第2話 3

 農道の脇にむしろを敷いて、俺達はその上に座る。


 その脇に、ズブ濡れになったジョニスがしゃがみ込んだ。


「――おっちゃん、本当にゴメンよ……」


 と、そんなジョニスに向かって、ダグ先生が謝罪する。


「……俺を庇ったばかりに……助かった。礼を言う」


 俺もまた、ジョニスに頭を下げた。


「いやいや、暑かったんで涼しくなってちょうど良いくらいでさあ」


 そんなダグ先生に、ジョニスは濡れて黒光りするハゲ頭を撫でながら苦笑を返した。


「そうそう。アニキを守っての事なんスから、名誉の負傷ってヤツっスよ!」


 そう言葉を継ぐのは、先程まで兵騎で開墾作業をしていたボリスンだ。


 ジョニスが頭をしていた傭兵団――黒狼団の副官を務めていた男で、金髪の髪をモヒカンにした変わった風体をしている。


 まあ、傭兵や冒険者なんてのは、強さがすべての連中だ。


 見た目からナメられない為に、あえてそういう――イキった、だったか? ――格好をしているのかもしれない。


 なぜジョニスがズブ濡れなのかというと、水遊びをしている子供達に不注意に俺が近づいた為だ。


 クロが――恐らくはわざと狙ったのだろうが――俺の接近に気付いて飛行進路を変更し、子供達は気づかずにそれを追って水を巻き上げた。


 そこに俺がやって来て、水が掛かりそうになったのを、ジョニスが身を挺して庇ってくれたというわけだ。


「ジョニスさん。子供達もズブ濡れなんですから、気にせずに座ってください」


 むしろが濡れるのを気にしてしゃがみ込んだままのジョニスに、リディアがそう勧める。


「お気遣い、ありがとうごぜえやす。

 ……こんなお優しい方にひでえマネしようとしてたなんて、あっしは……あっしは……」


「もう、ジョニスさんは……

 わたしが謝罪を受け入れたのですから、もう気にしないでくださいよ

 さ、座ってください」


 リディアが困ったような笑みを浮かべて応えると、ジョニスは感涙して目元を拭いながらも、むしろに腰を降ろした。


「それじゃあ、お昼にしましょうか」


「待ってました~!」


 リディアがむしろの中央にバスケットを広げると、ダグ先生が手を叩いて歓声をあげる。


「すぐに準備しますからね!」


 と、リディアはバスケットから野菜や加熱済みの肉などが入った器を取り出すと、手早くナイフでパンを半分に切って、その間に挟んでいく。


「――今日はサンドイッチです!」


「やった! 姉ちゃんのそれ、オイラ大好き!」


「あたしもっ!」


 ダグ先生とマチネが目を輝かせた。


「……サンドイッチ?」


 ルシオとシーニャは食べたことがないのか、不思議そうに小首を傾げる。


「そういえばふたりには、まだ作ってあげた事がありませんでしたね。

 屋敷では、どうしてもお皿に乗せたものを作りがちですし……」


「野良仕事を手伝うご褒美なんだぜ!」


 ダグ先生は自慢げに年少組二人に胸を張って見せた。


「ふふ、そうですね。前にダグくんとマチネちゃんに振る舞った時も、今日みたいにお手伝いしてくれた時でしたね」


 楽しげに顔を綻ばせながらも、リディアの手元は慣れたように作業を続け――


「はい、じゃあ、まずはルシオくんとシーニャちゃんの分」


 と、できあがったそれを木皿に乗せて、二人に差し出した。


「次はダグくんとマチネちゃんの分」


 リディアは迷いなく次々と、パンを切り分けては具材を挟み込む。


「はい、アルの分です」


「……あ、ああ。感謝する」


 俺にも木皿が差し出され、俺は礼を言って受け取った。


 ジョニスとダグの分も完成し。


「では、どうぞ召し上がれ!」


 リディアに促されると、ダグ先生とマチネは迷うこと無く木皿から手に取って、大きな口を開けてかぶりついた。


 ルシオとシーニャも二人をマネて、同じようにかぶりつく。


「なるほど。そうやって食べるのか……」


 見ると、ジョニスやボリスンも特に食し方に戸惑っていないようだ。


「あ、そうですよね。アルにはナイフとフォークを用意しましょうか?」


 俺の呟きを聞きつけたリディアがそう申し出てくれるが、俺は首を振った。


「いや、これが正しいマナーなら、それに従うべきだろう」


 と、俺はみんなをマネて、パンの端にかじりついた。


 パンの柔らかい触感に続いてやってくる葉物野菜のシャキシャキとした舌触り。


 バターと芥子からしの香りが口の中に広がり、そこに味付け調理された肉の香ばしさと塩気がやってきて、労働で疲れた身体に広がっていく。


 茹でて潰したバートニー芋には、なんらかのソースと……このほのかな甘さは、砂糖も入っているのだろうか――それがくどくなりがちな肉の脂を包み込み、見事な調和を取っていた。


「これは……旨いな!

 なるほど……この複雑な味は、すべてを一度に食す事で引き出しているのか。

 ――リディア、天才か!?」


 これだけの料理の腕があったなら、侍女ではなく宮廷料理人でもやっていけだろうに!


「あ、いえ! これはわたしが考えた料理じゃないんです!

 庶民――労働者のみなさんに広がっている、お弁当向けの簡易料理でして……」


「これが簡易料理!?」


 驚く俺に、ジョニスが大きくうなずいた。


「なんでも大昔、西の方から渡ってきた旅人が広めたんだそうでさあ。

 サンドイッチだけじゃなく、これにも使われているマヨネーズってソースを作ったのも、その御人だそうで。

 他にもトンカツとか……どんぶりなんかの庶民向けの料理を広めたんだとか」


「アニキは食った事なかったんで?

 茶屋なんかでも、結構、出してる店はありやすぜ?」


 ボリスンが不思議そうに首を傾げたが。


「バカ、ボリスン。アニキはたぶん、イイトコの出なんだよ! 喋り方でわかるだろ!?

 俺らみてえな庶民の飯なんて、そうそう食ってるワケねえんだよ!」


「ああ、なるほど!」


 ジョニスの解釈に、ボリスンは納得してくれたようだ。


「そうそう。コイツはなんだかんだで箱入りだったからね。

 これからも庶民のアレコレを教えてやってよ!」


 と、俺の頭の上でサンドイッチを頬張りながら、クロのヤツがみんなに告げる。


「そうだな。言葉遣いだけじゃない。俺は庶民の暮らしを知ったつもりになっていたが、まだまだ知らない事ばかりらしい。

 これからもぜひ、様々な事を教えてくれたら助かる」


 頭を下げる俺の背を、ダグ先生が強く叩いた。


「――だからかてえんだって、兄ちゃんっ!」

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