第2話 8

 その後は、アーくんがバートニー村に来てからの話などを教えてもらったわ。


 元々この村に――というより、先代領主のバートン男爵に思い入れがあるのは知っていたけれど、今のアーくんはそれに輪をかけて、この村の発展を願っているようね。


 新王や裏切った宮廷貴族への復讐なんて、微塵も考えていないみたい。


 はっきりと訊いたわけじゃないけど、長い付き合いだもの……わかるわ。


 以前のアーくんは、王太子という立場もあって、いつもどこか張り詰めた雰囲気を纏っていたわ。


 でも、今の彼はいつも口元に笑みを浮かべ、柔らかく優しい雰囲気を放っている。


 子供達に語りかける時も――仮面に隠されて見えないけれど、きっとあの日、ウチに声をかけてくれた時と同じように、はにかむような笑みを浮かべているはずだわ。


 銀晶鉱脈の開発と運営に乗り出そうとしているのには、さすがに驚いたわね。


 その流通を任せたいと告げられて、ウチは一も二もなく引き受けたわ。


 幸いな事に、魔道器工房の取引先はまだ失っていない。


 今までは銀晶を他の商会から買い付けて、そういった工房に卸していたから、直接仕入れができる分、工房への卸価格を抑える事もできるようになるはず。


 それによって魔道器工房の品もまた価格が抑えられ、新たな客層への販路開拓も行えるようになるはずだわ。


 現在の魔道器は、銀晶鉱脈のその初期投資額の高さから、どうしても原価からして高額になっている。


 まして仲介業者が入った場合は、さらに値が吊り上がる為、それによって生み出される魔道器の価格も高くなってしまっているのよ。


 王都以外で魔道器をほとんど見かけないのもその為ね。


 一部の上級貴族の領地屋敷では、その権威と財力を周囲に見せつける為に、大量に様々な魔道器を使っている家もあるけれど、良識的な領主はその購入費を別のものに回して領地に還元しているわね。


 ――魔道器は貴族のモノ。


 そんな庶民の意識を、いつか覆らせたい――というのは、ローゼス商会ウチと取引のある魔道器工房のみんなの願いだわ。


 もちろん、周囲の商会との兼ね合いもあるから、一度に銀晶の価格を引き下げる事はできないでしょう。


 それでも段階的に――恐らくウチが価格を引き下げ始めたら、対抗して他商会も下げざるを得なくなっていくはずだから、いずれは庶民にも手が届く価格まで落とし込む事は可能なはず。


 現在、バートン領の銀晶鉱脈は、アーくんの手駒になった元傭兵団が中心となって、その周囲の山林を開拓し、ものすごい速度で村を形成しているみたいね。


 兵騎と魔法を使って鉱山村の開発を進めているというのだから、さすがは<狂狼>のご子息だわ。


 共同管理となるチュータックス子爵家との話し合いもあるから、詳細は後日話し合う事になるのだけど、流通、そして販売に関して、アーくんはローゼス商会以外は検討すらしていないと請け負ってくれた。


 ――その信頼が……たまらなく嬉しい。


 やがて日が傾いてきて、アーくんは子供達を家に送って行く事になり、表でクロちゃんと兵騎の修復作業をしていた傭兵達も鉱山村へ帰って行った。


 ウチとミリィはバートン屋敷に泊めてもらえる事になって、だから今、リディア様の夕食の支度を手伝っている。


 ミリィはお風呂の用意をしてくれているわ。


 料理なんて、ローゼス伯爵家にお世話になってから、ずいぶんと長いことしていなかったから、調理には触れずに食材を切るのを任せてもらう。


 そんなウチを、リディア様は隣で芋の皮剥きをしながら不思議そうに見つめていて、その視線に気付いて首を傾げると。


「イライザ様、お料理なさるんですね」


 驚いたように言ったわ。


「ええ。長いことしてなかったけど、切るくらいはね。行商人時代に、父さんに教わったの」


「――伯爵様が行商を!?」


 リディア様の青い目がさらに見開かれる。


「ああ、違うのよ。

 ……そうよね。普通は父さんって言ったら、義父様とうさま――ローゼス伯爵の事を考えるわよね」


 ウチは笑みを浮かべてリディア様に応える。


「ウチはね、ローゼス伯爵家の養女なの」


「……え?」


「そういえば、説明した事なかったわね」


 リディア様とは、彼女がお城でアーくんの侍女をしてた時からのお付き合いよ。


 彼女が侍女を辞めた後も、先代バートン男爵のご葬儀や、バートニー芋の発注数減少のお詫びなどで、何度かこの村に来ているの。


 ――けれど。


 歳は二個下の十七歳のリディア様だけど、王宮で侍女をしていただけあって礼儀がしっかりしていて、伯爵家のウチとは一定の距離を保っていたのよね。


 ウチとしては、アーくんが目をかけていた侍女という事で、妹のように思っていたのだけれど、男爵とはいえ――いいえ、下級貴族の男爵令嬢だったからこそ、彼女は伯爵令嬢のウチには、失礼を働かないように気を遣っていたのでしょうね。


 ウチはリディア様がカゴに入れた、皮剥き済みのバートニー芋をまな板に乗せて、一口大に切る。


 シチューに使うようだから、このくらいの大きさで良いわよね。


「ウチは元々、浮浪児でね……そこを行商人だった父さんに拾われたの」


 だから、年齢も十九歳という事にしているけど、本当のところはどうなのかわからない。


 拾われた時、父さんには六、七歳くらいに見えたみたいだから、早く大人になりたいと思っていたウチは、七歳って事にしようと決めたのよね。


 リディア様は、憐れむでも蔑むでもなく、多少の驚きの色は見られるけれど、まっすぐな目でウチを見ていたわ。


 ……彼女のこういうトコロを、アーくんも気に入ってるのかもしれないわね。


「リディア様、良い機会だから聞いてちょうだい。

 これからも長い付き合いになるのだし、ウチ、アナタともっと仲良くなりたいの」


 ――だから。


 ウチはウチの過去を彼女に話そうと思ったのよ。


 ふたりで料理を進めながら、ウチはかつてあった事を語り始める。


「――ウチがアーくんと出会った時のお話、アナタも知りたいでしょう?」

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