第2話 5
突然のイライザの来訪により、結局、
場所をバートン屋敷に移し、俺とリディアが並んでソファに座り、その正面にイライザが座る。
彼女の後ろには、メイドのミリィが立つ。
俺の事情を知っているダグ先生とマチネも同席している。
ダグ先生は床に胡座を掻いて座り、マチネは横座りでその膝の上にクロを抱いていた。
ジョニスとボリスンは、クロの指示で屋敷の前に置きっぱなしにしていたジョニスの兵騎を移動させていて、年少組ふたりはその見物だ。
ここに来るまでの間に、みんなにはイライザの事は軽く説明してある。
いつも村に来ている行商人エールズの上司で、ローゼス商会の会頭。
そして、俺の古い友人であるのだ、と。
普段は王都の商会本店に居るのだが、俺の所在をエールズに聞いて急いで――それはもう、他の予定をすべて放り投げてこの村までやって来たらしい。
目の前のローテーブルには木製のコップが置かれ、シノ婆特製の薬草茶が注がれている。
気温を考慮して気を遣ったリディアが、魔法を喚起して氷を入れていて、それが溶けてカラリと涼し気な音を立てた。
「――それで……」
イライザが腕組みしながら、俺をリディアを交互に見る。
「なんでアーくんが、ここに――バートニー村にいるの?」
彼女には、この場にいる者は俺の事情を知っている事を説明してある。
だから、イライザは公的な時のものではない――初めて会った時から変わらない、砕けた口調と呼び方で訊ねてくる。
「――アージュア大河を流されて来たんだよ。それをオイラと爺ちゃんが見つけた」
ダグ先生がすきっ歯が覗く笑みを浮かべながら応える。
「――は?」
まあ、理解できないよな。
どうやら世間にも俺が地下大迷宮に放り込まれ、魔神の生贄にされたというのは広く知られているようだし。
「ちょうどさっき、みんなにもその話をしようと思っていたんだ」
ジョニス達には――面倒だが、まあいずれ折りを見て、改めて説明するとしよう。
この場には信用できる者しかいないし、俺が城を追われた以上、もはや隠すような話でもなくなっている。
「まず、伝説に謳われる地下大迷宮の魔神というのが、俺の師匠なんだ」
居合わせた全員が目を見開いた。
「え? ちょっと……意味がわからないんだけど……」
顔を引きつらせるイライザ。
俺の隣でリディアもコクコクとうなずく。
「あ~、ローダイン王族の伝統でな。
王族の子は、みな七つになるとあのババア――師匠の元で様々な事を学ばされるんだ」
「――帝王学って事なのでしょうか?」
リディアの問いかけに、俺はうなずきを返した。
「その一環だな。おまえが侍女をしていた時も、週に一度は迷宮入りしていたんだが、気づかなかったのか?」
「あはは……アルがお部屋や執務室に居ない時は、わたし、先輩方のお仕事を手伝ってましたから……」
と、苦笑するリディア。
そういえば彼女は、体よく他の侍女の仕事を押し付けられていたんだったな。
「じゃあ、新王に地下大迷宮に追放されたっていうのは?」
「この伝統については、王族に連なるごく一部しか知られていないからな。
地下大迷宮が王族の鍛錬場として使われていると、ヤツらは知らなかったんだろう」
あのお花畑を支持していたコートワイル侯爵も二代前――祖父に当たる人物は、爺様の叔父に当たるのだが、ヤツの父親がアグルス帝国貴族だったから、その段階でコートワイル家はこの伝統の対象から外れている。
「そもそもの話さ、『魔神を封じている』なんてのも、初代国王と主がでっち上げた与太話だからね」
クロが手を挙げて、さらりと暴露する。
「――えええっ!?」
「事実だ。王族がババアから真っ先に教えられる事だな」
だから自分を特別な存在だと考えないように、とな。
「ええとね――主が当時、周囲を困らせてた、頭おかしいやべーヤツだったのは、残念な事に事実なんだけどさ」
驚くみなを見回しながら、クロは手を振って説明する。
「あの頃はこの辺りは、まだほとんど人の手の入ってない未開の地でね。だからこそ人嫌いだった主は、この地で暮らしてたんだけどさ。
ある日、大河を越えて開拓民――ローダイン王国の祖となる一団がやって来て、村を拵えちゃったんだ」
「当然、自分の領域を勝手に侵された、あのババアは――あ~、なんと言ったか……そうだ――ブチギレた。
魔道に長けた人だから、それはもう容赦なく開拓村を困らせたそうだ」
昔語りに聞かされただけでも、大水を喚起してせっかく作った家屋を押し流したり、何日も落雷豪雨を降り注がせたりしていたらしい。
「そんな事が続いて、特に大きな被害が出るのは、決まって森――ええと、当時、王城のあった辺りは大きな森だったんだけど――そこに誰かが踏み入った時だと気付いた開拓民は、森によくないモノが住み着いてるんじゃないかって、考えるようになったんだよね」
「そしてそれを鎮める為、村から生贄として、役立たずとされてた若者が選ばれ、森に送り出された……
その送り出された若者こそ、初代国王なわけだが……」
俺は視線をクロに向けて、先を続けるように促す。
内容が内容だけに、身内の恥を晒すようで、あまり自分では口にしたくないのだ。
クロは苦笑して。
「そこでアベル――初代国王とボクの主、アジュアは運命の出会いを果たしたんだ」
俺は右手で顔を覆って、みんなから視線を逸した。
仮面で顔半分が覆われていても、羞恥に赤くなっているのを悟られたくない。
「え? 運命の出会い? じゃあひょっとして――!」
ロマンス小説が好きなマチネが、クロを抱えて食いついた。
「そ! ふたりとも一目惚れってヤツでさ。
主も黙ってれば美女だし、アベルのヤツも――当時の開拓民の基準からすれば、弱々しい役立たずだったみたいだけど、主から見れば色男に映ったみたいでね。
あんな乙女な主を見たのは初めてだったから、ボクもびっくりしたなぁ……」
酒に酔うと、あのババアは当時の惚気話を語りだすんだ。
先祖の恋愛話など――しかも語るのは当事者なのだから、非常に対応に困る。
「ま、そんなワケで、アベルに惚れ込んじゃった主は、村でのアベルの地位を向上させる為に、一計を案じたんだ」
それこそが魔神伝説というワケだ。
「主はアベルと一緒に村に戻って、こう言ったワケ。
――わたしは代々この地で魔神を封じ続けてきた巫女! そしてアベルは彼の者を討ち倒すべく旧き神々に見い出されし勇者なのです――ってね」
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