第1話 10
子供達を抱え、俺は農道を駆け抜けた。
ダグ先生とマチネが顔を真っ青にして俺の頭にしがみつく中。
「すご~い! アルお兄ちゃんすんご~いっ! ロバよりはや~い!」
左脇に抱え込んだシーニャは、きゃっきゃと手を叩いて歓声をあげている。
本気で走ってる今、馬より速い自身があるのだが、村ではロバより速い乗り物がないだろうからな。
「――あっ! アルお兄ちゃん! リディアお姉ちゃんがっ!!」
ルシオも怖がる様子を見せずに、見え始めた領主屋敷を指差す。
狩人のロディの息子だけあって、目が良いのだろうか。
俺には黒い点が動いているようにしか見えなかったから、魔道を目に通して視力を強化する。
途端、屋敷の前に停められた馬車に向かって、金髪の優男とぐったりしたリディアを抱えたハゲた大男が屋敷から出てくるのが見えた。
「――飛ばすぞ。しっかりとしがみつけ」
ダグ先生とマチネに一声かけて、俺はさらに加速する。
「――う、うえぇぇぇっ!?」
「口を閉じろ、舌を噛む!」
背後で地面が抉れて土柱が上がった。
景色が飛ぶように流れ、屋敷の門の辺りに辿り着いた時には、ハゲ男がリディアを馬車に押し込み、優男もまた馬車に乗り込もうとしているところだった。
駆けて来た勢いを乗せて、宙に跳び上がる。
「――死ねっ!!」
小型の魔獣なら即死させられる、必殺の飛び蹴りだ。
狙いは暴力担当と思しき、体格の良いハゲ男。
俺自身と子供達の体重を乗せた一撃は、的確にハゲ男の脇腹に突き刺さり――
「うおおおおぉぉぉぉ――――っ!?」
ハゲは驚愕の声を上げて地面を転がって行った。
あのハゲ、思ったより頑丈だな。骨くらい砕いてやるつもりだったんだが、魔法による身体強化なのか、そこまで深手を負わせられなかった。
「――き、きさっ――ぶふぅっ!?」
優男がなにか言いかけたようだが、顔面に裏拳を叩き込んで黙らせる。
鼻から盛大に血を噴き出しながら、ハゲの方へ飛んでいく優男。
「……兄ちゃん、紳士はまず話し合いじゃなかったのかよ?」
俺の身体から飛び降り、ふらつきながらダグ先生が訊ねてくる。
「女子供の危機を救うのもまた、紳士の役目だと俺は師から叩き込まれた」
「――な、なるほど」
子供達を手早く地面に下ろす間にも、ダグ先生は馬車に乗せられたリディアを助け出そうとしてくれる。
やはりダグ先生は頼りになる。
「アルお兄ちゃん……」
不安そうなマチネの頭を撫でて。
「マチネもリディアや年少組を頼む」
「うん!」
そうして俺は、屋敷の前まで転がって行った無頼漢ふたりの前に立つ。
「――き、貴様っ! 何者だっ!? この俺がチュータックス子爵だと知っての狼藉だろうなっ!?」
血が溢れる鼻を押さえながら、優男が叫んだ。
年齢からいって、どうやらチュータックス家は代替わりしたようだな。
俺の知っている子爵は、バートニー男爵より一回り年上で、人の好い人格者だった。
「爵位を盾にするとは、わかりやすい奴だ」
俺は拳を鳴らしながら、チュータックスを嘲笑する。
「――ダグ先生! こういう時、庶民はなんと言う?
確か低能を煽るような良い言葉があったと思うんだが……」
幼馴染が昔、領民の子に教えられたとかで、事あるたびに口にしていたはずなんだが、幼い頃過ぎて思い出せない。
「て、低能だとっ!? 貴様、名を! 名を名乗れ! おかしな仮面で顔を隠しやがって!
――噂では貴族と聞いたが、どこの家の者だ!?」
チュータックスが俺を指差しながら、金切り声をあげる。
「俺か? 俺はアル。見ての通り、このバートニー村で世話になってる……今は雑務手伝いだな」
応える間にも、子供達はリディアを馬車から降ろし終えたようだ。
リディアはぐったりとして、マチネとルシオに抱えられ、馬車の向こうまで運ばれて行く。
「雑務手伝いだと!? 貴族ではないのかっ!? 下賤の者が俺に手をあげただと!?
