閑話 新王の治世

閑話

「――では、カイル陛下。この件は先日ご説明した通りに進めてよろしいですな?」


 宰相となったリグルドの問いかけに、僕は差し出された書面に目を通す。


「ああ、街道整備費の削減か」


 確かアルベルトと懇意にしていた領主貴族達や国土地理院の文官達が、地元の土木組合と結託して費用を吊り上げていたのだと、以前、説明があったな。


 先日、その証拠がようやく揃って、予算削減の目処が付いたんだ。


 国土地理院の文官達は最後まで抗っていたけれど、腐った官僚の言葉に耳を貸すわけがない。


 文官達はその地位を剥奪して降格させ、領主達の首もすげ替えさせた。


「そうだな。そのまま進めてくれ」


 浮いた予算は新たな孤児院の創設や、経営がうまく行っていない商会、工房への補助金に回される事になるんだ。


「あと、軍事費の削減は方がどうなってる?」


 書類にサインをしながら、僕がリグルドに問いかけると、リグルドは顔をしかめた。


「それが……グランゼス公爵家が強く反対しておりまして……」


「ゴルバス将軍か……」


 先王の弟であるゴルバス将軍は、このローダイン王国の軍部を統べる立場にある。


 辺境伯でもあるグランゼス公爵家に婿入りした彼は、僕の即位と同時期に領地の経営に注力したいと宣言し、それ以来、登城していない。


 だが、後釜として彼の嫡男が騎士団長に就任している為、依然として軍部におけるグランゼス家の発言力は大きいままなのだ。


「軍事費削減と言っても、常備軍の数を減らすだけなんだけどねぇ……」


 無駄に軍事力を抱えていては、隣国を刺激するだけだ。


 人は話し合う事で大抵の事は解決できるというのに、生粋の軍人肌であるゴルバス将軍や彼傘下の騎士や兵は理解してくれないんだ。


 軍事予算を削減できれば、魔道局の魔道器開発に回せる。


 魔道器開発が進めば、より人々の生活は良くなるというのに。


「どうも将軍は外交を理解できていない節がありますからな。力で捻じ伏せれば、道理さえも引っ込むと考えているようなのですよ」


 リグルドが汗の浮かぶ頭をハンカチで拭いながら説明する。


 宰相として国の為に神経を擦り減らし、髪がすっかり抜け落ちてしまったリグルドの苦労が忍ばれる。


 彼がこんなに苦労しているというのに、ゴルバス将軍は自領で悠々自適な半隠居生活をしているのを悔しく思う。


 先王もゴルバス将軍も、やはり苦労を知らない王族――あのアルベルトの係累というわけだ。


 この僕にも、同じ血が流れていると思うと、吐き気がしてくる。


 とはいえ、目立った不正もしておらず、騎士や兵の人気も高いグランゼス公爵家を、大した理由もなく排除しては、それこそ僕がアルベルトの再来のように思われてしまうだろう。


 僕はヤツとは違う。


 この立場と力は、正義を行う為にあるんだ。


 不正を行なった者に容赦するつもりはないが、そうでない者を無闇に貶めるつもりはない。


「……仕方ない。その件はもうちょっと時間をかけよう」


 現在、リグルドの嫡男――エルドリウスが所属する近衛騎士団を中心に、軍部の切り崩しにかかっている。


 時間さえかければ、グランゼス公爵家の発言力は衰えていくだろう。


「そうですな。急いて仕損じては陛下の理想が遠のくばかり。慎重に参りましょう」


 ため息と共に発せられたリグルドの言葉に、僕はうなずく。


 それからしばらく、リグルドが差し出す書類に目を通し、サインしていく作業が続いた。


 やがて最後の書類にサインを終えたところで――


「そういえば陛下。また領主達から、そろそろ宴を開いて欲しいと連名で嘆願が上がっておりましたぞ」


「――またそれか……」


 僕は深々とため息を吐く。


 ここ最近リグルドは、折りを見計らってはそう訴えてくる。


「宴なんて予算の無駄だろう?」


 そんな金があるなら、救済院に回した方がよっぽど民の為になる。


「――いえ、陛下……」


 いつもならそう言えばリグルドは引き下がるのだが、今日は食い下がった。


「即位の宴以降、陛下は一度も宴を開いておられないではありませんか。

 貴族の宴は社交と言って、家同士の――特に若い者達の出会いの場でもあるのです。

 それが開かれていない為、結婚相手を見つけられずにいる者が多くいるのですよ」


「……そう、なのか?」


 てっきり旨いものを食べ、劇団や楽団、芸人を観て楽しむ為だけに開かれていると思っていたのだが……


「そうなのです。考えてもみてください。

 ――貴族令嬢は学園を卒業してしまえば、家からは滅多に出なくなるのです。

 そんな令嬢達が唯一、家族以外の男性と交流できる場が、宴なのですよ」


「……という事は――」


 恐る恐る、僕はリグルドの顔を伺う。


 彼は大きくうなずいて、突き出た腹を撫でた。


「現在、今期がズレ込んでいる令嬢が、相当数おります。

 口さがない者などは、頻繁に宴が開かれていた以前の方が良かったと申すものまでいるそうですよ」


「――ぐっ……」


 貴族令嬢にとって結婚は、庶民以上に人生を左右する重大案件なのだと、幼い頃からアイリスに聞かされている。


 それが僕の――宴は貴族の遊びの場だという思い込みの所為で逃していたとは、申し訳ないことをしてしまった。


「わかった。以前ほどに開くのはやはり賛成できないが――そうだな……季節ごとに開くのは良いかもしれないな」


「おお、さすがは陛下! ご理解頂けてなによりです!

 それでは、さっそく豊穣の宴から復活させるという事でいかがでしょうか?」


 豊穣の宴は、秋の始めに開くものだったか?


 夏間近の今から告知すれば、十分に準備に時間がかけられるということか。


「ああ、それで良い。令嬢達へのお詫びも兼ねて、大々的に開催するとしよう」


「それは令嬢達も喜ぶでしょう。彼女達に代わり、カイル陛下のご高配に感謝致します」


 と、リグルドは深々と頭を下げた。


 縁もゆかりもない令嬢達の為に頭を下げられるリグルドは、やはり上位貴族の鑑だ。


 彼のような人格者が、僕の側に居てくれるのは、本当に幸運なのだろう。


 リグルドが退室して行き、執務室にひとりになり、僕は立ち上がって窓の外に――城下街へと目を向ける。


 魔法で視力を強化すれば、ここからでも城下の様子は見て取れる。


 以前あった暗く、薄汚れた貧民街は消滅し、綺麗に整えられた街を行き交う人々の顔には笑顔が浮かんでいる。


「……この光景を、次は国中に広めるんだ……」


 その為になら、僕はあらゆる犠牲を払おう……

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