第1話 16

「いいか?」


 俺はまず、ハゲを指さした。


「チュータックスの街には、こいつの仲間の傭兵くずれが腐るほどいるそうだ」


 そんな治安になっているという事が、いかにチュータックスの統治が腐っていたかを物語っているな。


「そいつらとして、鉱夫として雇用する。

 どうせ食うに困って悪事を働くようなろくでなし共だ。飯と寝床、そこそこに遊べる金さえ用意してやれば、喜んで働くだろうさ」


 まあ、小遣いは実際に銀晶が取引されるようになってからだがな。


 食事に関しては、買い付けられずに残っているバートニー芋を中心に、村で採れた農作物を回せば良い。


 チュータックスは元々、そのろくでなし共を使って領民を脅し、無理矢理働かせようとしていたらしいが……愚かな事だ。


 せっかく荒事自慢がいるのなら、そいつらを働かせた方が手間も出費も少ないだろうに。


 すれば、たいていのろくでなしは素直なイイ子になるんだから。


「はいっ! あっしに任せてくだせえ! アル様の話を聞かねえヤツぁ、お貴族サマだってぶっ飛ばしてみせまさぁ!」


「いや、そこまではしなくて良い」


 チュータックスは向こうから仕掛けて来たから止むを得なかったが、こちらから積極的に貴族に絡みに行く気はないのだ。


「す、すいやせん! 調子にノリやしたっ!」


 と、ハゲは地面に頭を擦りつけて謝罪する。


「俺の為を思っての事だろう? 気にするな。謝罪を受け入れよう」


 肩を叩いてやれば、ハゲは感涙に咽び泣く。


「で、でも、人手はそれで良いとして、管理や流通はどうなさるのですか?

 わたしはこの村で手がいっぱいですよ?」


 リディアのもっともな疑問に対して、俺はチュータックスを指差す。


「まず管理だが、こいつの家に委託という形を取る。

 元々先代が後継にしようとしていたヤツが居ただろう? そいつにやらせるのが良いな」


 バートニー男爵領単独事業だと、上級貴族に横槍を入れられかねないからな。


 チュータックス家との共同事業という事になれば、多少はその牽制になるだろう。


「わ、私には任せて貰えないのですかぁ!?」


 チュータックスが消沈した様子を見せた。


「おまえはまず自分の領の管理を学び、街を立て直せ。

 銀晶鉱脈採掘は共同事業だから利益の分配はしてやる。それを使って、おまえの所為で傾いた領を復興させるんだ」


 先代を殺害したのは、この際、目を瞑ろう。


 俺とので十分に、人として反省しているだろうしな。


 後継を巡っての暗殺騒動など、貴族家では多かれ少なかれよくあることだ。


 表沙汰にもなっていないのに、そんな事をいちいち咎めていては、この国からは当主のなり手が激減するだろう。


 そもそも今の俺は王族でも法の番人でもない――ただの庶民のアルなんだ。


「――は、はいっ!」


 俺の言葉に、チュータックスは地面に頭を擦りつけた。


「次に流通についてだがな」


 俺は再びリディアに顔を向け、親指を立てて自分を指差す。


「リディア、俺が誰だか忘れてないか?」


「え? そんな事は――」


「いいや、忘れてるな。ローゼス商会をおまえの父親に紹介したのは誰だ?」


「あ――」


 ようやくリディアの目に理解の色が宿った。


「そうだ。エールズとは王都でバートニー芋の仕入れについて打ち合わせていて面識があったからな。ヤツも声ですぐ俺に気づいてくれたよ」


 そしてヤツは王都の本店に戻ったら、すぐに会頭のイライザに報告するはずだ。


 旅程を考えればそろそろ――遅くとも来週には会頭直々に顔を出すだろう。


「イライザに任せれば、悪いようにはしないはずだ。

 だから国への鉱脈発見報告は、ヤツと打ち合わせしてからだな」


 リディアは口元を抑えて、目を丸くする。


「それじゃあ村は……また発展できるんですか?」


「ああ。それがバートニー男爵の願いであり、夢だったからな」


 俺は彼の情熱を尊敬しているんだ。


「わたしじゃあ、今あるものを維持するのが精一杯で……いえ、それさえもできていたかどうか……

 領主として、ちゃんとできてるのか、いつも不安で……」


 震える声で呟くリディア。


 その目は涙に潤んでいて、今にも熱く、美しい雫がこぼれ落ちそうだった。


「あ~、おまえは……」


 不安だったという内心を吐露したリディアに……どう声を掛けたものか。


 口下手な俺が、彼女の不安を癒やす言葉を、果たして言えるものなのか?


