第2話 2
チュータックス子爵領都に巣食った、ハゲことジョニスの仲間達――傭兵くずれのゴロツキ共と「おはなし」し、大掃除を済ませて五日が経った。
銀晶鉱脈の現地視察や、管理を任せる事になるマイルズとの顔合わせなど、俺もリディアも昨日まで目まぐるしく動き回ったよ。
チュータックス家は爵位こそ子爵だが、南部辺境の小身貴族を束ねる立場だからな。
銀晶鉱脈の共同管理をリディアが打ち明けたら、陪臣一同大反対してな?
挙げ句に陪臣達が寄り子の貴族達まで呼び寄せて、さらにリディアを説得しようとするもので、かなり時間が取られたんだ。
どれほどオズワルドが信頼されてなかったか、よくわかったな。
まあ結局のトコ、リディアに従う「イイ子」になったオズワルドを見て、陪臣や寄り子貴族達は折れてくれた。
俺はリディアの従者という立場で立ち会ってたんだが、あのオズワルドを矯正したと知られて、大絶賛されたな……
こんな仮面を着けた怪しい男を、涙すら浮かべて褒め称える貴族やそれに連なる者達……
ホント、どれだけ厄介者扱いされてたんだ、オズワルドよ。
銀晶鉱脈の開発については、チュータックス子爵家だけではなく、距離の近い寄り子の家も協力してくれる事になって、後日、ローゼス商会も交えて改めて話し合う事になった。
そんなわけで、ようやく自由な時間を手に入れた今日――
俺は子供達を連れて、先日は中途半端に放置する事になってしまった、
「――アニキ! こんな感じで良いんで?」
スコップに載せた泥を灌漑の外の土手部分に放り投げて見せながら、ジョニスがイイ笑顔で訊ねてくる。
今日はこの元傭兵の男も手伝ってくれる事になった。
ちなみにヤツが俺をアニキ呼びなのは、これからチュータックス家と付き合っていく中で、アル様などと呼ばれて、俺の素性が漏れるのを避ける為だ。
会合に現れた寄り子貴族達はみな末端だけあって、名前こそ知っているが会った事のない者ばかりで問題なかったのだが、陪臣の中には数名、先代と一緒に登城していた事のある者がいたのだ。
いかに仮面があるとは言っても、俺の赤毛はそれなりに目立つからな。
声や発音で気付いたリディアの例もある。
なにかの拍子に俺がアルベルトだとバレないとも限らないから、ジョニス達には「アル様」と呼ぶのを禁止したんだ。
正直、気楽に呼び捨てでも良かったんだけどな。
ジョニス達はそう言った俺の提案を断固として拒否し、妥協に妥協を重ねてアニキ呼びで定着した。
オズワルドまでもがそう呼び出したのだが、元がアレだっただけに陪臣達は誰も止めなかったな……
「ああ。ただ、あとあと泥が崩れて堰にこぼれないよう、スコップで叩き固めておくと良いらしいぞ」
俺に
「こうやるんだ」
と、俺はたった今ジョニスが打ち捨てた泥を、スコップの背で叩いて見せる。
うむ。リグ爺ほどではないが、綺麗な平らにできたと思う。
「こうする事で、泥が乾けば土手の補強にもなるらしい。だから、なるべく丁寧に平らになるようにな」
「へい! ご教示、ありがとうございやす!」
そうしてジョニスは、再び泥を浚う作業を開始する。
俺も同じように泥を浚いながら――
「しっかし、おまえら兵騎を全部で三騎も持ってたなんて、そこそこでかい傭兵団だったんだな?」
視線を畑の先に向ければ、盾に木を括り付けてスコップにした兵騎が一騎、平原を開墾している。
せっかく国の管理外の兵騎が手駒に加わったのだから、開墾作業をさせているのだ。
「へい! 俺達、黒狼団がアグルス戦役に参加したのはマジなんでさぁ……」
なんでもジョニス達は、元々アグルス帝国の地方領主に雇われたのだそうだ。
だがアグルス帝国は
それで腹に据えかねたジョニス達は、団に貸与されていた兵騎を強奪して帝国を脱出し、戦勝に湧くローダイン王国へとやって来たのだそうだ。
「ふむ。命がけで手に入れた兵騎だったのか。
――潰してしまってすまなかったな……」
ジョニスの兵騎は俺が合一器官を砕いてしまった為、もはや動く事はない。
<工房>と呼ばれる古代遺跡でも領内で見つかれば修理もできるのだろうが、<工房>はそもそも兵騎製造さえ可能な特別な遺跡だ。
当然、銀晶鉱脈同様に国への報告義務がある為、今、万が一そんなものが見つかろうものなら、銀晶鉱脈だけで手一杯になっているバートン領は完全に手が回らなくなってしまうから、今は発見できても困るのだが――国の管理外の兵騎はなんとかして利用したいという気持ちもあるんだ。
「いえ! そのお陰で、あっしはこうして直接、アニキのご指導を受けられるんです! むしろ役得でさあ!」
ハゲ頭を日差しに黒光りさせ、ジョニスは満面の笑みで告げる。
「おまえがそれで良いなら、まあ……いや、だが労働力としては惜しいな……」
今、平原を開墾しているあの騎体のように、たった一騎あるだけで、村人総出で一週間かかる開墾面積を一日で広げられるのだ。
現在、黒狼団が所有しているもう一騎の兵騎は、銀晶鉱脈の周囲の森を切り拓くのに用いている。
大半の団員もそちらに回している。
切り拓いた土地に居住地や銀晶の貯蔵・加工場を造って、ゆくゆくは鉱山採掘村にする予定なんだ。
「というか、兵騎に土木作業をさせちまおうなんて、アニキは変わってやすね?