――クソクソクソっ! 赦さん! 赦さんぞっ!!」
……呆れるな。たかが子爵ごときで、ここまで傲慢になれるものなのか。
「――ジョニス! アレを出せ! このクズに貴族を怒らせた事を後悔させてやれ!」
チュータックスがハゲに叫ぶ。
「良いのかよ? 騒ぎは起こしたくねえんじゃなかったか?」
「この俺にっ! この高貴な俺に、血を流させた下民を赦しておけるものかっ!」
地団駄まで踏んで声を荒げるチュータックス。
その間にも。
「――兄ちゃん、お待たせ! こういう時はさ、こう言うんだ」
俺に駆け寄って来たダグ先生は、俺の背に跳び乗って耳打ちする。
「む? 俺の知っているのと違うような気がするが……」
「オイラを信じろって! こっちのが絶対、効果的だから!」
それだけ告げて、ダグ先生はリディア達の元へと駆けて行く。
「ふむ。わかった」
ダグ先生がそう言うのなら、きっとそうなのだろう。
俺が選ぶ言葉は、どうせいつも間違っているからな。
「貴様らに聞かせる、良い言葉を教えてもらったぞ」
俺は連中に指を突きつけて、覚えたばかりの言葉を放つ。
「――俺のオンナに手を出すんじゃねえ、ゲス野郎!」
瞬間、チュータックスの顔が真っ赤に染まった。
「――ジョニースッ! このゴミを殺せええぇぇぇぇ!!」
さすがダグ先生!
効果は抜群だ!
ハゲ男が野卑な笑みを浮かべて、チュータックスから距離を取る。
「てめえに恨みはねえが――いや、あったな? オレに蹴りを入れた恨みがあったな?」
「あ? 忘れていたのか? さては貴様、見た目通り頭が悪いな? 髪だけではなく、中身までツルツルのようだ」
そう嘲笑ってやれば、ハゲ男もまた浅黒い顔を赤く染め、いまやどす黒い顔色で俺を睨んだ。
「ぶっ殺す! ぐっちゃぐちゃに潰してやる!」
唾を飛ばして怒鳴りながら、ハゲは胸の前で左手を拳に握る。
その中指には魔道刻印が刻まれた漆黒の指輪が嵌められていて。
「――来たれ! <兵騎>!!」
その喚起詞に応じて、ハゲ男の背後で魔芒陣が開き、五メートルほどの寸胴短足な巨大甲冑が転送されてくる。
俺は舌打ちしながら、後方へ跳んで距離を取った。
「貴様、傭兵かなにかか? それは管理外品だろう?」
現れた兵騎の外装は、ローダイン王国のそれとは異なっていた。
兵騎は古代遺跡などから発掘される、強大な戦力である為、基本的に国が一括管理している。
その外装は、王城の鍛冶錬金工房で組み上げられる制式外装で統一されている為、今、目の前に現れた騎体のように、見たことのない外装をしている場合はすぐに管理外騎体だとわかるのだ。
鋭い棘が無数に生えた
頭部に生えたたてがみは毒々しい赤紫で、モヒカンのように逆立っている。
「――おうよ! 先のアグルス戦役で<狂狼>と敵味方に恐れられたのは、オレの事よ!」
その名乗りに、俺は鼻を鳴らす。
アグルス戦役というのは、十年ほど前に隣国アグルス帝国が仕掛けてきた侵略戦争の事だ。
王太子であった父上が出陣し、儚くなられた戦でもある。
「……<狂狼>、な……」
呟く間ににも、ハゲ男は兵騎の開いた胸部装甲から、
装甲が閉じられ、兵騎の仮面に空いた、六つのスリットの奥に緑色の輝きが灯る。
「……奇遇だな。俺もまったく同じ名を持つ方を知っているのだが……」
その名を騙る以上、俺は奴を容赦するわけにはいかない。
『――なにをごちゃごちゃ言ってやがる!?
おめえは今からムシケラみてえに潰されんだよ!』
まるで見せつけるように、兵騎が拳を振り上げる。
「――兄ちゃんっ!!」
ダグ先生の悲鳴が背後から聞こえた。
「フ――できると良いな……」
俺はその巨大な拳を見上げながら呟き、胸の前で拳を握る。
「偽物に見せてやろう。本物の<狂狼>の力を!」
胸の奥の魔道器官から全身に魔動を巡らせ、湧き出す
「――
瞬間、俺の唄に応じて仮面の双眸が輝きを放ち、世界が――この身が……書き換えられる――
瞬間、兵騎の拳が降り注いだ。
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