「兄ちゃん、こういう時はだな――」


 と、いつの間にか俺の背後に回り込んでいたダグ先生が、不意にそう囁いて俺の背中を押した。


 シノばあにも負けないほどに強い力だった。


 つんのめってたたらを踏んだ俺はリディアとぶつかりそうになって、慌てて両手で彼女を抱き止める。


「そうそう! 男はこういう時、そうやって抱き締めてやるもんなんだぜ!」


 ダグ先生はすきっ歯を覗かせながら頭の後ろで手を組んで、ニシシと笑う。


 ……ふむ。


 ダグ先生がそう言うのなら、恐らくはそれがこの村での流儀なのだろう。


「で、殿下――!?」


 再び殿下呼びに戻ってしまったリディアが、顔を真っ赤にして俺を見上げる。


「お兄ちゃん、そこでカッコイイ事を言うの!」


 マチネも両拳を握り締めながら教えてくれる。


 カッコイイ事か……


「カッコイイかは、俺にはわからんが……」


 そう前置きして、俺は腕の中のリディアを見下ろす。


「リディア。俺は貸し借りには執着しないクチだが、受けた恩義は絶対に返す男だ」


 バートン男爵の領地発展に対する情熱と、彼が提供してくれたバートニー芋の旨さは――社交界で貴族達が笑顔の裏側で繰り広げるドロドロとした闇に、恐怖心すら覚えていた俺にとって、確かに希望の光だったのだ。


 ――こんな人物に、あるいはこんな特産品に出会えるならば、社交界も捨てたものではない、と。


 確かに、そんな風に思えるようになったんだ。


 加えて、リディアはアージュア大河を流されて来た俺を介抱してくれている。


 俺はバートン男爵家二代に渡って恩義があるというわけだ。


 ――だから……そう、だから、だ!


「……リディア。おまえと先代が守って来たこのバートニー村を、俺は全力で発展させてやる! だから、もう不安に思う事はない。おまえの側には俺がいる」


「――はいっ!」


 リディアは大粒の涙をこぼし、けれども綺麗な微笑みを浮かべて、俺の胸に顔を埋めた。


 見れば、ダグ先生とマチネが親指を立てて満面の笑みを浮かべていた。


 どうやら正解だったようだな。


 俺はうなずき、リディアの両肩に手を置いた。


「では、その為にも――さっそく行ってくるとしよう」


「へ?」


 彼女の身を引き剥がしてそう告げると、リディアは涙に濡れた顔に不思議そうな表情を浮かべる。


「行くって……あの、どちらに?」


「さっきも言っただろう? チュータックスの街のゴロツキ共とする、と」


 視線を向ければ、チュータックスとハゲが駆け出して、馬車の御者台に跳び乗った。


「――え? え? 今からですか?」


「こういうのは掃除と一緒で、思い立ったらすぐに実行しないとな」


 そう告げる俺の肩に、クロが飛んで来て。


「えとね、リディア。ボクの主――コイツの師匠は、すごくものぐさでさ。放っておくとどんどん部屋を汚して行くんだ。

 だから、掃除させられてたコイツは、主が言い出す前に積極的に掃除するようになっちゃったんだよね」


 そうだ。汚れは、見かけたらすぐに駆除しておかなければ、あとでは手間が何倍増しにもなるのだ。


 それは街のも同様のはず!


「は、はあ……」


「なあに、夕食までには戻る」


 そうリディアに告げて、俺は馬車に乗ったチュータックス達に声を掛ける。


「え? 馬車に乗らないんで?」


「走った方が速い!

 ――では、行くぞ!」


 そうして俺は駆け出した。ハゲが馬車を発車させて、俺の後を追ってくる。


「――兄ちゃん……ホント、そういうトコだかんなっ!?」


 ダグ先生の叫びは理解できなかったが。


 まあ、戻って来てから教えてもらえば良いだろう。





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 以上で1話終了となります。

 

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