第2話 13

 翌日から、ウチはバートニー村を拠点に銀晶鉱脈や、その近くに建設中の採掘村を見て回ったわ。


 元傭兵だという黒狼団の面々は、見た目こそヤバげな風体をしていたけれど、話してみると皆、礼儀正しく、ウチの質問にも丁寧に答えてくれた。


 ……さすがアーくんのだわ。


 採掘村の開発には、アーくんのアドバイスで兵騎が使われているそうで、大型の木造家屋が一軒建てられていたわ。


 作業している黒狼団の宿舎なのだそう。


 バートニー村とチュータックス領都まで続く街道に繋がる道も、しっかり整備されているわね。


「へえ! アニキのご指示でさあ。

 道を造る為に木を伐採して、それを材料にあっしらの寝床を造れって言われたんで。

 あっしらは元傭兵なんで、寝床なんざ後回しでも良いと思ったんですが、アニキはあっしらの身体を気遣ってくださって……」


 と、ここまで護衛してくれたジョニスは感涙にむせび、太い腕で目元を拭う。


「――道もしっかり舗装するように指示がありましてね」


 ジョニスの言葉を引き継いだのは、この村の管理責任者のマイルズくん。


 先代チュータックス子爵が後継にする為に教育していたというだけあって、柔らかい物腰で丁寧に説明してくれる。


「こんな山の中の行き止まりで、訪れるのは採掘関係者だけなのですから、道の整備は後回しで、まずは採掘できるように村の整備が先だと思っていたのですが、アルさんは道の整備こそ最優先って教えてくれたんですよ」


 リディアと同じ十七歳だという彼は、目をきらきらと輝かせて、ウチに教えてくれる。


「道がしっかりできていれば、物資の搬送も楽になるし、いずれ採掘が始まったら銀晶の搬出にも道は必要になる。

 その為にまず一番に道をしっかりと整備しておくべきなんだ、って!」


「それで、あんなしっかりした道ができていたのね」


 馬車で通って来た、ここまでの道のりを思い出す。


 街道からこの村までの道は、モルタル舗装されていて、山道とは思えないほど快適に登って来れたわ。


「それに道の舗装作業で、みんなもモルタルの扱いに慣れたので、今後は建築や坑道の補強なんかにも応用できそうです。

 きっとアルさんはそこまで見越して、指示を出してたんですよね!」


 マイルズくんはすっかりアーくんに心酔しているみたいね。


「あれだけの知識があるんだから、ご自身がここの管理をした方が楽なはずなのに、チュータックス家の為に共同管理にしてくださって……アルさんには、本当に感謝の言葉しかありません!」


 アーくんやリディアによれば、チュータックス家の家督をオズワルドが継いだ為、彼は実家のある村で父親の仕事を手伝っていたのだそうよ。


 次期子爵としての教育を受けていながら、家督を継いだオズワルドの所為で荒れていくチュータックス領を見ている事しかできなくて、歯がゆい思いをしていたんだって。


 だから、オズワルドを更生させ、マイルズくん自身をこの銀晶鉱脈の管理者に抜擢したアーくんに、めちゃくちゃ感謝しているのね。





 それから数日かけて、ウチは採掘村が稼働を始めた後を見据えた意見をマイルズくんや、チュータックス家の陪臣達と話し合い、王都の本店へと戻る事になった。


 リディアや村の子供達はもっとゆっくりしていけばいいのにと、別れを惜しんでくれたわ。


 とはいえ、一度は本店に戻らないと行けないのよ。


 いかに商会会頭とはいえ、これだけの大事業だもの。


 商会のみんなやローゼス伯爵家とも話し合いが必要なのよ。


 またすぐに戻ってくると告げると、みんなは笑顔で送り出してくれたわ。


 視察で見た状況や話し合いの感触から行って、乗らない手はないと思う。


 むしろ、今後を思えば王都から本店を、チュータックス領都に移してしまうのも手かもしれないとまで考えてしまうわね。


「……いいえ、リディアが乗ってくれるなら、バートニー村に港を造って、アージュア大河で水運を行なった方が運搬はより円滑になるわよね……」


 現在、チュータックス領、そしてその先にあるバートニー村に至るのに通されている、アージュア大河河畔街道は先代国王陛下が即位間もない頃に通された古い街道で、幅も狭く、舗装されずに露地が剥き出しのところもあるくらい。


 大型馬車を使えないので、持ち込み、あるいは仕入れる商材の厳選にいつも難儀していると、エールズは報告書をあげていたのよね。


 ウチは馬車の御者台に座り、流れて行く街道の景色を横目で眺めながら、今後の展望を検討する。


「……急な発展は、村の人に不満を持たれるんじゃないですか?」


 と、隣に座ったミリィが忠告してくる。


「ああ、そうよね。そうなると村の外に別に港町を造った方が良いのかしら?

