第1話 13
子供のような甲高い声と共に飛び出して来たそいつは、五〇センチほどの黒くまんまるい身体に、短く丸い手足を持っていた。
境目の分かりづらい丸い身体の上部半分には、竜を彷彿させる顔が付いていて――その大きな瞳の色は金をしている。
「――やっぱり、いやがったか!」
背の小さな羽根を羽ばたかせもせず、滑るようにして俺の元に飛んできたそいつに、俺は呼びかける。
「ロディに――村の狩人に見られていたぞ。金色の目を持った魔獣が出たってな」
そう。
金目の魔獣は珍しい。
歳を経た分、警戒心が強く、滅多に人の生活圏まで降りて来ないのだ。
そんな存在が村のそばで見つかったと聞いた時から、俺はこいつが近くに来ているのだと考えていたんだ。
「え~、すごいね、その人。ボク、キミに気付かれないように結構、本気で隠れてたんだぜ?」
俺の肩に立って、丸い目を見開くそいつの名前はクロ。
ローダイン王城の地下大迷宮に封じられた魔神の眷属にして、幼い頃からの俺の相棒だ。
「――ま、魔獣だと!? き、貴様、魔獣を従えているのか!?」
チュータックスが声をうわずらせて叫んだ。
リディアにナイフを突きつけたまま、ジリジリと後ずさりを始めている。
「――に、兄ちゃんっ!?」
ダグ先生も他の子供達を背に庇いながら、驚きの表情で声をかけてくる。
「――コイツは大丈夫だ」
そう告げれば、賢いダグ先生はそれだけでうなずきを返してくれる。
「……さっきから見てたけど、あんな小物にボクを使うのかい?」
「その方が確実だからな」
「あ~……そういやキミ、攻性魔法使えないんだもんね~。
ホント、ボクが居ないとダメダメだなぁ」
いまさら思い出したように言いやがるが、絶対にワザとだ。
こいつは俺をからかうのを趣味にしているからな。
実際、丸い目を細めて、ニヤニヤ笑ってやがる。
「良いから、行くぞ!」
クロに呼びかけて、俺は右手を前に。
「はいはい、いつでもどうぞ!」
その突き出した手の甲に、クロが飛び移る。
「――バ、バケモノめっ! なにをしようというんだ!? おかしなマネを……そこから少しでも動いたら、リディアの顔を斬り刻むからな!」
リディアの頬にナイフがあてがわれ、震えるその手が彼女の頬を浅く傷つけた。
「――はっ! 手ぇ
気丈にリディアがチュータックスに言い放つ。
「できないと思ってるのかっ!? 俺をナメるなっ!!」
激昂したチュータックスがナイフを振り上げた。
その瞬間、俺は世界に及ぼす
「――
瞬間、クロの身が虹色の粒子へと
俺がその手を振りかぶれば、手甲の竜瞳が黄金色の輝きを放った。
「
拳の竜口から紫電を纏った漆黒の光刃が迸り、チュースキンが掲げたナイフを右腕ごと吹き飛ばす!
クロが幻創した、最小規模の
ドラゴンの鱗さえ斬り裂く一撃は、人の身で耐えられるはずもない。
「ギャアアアアアアアアアァァァァァ――――ッ!!」
チュータックスの咆えるような悲鳴。
一瞬で焼き尽くされる為、傷口からの出血はないのだが、腕一本を失う痛みは相当なはずだ。
「アッ、アッ、アアアァァァッ!? うで、おでのうでがあああぁぁぁ――っ!!」
「――殿下っ!!」
狂乱して喚き散らすチュータックスから逃れて、リディアが俺の胸に飛び込んで来る。
「怖い思いをさせたな」
彼女を抱き留めてそう告げれば、リディアは涙をこぼしながらも首を振る。
「いえ! 殿下が来てくれましたから……きっともう大丈夫だって、信じてましたから……」
俺の胸に顔を埋め、リディアは震える声で応えた。
「……姉ちゃん、殿下って?」
と、ダグ先生が声をかけてきて。
「ああ、ダグ先生。ちょっとリディアを頼む。
――俺はまだ、あいつとおはなししなければならない」
「あっ……」
リディアの身体を引き剥がすと、俺は彼女をダグ先生に預ける。
「ああ、ここからは大人の時間だ。おまえらは屋敷の中へ。リディアの傷を手当を頼む」
あまり子供には見せられない話し合いになるからな。ダグ先生達には場所を移してもらおう。
「う、うん……色々と訊きたいことばっかだけど……今はわかった」
賢く素直なダグ先生は、まだ騒動が終わってないのを思い出してくれたのか、リディアや他の子供達を促して、屋敷へと向かってくれた。
竜顔の手甲が虹色の粒子となって
同時に俺の身を覆っていた外殻も燐光に
「キミに怯えない子供は貴重だものねぇ? これ以上、怖がらせたくはないよねぇ?」
目を細めてニヤつくクロに、俺は舌打ち。
伊達に長い付き合いなワケじゃない。
俺の思惑なんてお見通しってわけだ。
しっかりと屋敷のドアが閉じられるのを見届けた俺は――
「やかましいぞ……」
「――うでええぇぇ……あああああぁぁぁ――ンガッ!?」
よだれを垂らして泣き喚くチュータックスの足を蹴りつけ、地面に転がす。
ヤツの上に跨がり、抵抗できないように残った左腕を膝で抑えつけると、俺はその顔面に拳を振り降ろした。
「――ガフッ!?」
続けて無言で左右の拳を交互に振るう。
みるみるチュータックスの顔は腫れ上がり、青紫を経てどす黒く変わっていく。
「――まっ!」
右。
「――まって!」
左。
「――うぶぅっ!」
もう一度、右。
たっぷり二十往復もしてやれば、チュータックスは呻き声すらあげなくなった。
「――クロ……」
「はいよ。
しっかしキミ、こういうトコはつくづくアジュアの弟子だなぁって思い知らされるよ」
呆れたように言いながらも、クロは虚空に手を突っ込むと、赤い液体の入った小瓶を引き出し、慣れた手付きでチュータックスの膨れ上がった顔に、その中身を振りかける。
途端、みるみるチュータックスの顔が復元されて行く。
ババア特製の――即死でなければ、たいていの外傷は治せるという霊薬だ。
「あ、あれ……」
不思議そうに呟いたチュータックスに、俺は再び無言の乱打を再開する。
ババア仕込みの対話術だ。
これを三回も繰り返せば、どんなに口の堅いヤツでも、素直になんでも話してくれるイイ子になる。
こいつは性根が腐ってやがるから、真人間に戻す為にも、念には念を入れて五回ほど繰り返した。
チュータックスの心がすっかり折れ砕けて、ぐすぐすと涙を流すだけになった頃、俺はヤツの前髪を掴んで顔を寄せる。
「ひぃ……」
よしよし、しっかり
「なあ、チュータックス。ここで選択の時間だ」
にやりと笑みを浮かべれば、すでに心がへし折れているチュータックスは――
「はいぃ……何でも言うこと聞きます! だから殺さないでぇ……」
内容も聞かずに何度も頷いた。
「まあ急くな。これはおまえにとっても良い話になるはずだぞ?」
「……へ?」
そうして俺は、今後の事を考えて思いついた策を切り出す。
すっかりイイ子なチュータックスは、その提案に即座に応じてくれた。
「ふむ。では、次はあのハゲだな」
俺は上下逆さまな奇妙なオブジェとなったままの、ハゲ男に視線を巡らせる。
ヤツは元傭兵などとうそぶいてたから、チュータックスより念入りにおはなししないとな。
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