第1話 5
翌日にはすっかり全快した俺は、リディアとダグ先生と共に村人達に挨拶をして回った。
行くあても目的もないからな。
しばらくはリディアの家――領主屋敷で世話になると告げると、村人達は意外なほどすんなり受け入れてくれた。
どうやらダグ先生が、例の創作物語――身分違いの恋とかいうアレを触れ回ってくれたらしい。
初めは否定していたリディアだったが、誰しもが『照れているだけ』と認識するから途中で諦めたようだ。
俺はというと、下手に口を開くとせっかく好意的な村人達に不快感を与えてしまいそうだから、会話はリディアとダグ先生に任せて、相槌を打つのに留めていたんだ。
そんな風に村の家々を周り、やがて長老のひとりだという老婦人の家にやって来たんだが――
「――アンタ、その変なお面は取れねの? リディアお嬢様をオトしだ色男の顔っこば見せでけへ」
領訛りのキツイ老婦人のひとりに訊ねられ、さすがに困った。
ダグ先生もリディアも説明できない事だったから、俺自身で答えないといけない。
よく言葉を吟味して。
「……ご婦人、申し訳ない。この仮面は故あって外れないんだ」
我ながらうまく答えられたと思う。
「んだの? 触ってみでもえが?」
「ああ。どうぞ」
老婦人に顔を突き出せば。
「へば――よいしょっ!」
「――うおっ!?」
彼女は老人とは思えない力で思い切り引っ張って来て、俺はそのまま地面に倒れ込んだ。
「きゃあっ! でん――アルッ!?」
リディアが慌てて俺に駆け寄って助け起こした。
「わいは。お兄ちゃん、力ねぇな。そっただばダグさも負げるんでねが?」
老婦人はそう言って、俺の背中を叩く。
……痛かった。
「ご婦人こそ、すごい力だな」
「んなことねよ? や、オラんどはみぃんな、野良仕事してっからかもさねな」
「なるほど。ならば百姓はみな、騎士より強いかもしれないな」
真面目にそう思っての感想だったのだが。
「んなわげねべ! リィデアお嬢様、たげおもしぇえ兄ちゃんだな!」
と、老婦人は再び俺の背中を叩く。
「それより、ホントに取れねんだな? 呪いかなにがだな?」
呪いの魔道器というのは実在する。
冒険者が古代遺跡などで発見した魔道器であったり、犯罪目的の錬金法士の作品であったりと、その機能や用途は万別で様々な品が世に出回っているのだ。
どうやら老婦人はこの仮面も、そういったもののひとつと思ったようだ。
「ああ。タチの悪い魔女に呪われてしまってな」
と、俺は苦笑を漏らす。
ウソは言ってない。
元々はあのクソ野郎に魔道封じとして着けられたものだが、とある魔神ババアの手によって、この仮面はいまや別の意味を持った魔道器に変容を遂げている。
「とはいえ、周囲に害のあるものではないから安心して欲しい。
ご婦人が今試した通り、せいぜいが顔から剥がれない程度だ」
「それはそれでたげだな……」
訛りの意味がわからずにリディアを見る。
「それはそれで大変ですね――って意味です」
「いや、お気遣い痛み入る。
ともあれ、しばし村の世話になるので、力になれる事があれば声をかけて欲しい」
そう告げて頭を下げれば、リディアは驚いてオタオタしたものの。
「わいは。たげ丁寧だじゃ! もっと普通でえよ?」
「――すごく丁寧ですね。もっと普通にして良いんだよ、です」
再びリディアが通訳してくれて。
「あ、ああ。どうも俺は口下手でな。今、その『普通』というのをダグ先生に教わっているところだ」
「そうだぜ。オイラは姉ちゃんから本借りて読んでるから、中央言葉も喋れるからな。
だからシノ
「わいっ! ダグがセンセてが! うだでな!
わりぃ事しかへるんでねよ?」
と、シノ婆と呼ばれた老婦人は、ダグ先生の栗色頭を撫で回して笑う。
そんな様子にリディアも口元に手を当てて笑い出し、けれどすぐに首を傾げる俺に気づいて、通訳してくれた。
「……シノお
ダグくん、けっこうやんちゃなので」
「なるほど」
だが、子供など大なり小なりやんちゃなものだろう。
俺だって子供の頃は、あいつと一緒に結構、無茶な事をしたものだ。
「オラはシノってなめっこだ。ご婦人だの呼ばれだらめぐせぇはんで、シノ婆とでも呼んでけへ」
そう言って、シノ婆は右手を差し出してきた。
「シノって名前だから、ご婦人と呼ばずにシノ婆とでも呼んで欲しいそうです。恥ずかしいそうですよ」
「あ、ああ。すまない。では、シノ婆。俺の事はアルと呼んでくれ」
リディアの通訳を受けて名乗りを返し、俺はシノ婆の右手を握る。
「オラぁ、薬師やってらはんで、いる時は喋ってけれな?」
「――薬師なので、必要な時は教えて欲しい、と」
「それはすごいな! とはいえ、ご婦人の脚では薬草集めも大変だろう?
俺も薬草には多少知識がある。必要な薬草があったら、声をかけてくれ。採取しに行こう」
あのババアが庵の側で栽培していたからな。
用途も教えられたし、目利きくらいはできるように仕込まれたんだ。
「せばだば、そんときゃめやぐかげるな」
「そうしたら、その時は頼む、だそうです」
「ああ、任せてくれ!」
目的もなく外に放り出された現在、仕事は必要だからな。
農村にどんな職業があり、俺になにができるかはわからないが、村人の手伝いくらいはすべきだろう。
そうして俺達はシノ婆の家を後にして、それからさらに数軒を挨拶して周った。
リディアとダグ先生の取りなしもあってか、村人達への印象は悪くないと思う。
――どうだ、クロ! 俺だってやればできるんだ!
内心でガッツポーズしつつも、うまく行くと欲が出るのが人間だ。
「……ダグ先生、リディア。頼みがある」
屋敷への帰り道、俺の呼びかけにふたりが振り返る。
「俺にバートニー訛りを教えて欲しい」
「へっ!? ア、アル!?」
リディアが戸惑うのは当然と言えば当然か。
王族の俺が庶民の――しかも地方の言葉を覚えようと言うんだからな。
だが、今の俺はその座を追われた庶民だ。
「いつまでもふたりに通訳をしてもらうワケにも行かないだろう?
――なにより……」
村を振り返れば、口元に笑みが浮かぶ。
「こんな怪しい男を受け入れてくれたんだ。俺もはやくみんなに馴染みたいのだ」
見た目もそうだが、村人達は俺が多少言葉をトチっても、笑って赦してくれた。
貴族達のように裏表があるわけでもなく。
ただ純粋に、口下手な仕方のない男の間違いとして、流してくれたんだ。
……その素朴な優しさが嬉しかった。
「よぉっし、任せとけ! オイラは長老達とも喋れるプロだからな! ビシバシ教えてやるぜ!」
「あはは……わたしは、シノお
リディアが挙げた御老ふたりを思い出す。
「ならばダグ先生、よろしく頼む」
「せば、しかへでやるがな!」
と、ダグ先生はさっそく、バートニー訛りを披露し始める。
俺達は屋敷までの帰り道を、バートニー訛りで語り合いながら帰った。
――こうして、俺のバートニー村生活が始まったのだ。
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