第2話 4
「――だから
そういう時は『わからねえから教えてくれ』だけで良いんだよ!」
ダグ先生がそう言うと、みんなが笑顔を浮かべる。
「あ、あっしらがアニキに教えるなんておこがましいですが、そう仰られるなら!」
ジョニスとボリスンも男臭い笑みを浮かべて、うなずいてくれた。
降り注ぐ初夏の日差しの元、汗の浮いた肌を土と緑の匂いを含んだ風が撫でていく。
こんな時――本当に不本意ではあるが、外に出してくれた師匠の突飛な行動に感謝してしまいそうになる。
本当に――大変に遺憾ではあるが……ババアの行動は正しかったと認めざるを得ないだろう。
俺は今、確かに――城では得られなかった充足感を得ているのだから。
この胸の奥に湧き上がる、ささやかな想いを――幸せ、と、そう呼べば良いのだろうか。
「――そうだ。ジョニスとボリスンさ、鉱脈に戻る前に屋敷に寄ってってよ」
と、早くもサンドイッチを食べ切ったクロが、両手をポムっと打ち鳴らして、ジョニスに声をかけた。
「へい、クロさん。なにか力仕事でやすか?」
「いやね、せっかく兵騎を使うボリスンが来てくれたんだから、ちょっとキミの兵騎を直してしまおうと思ってね。
ほら、いつまでも屋敷の前に放置してても邪魔だしさ」
なんでも無いことのように告げたが、俺もジョニス達も驚きに目を見開いた。
クロは俺の頭を足で叩きながら――
「
だから、ちょっと手伝って欲しいんだよね」
「――いや待て、クロ! おまえ、兵騎を直せるのか!?」
両手で頭の上のクロを掴んで、俺は訊ねた。
「むしろ、なんでできないと思うのさ?
ボクは世界法則の根幹に干渉する為に生み出された、
まあ、これが外装の建造とかだとボクにも厳しいけどさ、素体や合一器ならなんとでもなるよ」
「マジか……」
ダグ先生に教わったばかりの庶民言葉で、俺は驚きを表現した。
「普通なら外装のが楽だと思うが……」
たいていの兵騎の外装は、鍛冶師が造るでかいだけの甲冑だからな。
「得意分野の違いだね。キミ達が古代文明の遺産って呼んでる遺物なら、ボクはたいていは動かせるし、直せるよ」
「動く<工房>って事か……」
「さすがに現物がないモノは、どうしようもないけどね」
と、俺の手から抜け出したクロは、胸――腹を張って自慢気に笑みを浮かべる。
そんなヤツの背後から、シーニャが忍び寄って来て、両手で抱えた。
「わ~い! つ~かまえたっ!」
どうやらずっと機会を伺っていたようだ。
クロは観念したように両手を垂らしてため息。
「ねえ、クロちゃんって魔獣じゃなかったの?」
そんなクロに、シーニャは頬ずりしながら不思議そうに訊ねた。
「あのねぇ、シーニャ。こんな愛らしい魔獣がドコにいるのさ……
ボクは魔獣じゃなく、
キミ達が霊脈と呼ぶ魔道網を介して、旧き神々に願いを届ける為の万象法器なの!」
だが、クロの説明にシーニャばかりか、集まってきた子供達も首を傾げる。
「よくわかんねえけど、魔獣じゃないってのはわかった」
賢いダグ先生までもが不思議顔だ。
「とりあえず、これからはクロちゃんの事を訊かれたら、魔獣じゃなくて
マチネもそんな風に呟き。
「可愛いし、楽しいからなんでも良いと思う!」
ルシオもクロに抱きついて、笑顔でそう言った。
「ね~!」
シーニャがルシオに同意してうなずく。
「ちょっと! おなかは良いけど、羽根はダメだって! そこ、くすぐったくって――アハハハハハっ!」
……バカめ。子供相手に自ら弱点を晒したら、面白がってもっといじられるに決まっているだろう。
シーニャとルシオの腕の中で笑い悶えるクロを尻目に、俺は残るサンドイッチにかじりつく。
……うむ。本当にうまい。これは良いものだ。
「――よくわかんねえっすけど、クロさんがすげえお方なのはわかりやした。
アニキ、あんな方とどこで知り合ったんで?」
ジョニスが首を傾げて訊ねてくる。
「ん? 師匠のところだ。あいつは師匠の眷属でな……」
イイ子になったコイツらに隠すような事でもないしな。
「実はわたしも気になってました。というか、よくアルが言う師匠って、どんな人なんですか?」
「む? 言ってなかったか? すまない。おまえには説明したつもりでいたんだ」
侍女をしていた時に済ませていたと思っていたが、アレはリディアではなかったか。
ならば、いい機会だから説明するとしようか。
そう思い、俺は一欠片になったサンドイッチを口の中に放り込む。
と、その時、ガラガラと車輪が回る音が聞こえ、農道の向こうから砂埃を上げて爆走してくる馬車が見えた。
それは俺達の前を通り過ぎると、不意に急停車し――客室から旅装の女性が飛び出してきた。
「――リディア様! ああ、ちょうど良いところに! これからお屋敷にお伺いしようと思っていたのです!」
結わえた紫髪を夏の風になびかせた彼女は、こちらに駆け寄ってくるとリディアにそう声をかけた。
「――イライザ様!?」
「――イライザ!?」
のどかなバートニー村の昼下がり、俺とリディアの驚きの声が空高く響き渡った。
いや、いずれ訪れると思ってはいたのだが――想定していたより、かなり早すぎじゃないか?
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