第2話 9

「七つで養父――アシュトン父さんに拾われたウチは、父さんと一緒に国内のあちこちを周って、いろんな事を教わったわ」


 商売の為に旅をしているのか、旅をするついでに商売をしているのかよくわからない人だったわね。


 ある日、商人なのに儲けようと思わないのかと、ウチが訊ねると。


 ――いろんなモノが見れて、いろんなモノを知れて、いろんな美味しいモノを食べられて……それをみんなに広めるだけで生きて行けるんだから、こんな幸せな事ってないよね。


 その――荷馬車の御者台で手綱を引きながら微笑む父さんの言葉は、今でもウチの商売の信条となってるわ。


 ――いろんな良いモノを、大勢のみんなに届ける。


 それがローゼス商会の社訓よ。


「その社訓に、父もわたしも救われました……」


「よして、リディア様。ここの農作物は本当に美味しくて良いモノだもの! それを広めないなんて、商売人の名折れだわ」


 切ったばかりの芋を手に取り、ウチは片目を瞑って見せる。


「特にこのバートニー芋なんて、あの悪逆王太子を虜にした禁断の味でしょ?」


「フフ……そういえばそうでしたね」


 ふたりで微笑みを交わして、ウチは話を続ける。


「父さんと一緒に居られたのは五年だけだったけど、そのたった五年で、ウチは商売の基礎から行商人独自のルールとか――とにかくたくさん教わったわ」


 特に頼りになる人物との人脈は、何者にも代えがたい大切な遺産ね……


「ずっとこうして二人で旅と商売を続けて行くんだって、幼いウチは疑ってなかったんだけどね……」


 小さくため息を吐いて、ウチは切り出す。


「ウチが十二になった時、父さんは殺されたわ」


「――――ッ!?」


 リディア様が息を呑んで、こちらを見たわ。


「ああ、そんな顔しないで。犯人はもう捕まってるし、家ごと制裁を受けたわ」


「――と、いうことは、犯人は貴族家だったのですね?」


 こういうところが、リディア様のすごいところよね。


 些細な言葉や情報から、真実を見極める頭脳を持っているのだもの。


 宮中のアーくんに対するおかしな噂に惑わされずに、専属侍女を勤め上げてただけはあるわ。


 ウチはうなずきを返す。


「きっかけはね、父さんの知人が行方不明になった事だったの。

 基本的にウチらの旅は着の身着のまま気の向くまま……父さんが興味を持った土地を目指して適当に進む事も多かったのだけど、季節ごとに必ず立ち寄る街もいくつかあったの。

 ――父さんが殺された街も、そういった街のひとつで、あの日は注文を受けていた知人の家に向かうと言って、ウチを宿に残して出ていったわ」


 そういう時はたいていの場合、再会を祝して呑み会になるから、夜に帰って来なくても特に心配はしてなかった。


 ……だから、ひどく後悔する事になったのよね……


「翌朝、宿にやって来た衛士に起こされたの。

 ……父さんが死体で見つかったって……」


 衛士の詰め所で冷たくなった父と再会し、悲しむ間もなくウチは衛士にアレコレと取り調べを受けたわ。


 子供のウチが殺したとは、さすがに衛士も考えてはいなかったけれど、なにか最後に聞いていないかとか……かなりの長時間に渡って、聞き取りされたのを覚えてる。


 ――大好きな父さんが殺されたばかりだというのに、なんでこんな目に合わなきゃいけないのか……


 憤りと悔恨。


 ――なぜ、ウチは父さんに、一緒に行くと言わなかったのだろう……


 普通の子供のように泣き喚けてたなら、どれほど良かっただろう。


 けれど父さんに拾われるまで裏路地をねぐらにして、絶望と共に生きてたウチは――そうする事ができなかった。


 ――そういった内心を語ると、リディア様は目に涙を浮かべて聞き入ってくださっていたわ。


「押し黙ったままなにも喋らないウチに、次第に衛士もイラつき始めてね。ついにはウチが父さんを殺したんじゃないのか――なんて言い出し始めて……

 そこに……彼がやって来たのよ」


 その瞬間のリディア様の表情を見て、ウチは――ああ、やっぱり……と、そう思ったわ。


 まるで花開くように、不安げな顔から――安堵と強い信頼を感じる微笑みを浮かべたのだもの。


「グランゼス公――ゴルバス将軍の従者を名乗った彼――アーくんは、取調室に入室して名乗りを終えるなり、ウチを取り調べていた衛士を殴りつけたわ。

 ――父を亡くして悲しんでいる者に、ふざけた事言うな――ってね。

 どれだけ……ウチが救われた気持ちになったかわかる?」


 途端、リディア様は手にしていた包丁を放り出して、ウチの手を取ったわ


「わかりますっ! あの方は――やっぱり昔からそうだったのですね!

 声にならない誰かの『助けて』にいち早く気付いてくださる、お優しい方で……」


「でも不器用で口下手だから、みんなに誤解されちゃう残念な方……」


 ウチとリディア様は笑みを交わしてうなずき合ったわ。


「ねえ、リディア様。ウチ、アナタとお友達になりたいって、ずっと思ってたのよ?」


「そんな、恐れ多い! わたしみたいな田舎娘が、イライザ様のご友人なんて……」


 首を振るリディア様に、ウチは彼女の両手を強く握り返した。


「伯爵令嬢なんて言ったって、ウチは元浮浪児の親なし子よ?」


「それを言ったら、わたしは開拓民の孫です!」


 変なところで頑固なリディア様に、ウチはもう一歩踏み込む事にしたわ。


「ねえ、リディア。ウチの事はイライザと呼んでちょうだい?

 これから一緒にあの方を支えて行こうという同志なのだもの。家とか血筋とかそんなもの関係なく、ウチはアナタと対等でいたいの」


 リディアの青い目をまっすぐに見つめてそう告げれば、彼女は観念したようにため息を吐いて、頷いてくれたわ。


「公の場では、わきまえさせて頂きますが……わかりました。イライザ」


「――ありがとう!」


 握り締めた手を上下に振るうと、彼女もまた微笑みを浮かべてくれたわ。


「どうせなら敬語も抜きにして良いのよ?」


「あはは……わたし、敬語じゃないと領訛りが出ちゃうので……」


「試しに言ってみて?」


 そう促すと、彼女は顔を赤く染めながら――


「――嬉しんだばって、なんだがたげめぐせじゃ……」


「あ、うん。敬語のままでお願い……」


 なにを言ってるのかわからなかったもの。


「ですよねぇ……」

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