――あ、いやっ! 決してバカにしてるとかじゃねえんですよ? すげえって話でさあ」
露骨にビビる――最近、ダグ先生に教わった言葉だ――ジョニスに、俺は苦笑を向ける。
「わかってるさ。
基本的に兵騎を扱う者は、戦う為のモノという認識が強いからな。
だが、これは俺の発想ってわけじゃないんだ」
「へ? アニキ以外にあんな事を考えた人がいるんで?」
驚きの表情を浮かべるジョニス。
「フ――おまえはあの方の異名を勝手に使っていただろうに」
「異名って――あっ! <狂狼>ですかぃ!?」
俺はうなずいてみせる。
「彼は大規模魔法を喚起して敵を打ち払い、剣を握れば負けなしという事で、戦闘に長けている事からその異名を付けられたと思われがちだがな……
実際はその戦術――知恵によって、アグルス帝国にその二つ名を付けられたんだ」
彼が元服を迎えた年――初陣での出来事だという。
当時は毎年のようにアグルス帝国が侵略を繰り返していて、その時も秋の収穫を狙って帝国は侵攻を開始したのだそうだ。
だが、その年は彼――<狂狼>が参戦していた。
彼は側近十数名を引き連れ、合戦場を迂回して付近の山に潜伏。
そこから兵騎と合一することで強化された魔法を用いて、
十分な広さを確保した彼は、空間を支えていた支柱を攻性魔法で破壊――当然、その上にあるアグルス帝国本陣は足元から崩落に巻き込まれて混乱を極めたそうだ。
<狂狼>は地上に駆け上がると、容赦なく大規模魔法を喚起し、崩落した地下に向けて大量の水を注ぎ込み――その年のアグルス帝国は軍上層部が壊滅した事で、合戦開始前に集結する事になった。
その哄笑しながら水攻めにする悪夢のような姿と、彼が身につけていた漆黒の狼の仮面から<狂狼>という異名で呼ばれるようになり、今でもアグルス帝国では当時を知っている者は、その名を畏怖と共に語るのだという。
「へえ……<狂狼>って、そんな
「まあ、かなり昔の事だしな」
ジョニスは二十八歳らしいから、知らなくても仕方ない事だろう。
……まあ、その<狂狼>こそ――俺の父上なわけだが。
そう。俺が今着けている仮面は、元々は戦場において、公に顔の割れてる王族の位置が、敵方にバレるのを防ぐ為に用いられていたものなんだ。
――それを誰かが魔封じの魔道器――呪具にしやがったようだがな……
いらん事まで思い出しそうになり、俺は首を振ってそれを打ち消し、ジョニスに顔を向ける。
「そんなわけで、俺が開拓作業に兵騎を使うのは、彼の真似事ってワケだ。
別に俺が思いついたワケじゃない」
「いやいや、それを知ってるだけで、すげえでさぁ」
ふむ、そうだろうか?
俺としては、幼い頃に両親を失ったから、少しでもふたりの事を知りたくて、周囲の人間に訊いて回っただけなのだがな。
そんな話をしながら、俺達は
一緒に作業をしていたはずの子供達は、すっかり水遊びに熱中しているようだ。
監督役を任せたクロに、みんなで水を引っかけようと必死になっているのだが、大人げないクロは子供達の周囲を飛び回って、同士討ちを誘っていた。
天気も良い事だし、まああれだけ濡れていても、しばらくすれば乾く事だろう。
「――アル~! みんな~!」
と、俺達を呼ぶ声に顔を向ければ、バスケットを携えたリディアが歩いてくるのが見えた。
「――お昼持って来たから、休憩にしましょう!」
「ああ、助かる!」
俺はリディアに応えて、子供達の水遊びを中断させる為、彼らの方に足を向けた。
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