 まあ、その辺りは次にバートニー村に行った時に、アーくんやリディアに相談してみるわ」


 アーくんなら、その辺りの上手い妥協点を見つけてくれると思うのよね。





 途中、何度かローゼス商会ウチで設けた馬車駅で馬を取り替えたのだけれど、その時の事――


「そういえばこの駅の話をした時、アルさん驚いてましたねぇ」


 駅員が馬車に馬を繋ぎ直すのを見ながら、ミリィがクスクスと笑った。


「元々は自分の案だったのにね」


 ウチも思わず笑ってしまったわ。


 アーくんはエールズと再会した時点で、ウチがバートニー村に来るのは予想してたんだって。


 ただ、その予想より遥かに早くウチがやって来たから、すごく驚いてたわ。


 だから言ってやったのよ。


 ――アナタの案を採用したのよ!


 ってね。


 そう。この馬車駅は、元々アーくんの案よ。


 いつだったか、商談で王宮に上がった際の雑談で、アーくんは言ってたのよね。


 戦や災害なんかの緊急時、王都から現地へと騎士団を派遣する際は、通過する領主に依頼して次々と馬を入れ替えて、現地に急行するそうで。


 アーくんは、それを物流や行商なんかに応用できないか考えていたのよね。


 でも、王宮の文官達にはその有益性が理解してもらえなかったって言ってたわ。


 彼らにとっては商人達の利便性なんて、重要視するほどのものではないと断られたんだって。


 あの時も、アーくんはうまく説明できなかった自分の口下手を悔やんでいたわね。


 まあ、そうでしょうね。


 文官はいわば宮廷貴族で、物流や行商なんて庶民の仕事には興味がないでしょうからね。


 各街道の整備は、基本的にそれぞれの領の領主が国から交付される補助金を使って行うものだわ。


 だから、物流に関しての調整は、領主の仕事という認識が強いのでしょう。


 けれど、アーくんは騎士団の緊急派遣方法という点から着想を得て、そこに着目してくれたわ。


 領主の仕事とないがしろにせず、本当に商人やその先にいる多くの民の事を考えてくれているのがわかった。


 ……だから。


 そう、だから!


 文官達が動いてくれないなら、ウチがなんとかしようと思ったのよ。


 お義父とう様にも協力してもらって、親しい領主様を中心に交渉して、ローゼス商会の支店という形で、街道沿いに馬車駅を設置したの。


 馬の借賃を支払う事で、馬の休憩時間を最小限に留めて、馬車はどんどん進んで行けるというワケ。


 ウチの商会員はもちろん、個人の行商人も利用してくれていて、大好評の声を頂いているわ。


 それもこれも、アーくんのあの発想があったからよ。


「……あんなにも民の事を考えてくれてたアーくんを、悪逆王太子扱いなんて……新王の目は腐ってるんじゃないかしらね?」


 思わず不平を口にすると、ミリィが咳払いする。


「――お嬢様、言葉が乱れておりますよ」


「ウチ達だけなんだから、少しくらい見逃してよ」


 そうして馬を替えて、ウチ達は再び王都への道を進む。





 そうしてウチ達は河畔街道を急ぎ、三日ほどで王都へと帰り着いたわ。


 ウチとしては一刻も早く、役員達と今回の件について話し合いたかったのだけれど、一度屋敷で旅の疲れを癒やすべきと強弁されて、強引に従わされてしまった。


 そうしてローゼス伯爵家の王都屋敷に帰って来たワケなんだけど……


「――ああ、イライザ! 帰って来るのを待ってたんだ!」


 玄関ホールに入ると、ヘンリーお義兄様が慌てた様子で出迎えてくれたわ。


「あら、お義兄様、王都にいらっしゃってたんですか?」


 ウチが成人するまでは、ローゼス商会の会頭を務めてくれていたヘンリーお義兄様は、今はお義父とうさまと共に領地で暮らしているわ。


 本来ならお義父とう様と同じように、内務省の官僚の道を進むはずだったのだけれど、二年前のカイル新王即位の際の政変――人事一新でローゼス伯爵家は官籍を失う事になったのよ。


 だから、お義父とう様は領の経営に専念する事にして、お義兄様と一緒に領地に引っ込んで、滅多に王都に来なくなってしまったのよ。


「実は君と急ぎ話し合わなければならない事ができてね。

 長旅で疲れているだろうけど、これから僕と一緒に領屋敷に向かって欲しい……」


「――若様、せめて今晩くらいはお嬢様をお休みさせてあげられませんか?」


 ミリィがウチを気遣って、そうお義兄様に進言してくれたのだけれど、お義兄様は目を伏せて首を横に振ったわ。


「僕もそうさせてあげたいんだけど、時間がないんだ。

 君を待って、もう二日が過ぎてる。これ以上引き伸ばすのは難しいと思ってくれ」


「引き伸ばす? いったいなにが……」


 沈痛な面持ちで告げるお義兄様に、ウチは意味がわからず首を傾げたわ。


「詳しい事情は馬車の中で話すけど……トランサー家の当主が、君を娶りたいと領屋敷に来ているんだ……」


 なにを言われたのか理解できず、ウチはお義兄様とミリィを交互に見て。


「――ハァッ!?」


 思わず淑女らしくない声をあげてしまったわ。

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