を擦り付けてくるようになるのだ!」


 まるで確信しているように言い放つビクトール。


「おまえがそうなるまで、何度でも繰り返し教えてやろう!」


 再びビクトールが、ウチの上になろうと滲み寄ってくる。


 その瞬間だった。


 ウチの身体を包み込むように、虹色に光る膜が現れて。


「――なにっ!?」


 ビクトールが驚愕の声をあげるのと同時に、執務机の向こうに見える窓の中――雲ひとつない青空に、なにかが光った。


「え?」


 そう呟いた時にはもう、壁が轟音を上げて吹き飛んでいた。


 黒いなにかが物凄い速度で駆け抜けた。


 轟音を立てて部屋の半ばまでの壁が崩れ落ちたかと思うと、遅れてやって来た衝撃が残っていた壁も、屋根すらも吹き飛ばして、大きな穴を空けたわ。


 瓦礫がウチに降りかかってきたけれど、虹色が膜が弾いてくれた。


 けれど――


「ぎゃあああぁぁぁぁぁ――――っ!?」


 瓦礫に当たったのか、それともこの圧倒的な破壊をもたらした衝撃によるものなのか――


 ビクトールは右肩から先を失くし、鮮血を噴き出しながら狂乱の悲鳴をあげる。


 そして――それを成したのは……


「ああぁ……」


 思わずウチは口元を抑える。


 涙が溢れて止まらない。


 漆黒の甲殻に覆われた身体に紫電を纏わせ、腰まで伸びる紅い髪を風になびかせて、その人は床にしゃがみ込んでいた。


 顔のすべてを黒い狼の仮面に覆われていたけれど、その青い石で象られた双眸を見間違うはずがないわ。


 ……来てくれた。


 喜びの声をあげたいのに、喉が詰まったように声が出てこない。


 彼は……ゆっくりと立ち上がって振り返る。


 ウチは自分が裸なのに気付いて、慌てて破り捨てられたドレスで身体を覆ったわ。


「……てめぇ……」


 彼は怒りを押し殺すかのように、低く唸るように呟くいたわ。


 一歩を踏み出すと、彼の魔動の高ぶりを受けて、周囲の精霊が真紅に発光して稲光を放つ。


 そして、半狂乱で叫び続けているビクトールの前に立つと――


「――俺のオンナに手を出すなっ!」


 唸る拳をビクトールの頬に叩き込みながら、はっきりとそう叫んでくれたのよ。

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