第2話 19

 ローゼス家のみんなに別れを告げる間もなく、ウチはレントン殿ら宮廷騎士に馬車に乗せられ、トランサー家の領屋敷に連れて来られた。


 移動の間の二日間、宮廷騎士達は非常に礼儀正しく、ウチに快適に過ごしてもらおうという気遣いと心配りをあちこちで感じる事ができたわ。


 宿での食事の際に騎士達と話す機会があったのだけれど、彼らの認識ではウチは悪徳なローゼス家に囲われ、虐げられていた哀れな女性という事になっているようね。


 なるほど、彼らは正しく……カイル陛下の騎士なのだわ。


 陛下の――そして自身の正義を疑わず、それが絶対なのだと信じている。


 ――あの悪逆王太子を廃したカイル陛下のお言葉なのですから!


 と、彼らは事あるたびに口にする。


 それが本心からの言葉なのか、立場を保つためになのかは、話した時間が短すぎて判断できなかったわ。


 けれど、少なくとも宮廷騎士達は、カイル陛下の思想や行動を支持し、それが正しいとして従っている。


 悪逆王太子におもねっていたローゼス伯爵が、悪ではないはずがない、とまで言い切った騎士もいたわね……


 トランサー家の領屋敷に着くと、ウチは最上階――三階のひどく奥まった場所にある部屋に通されたわ。


 部屋はどうやら執務室らしく、窓を背に大きな執務机が備えられ、その前には応接用のソファーセットがローテーブルを挟んで置かれていた。


「――では、我々は別館にて待機させて頂きます」


 と、ウチがソファに腰を下ろすと、ここまで付き添っていたレントン殿がビクトールに告げる。


「ああ、ご苦労だった。

 旅の疲れをゆっくり癒やすと良い」


 ビクトールがそう労うと、レントン殿は敬礼して部屋を後にする。


 ドアが閉じられ、彼の規則正しい足音が十分に遠ざかったのを待って、ビクトールはソファに――ウチの隣に腰を下ろしたわ。


「……フフフ……クク……」


 足を組み、左手をウチの肩に回して、背もたれにふんぞり返ると、彼は堪え切れないというように笑いをもらしたわ。


 やがてそれは大口を上げての高笑いになって、ウチは思わず顔を引きつらせる。


「まったく! 無能なバカが心変わりした所為で、無駄な手間を取らされたが、なんとか丸く納まったよ!」


 上機嫌で告げるビクトールから距離を取ろうと腰を引いたのだけれど、彼はウチの肩を掴んでそれを阻み、むしろ自分の方に引き寄せたわ。


「おまえもおまえだ。大人しく今の商売を続けていれば良かったものを、変に色気を出すからこうなる!」


 顔を寄せてきて、勝ち誇ったように告げるビクトール。


「……なんの事?」


「とぼけなくても良い。ローゼス商会がバートン領の銀晶鉱脈開発事業に関わろうとしているのは、もう調べが付いてるんだ」


「――ッ!?」


 驚きが顔に出てしまって、それを見たビクトールは笑みを濃くしたわ。


「我が家にだって<耳>くらいいる。

 そもそもあの鉱脈は、いずれ我が家のものになるはずだったのだ」


 と、彼は苦々しげに吐き捨て、テーブルの上のシガーケースから葉巻を取り出すと、カッターで先端を切り落とし、先端に魔法で火を着ける。


 甘い匂いが室内に立ち込め、ビクトールは煙を吐き出しながら天井を見上げる。


「……オズワルド・チュータックス。

 あの無能は、我が家に借金をしていてね。返済を待ってやるかわりに、バートン領の銀晶鉱脈を手に入れるように命じていたんだ」


 リディアが言っていた事件ね……


「だがあのクズは、満足に田舎娘ひとりオトせやしないと来た。

 仕方ないから、この賢い私が知恵を貸してやる事にした」


 と、彼は立ち上がり、葉巻の煙をなびかせながら、執務机の右手にある書棚に向かうと、引き出しから魔道器と思しき首輪を取り出す。


「――これがなにかわかるかい? 罪人拘束用の魔道器だ。これを付けられた者は、魔道器官に干渉され、いっさいの動きを封じられるという優れた魔道器だよ!」


 リディアが着けられたと話していた呪具は、こいつが与えたというワケね。


「ご禁制品じゃない。そんなもの何処から……」


 先の王太子殿下――アーくんのお父様の死因が仮面に施された魔動封じの刻印だった事から、現在、ローダイン王国では先王陛下によって魔道器官に害を成す魔道器――呪具は、所持はおろか開発さえもが禁じられているのよ。


 国内に出回っていたものは騎士団によって回収され、王宮の封印庫で厳重に管理されていると聞くわ。


 だからリディアが呪具を着けられたと聞いた時、ウチはてっきりアグルス帝国から流れて来たのだというジョニスが持っていたのだと思ったし、アーくんもリディアもそう考えていたみたいだった。


 ――けれど、ビクトールがオズワルドに与えたとなると、話が変わってくる。


 こいつは、国内にご禁制品を持ち込む手段を持っているということになるわ。


「ハハハ――流通の雄、ローゼス商会の会頭といえど、所詮は国内規模の商会会頭に過ぎない君にはわからないだろう?

 私のように、国外でも――アグルス帝国でも手広くやっている者には、それなりの伝手があるのさ」


 ……アグルス帝国。


 なるほど、納得だわ。


 軍事発展を目的に、様々な魔道器開発に力を入れているあの国なら、呪具に類する魔道器を生み出していても不思議ではないもの。


「まったく新王樣々だよ! 貨幣の流通は盗難や強盗を防ぐ為、運搬情報が外部に漏れないようにと、鑑札の確認だけで、荷を改めないようにしてくれたんだからね!」


 ……つまりは――


「――アグルスで通貨取引を行ない、その貨幣を国内に持ち込む際に呪具を紛れ込ませてたというのね……」


「そうさ! 先代トランサー伯は奴隷を連れ出す際に同じ手を使っていたようだね。

 まあ、当時は衛士に賄賂や根回しが必要で、結構な出費になっていたようだけど、私には父上やカイル陛下が付いているからね!」


 ビクトールは誇るように満面の笑みで、ウチのそばに戻ってくる。


「――仁徳の人! 正義の王! だぁれも疑いやしない!

 ……だというのにっ!

 この私が、ここまで手を貸してやったというのに、あのクズはっ!」


 不意に苛立ったようにビクトールは右手を振るったわ。


 手に持っていた葉巻から灰が飛んで、絨毯に落ちる。

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