第2話 6
……何度聞いても、ひどい話だ。
完全にババアと初代の自作自演なんだよ……
「その直後に、主の指示を受けたボクが大暴れしてさ」
「え? クロちゃんが暴れても、怖くないでしょ?」
不思議そうに訊ねるマチネの言葉に、リディアとイライザもうなずき。
「女児向けにぬいぐるみとして売り出したら、バカ売れしそうだと思うわ」
「――それ、ぜひ作ってください! わたし買います!」
などと、変な盛り上がり方をしている。
このおかしな見た目が可愛い?
女性の感性というのは、理解し難いな。
「まあ、この
この躯体は、世界法則の根幹に接続するのに適しているから常用してるだけで、ボクの身体はいくつか形態があるのさ」
「ああ、こないだ兄ちゃんの手甲になってたもんな」
ダグ先生が思い出したように両手を打ち合わせる。
「そうそう。法器形態だね。
――話を戻すと、あの時は大型魔獣――トカゲを人型に寄せた形態で、開拓村に現れて見せたんだよね」
「……おまえもババアも……ドラゴンをトカゲと表現するのはやめろと何度も言ってるだろう?」
その言葉に騙されて、俺は死にかけたんだぞ。
だが、クロは苦笑して首を振る。
「ボクも何度も言ってるよね? ドラゴン――竜属種ってのは、最低でも時空間干渉を自らの意思で行える生物の事だって。
キミが言ってるアレは魔獣――魔道が使えるようになった程度の、ただのトカゲだよ」
人の枠から外れた連中の基準は、やはりおかしいと思う……
そもそも、最低でも時空間干渉ってなんだ? 意味がわからん。
クロは俺を指しながら、みんなを見回す。
「――ソイツの話は置いといて。
それでね、開拓民の前で暴れるボクを、アベルは主が用意した聖剣(笑)で撃退してね」
「――ウチの国宝にカッコわらいとか付けるのやめろ!」
あんまりなクロの良い様に、俺は思わず反論する。
「だってアレ、マジでただピカピカ光るだけの剣なんだぜ?
キミだって知ってるだろう?」
「それは……そうなんだが……」
それでも代々王室に伝わってきた宝剣だぞ。もっとこう……言い方というものがあるだろう。
「もう! イイトコなんだから、いちいち口を挟まないで欲しいなぁ。
そうしてアベルと主は、退けた魔神(ボク)を追ったフリで、再び森に踏み込んでさ。
激闘を演じる為に、主が大規模魔法を喚起しまくって、最終的に地面に大穴を空けて――今で言う地下大迷宮の基礎を造ったんだよね」
「……その後、何食わぬ顔で村に戻ったふたりは、魔神は大穴の地下深くに封じたと告げたんだ」
「村を救ったアベルを村人達は手の平返しで絶賛してね。
そうしてアベルの嫁になった主の助けもあって、村は街となり、国となるまでに発展していったんだ」
「じゃあ、封じられてる魔神って――」
イライザの問いかけに、クロも俺もうなずく。
「村人達が見たのはクロだが、元を辿ればババア――初代王妃アンジェリカだ」
「アジュア――あるいはドクトル・ブルーってのが本名なんだけど、そっちはちょ~っと一部の界隈で有名過ぎてね。
念には念を入れて偽名を名乗ったんだ」
む、それは初耳だな。
あのババアのことだから、てっきり王妃らしい名前を――とか、そういうくだらない理由で偽名を名乗ったのかと思っていた。
まあ、今はそれはどうでも良いか。
俺達の説明を聞いたみんなは、
「それで、結ばれたふたりは当然、子供を拵えたわけなんだけど、これがまたどの子も規格外の魔道器官を持って生まれてきちゃってさ。
まあ、主の子だから当然なんだろうけど」
「その力の制御を覚える為の修行場として、地下大迷宮を利用する事にしたんだそうだ」
代を重ね、血が薄れた現代にあっても、俺の父上のように先祖返り的に強い魔動を持って生まれる王子もいるから、基本的に王族の血に連なる者はみな、七つを迎えるとババアの元に送り込まれるんだ。
不思議なことに、他国の血が入るとその伝統から除外される。
ババアは霊脈の管轄が異なるからとか言っていたが、高度な魔道知識の話のようで、俺にはよくわからなかった。
「ええと、つまりアルは地下大迷宮に墜とされてからは、初代王妃様の元に居たって事ですか?」
「アレをそんな風に呼ぶ必要ないぞ。魔神とかババアで十分だ」
「え、ええとぉ~……」
俺の言葉に、リディアは困ったような表情を浮かべる。
「ちなみに大賢者と呼ばれてた事もあるよ」
「えぇ!? 大賢者様も!?」
「ああ。何代目だったか――伝統を無視して、ババアの元に行かなかった王が即位してしまった事があってな」
確か王妃の実家が強い力を持っていて、生まれた王子可愛さに地下大迷宮送りに反対したんだ。
「あの時はホント、困ったよね。即位した王が王太后の傀儡そのもので、王族が次々と庵に愚痴りにやって来てさ。
実際、国も荒れてたから、主も仕方ないって重い腰を上げる事にしたんだよね」
「そうして担ぎ出されたのが、側妃が産んだ王子だ。
大賢者を名乗ったババアが選定の宝珠を使って王印を王子に刻み、その正統を諸侯に示して見せた」
王位継承者に王印が刻まれる事になった、始まりの逸話だ。
「……アレアレ? どっかで聞いたような話だねぇ」
クロがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、俺の肩に飛んでくる。
「ああ。そうだろうさ。コートワイルはその逸話になぞらえて、俺をハメたんだろう」
顔をしかめる俺に対して、クロは実に楽しげだ。
「選定の宝珠――なんて言ってるけど、実際はアレ、スフィア・ハッカーって言って、魔道器官に刻印された王族の証――王印を書き換えるだけの代物なんだよねぇ」
先の愚王の件があって以降、ババアの元を訪れていない――正しい知識と技術を身に着けていない者が即位できないよう、ババアは王太子に王印を刻むよう王族に義務付けたんだとか。
本来は元服の際、秘密裏に行われる行事なのだが、俺の場合は父上が早逝なさった為に、その直後に王印を刻まれることになった。
だから俺はババアの元で王印の由来も、選定の宝珠についても説明されていたからな。
コートワイルがあの神器を持ち出して来た時も、俺の王印を操作するつもりなんだと、すぐに気付いたんだ。
「コートワイル侯爵は、そんな神器をなぜ持ってたのかしら?」
イライザが首を傾げる。
「ああ、ヤツの家は大賢者がいた時代、大賢者に見い出されて即位した王の母親――側妃から王太后になった方の実家なんだ。
ババアは後の世で、自身の預かり知らぬうちに似たような事が起きた時の為に、彼の家に預けておいたらしい」
「それを悪用されたってワケね……」
イライザは頬に手を当て、ため息を吐く。
「む、おまえは俺が王族じゃないとか疑わないのか?
諸侯らは王印の消えた俺を見て、偽物とまで言ったぞ」
俺自身を見て仕えてくれたというリディアと違い、イライザとは個人的には気の合う友人とはいえ――所詮は利による繋がり……王族と御用商人という関係に過ぎないと思っていたのだが。
「あのねぇ、アーくん! アンタが王族だから、ウチが擦り寄ってたように思われてるのって、すごく心外なんだけど?」
腕組みして俺を睨むイライザ。
「アルさん、そういうトコですよ!」
と、彼女の後ろに立つミリィまでもが、人差し指を立てて
「お嬢様がどれほどアルさんの事を心配していたのか、アタシ、ここで再現してみせましょうか?」
「――ま、待ちなさい、ミリィ! アンタ、なに始めようとしてるの!?」
イライザはミリィに振り返り、慌てて彼女を押さえつけた。
「アル兄ちゃん、最近、マシになってきてたけど、今のはダメだな」
ダグ先生にまで不正解を出されてしまった。
「す、すまない。どうやら言葉を間違えたようだ。
その……おまえが俺を案じてくれていたのは……嬉しく思う」
まさか、そんな風に思っていてくれたとは思わなかったのだ。
「……だが、やはり王印がない事で、俺はその正統を疑われたのでな。
いかに宝珠の真実を告げようとも、所詮は俺の口からのものだ。素直に信じて貰えるとは思えなかったんだ」
「――信じるもなにもっ! ウチはねえっ!」
ローテーブルを叩いて立ち上がるイライザ。
「――ちょい待ち、お嬢様っ!」
と、先程とは逆に、ミリィがイライザを羽交い締めにした。
「……よく考えてください? それは今ですか? 今で良いんですか?」
ミリィはイライザの耳元でそう囁き――その言葉で、イライザは一瞬顔を真っ赤に染め上げたかと思うと、すぐに首を横に振って咳払い。
「んん! ちょっと取り乱したわ。
ええと――その……」
視線を宙に彷徨わせると、両手を打ち合わせる。
「そうそう! 地下大迷宮で無事だった理由はわかったわ。
でも、二年よ? 二年もの間、アンタ、なにしてたのよ?」
「そうです! それ、わたしも知りたいと思ってました。なぜ地下大迷宮に篭もられてたんですか?」
イライザだけではなく、リディアまで身を乗り出してくる。
「ああ、それも説明すべきだったな……」
俺はため息を吐いて、ふたりを見回した。
「この仮面を外せない理由でもあるからな――」
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