第3話 サルの温泉
友達との待ち合わせ時間に行くと、彼女はすでに待っていた。
いつも、
「時間きっちりで行く」
というゆいかであったが、彼女の方は、
「約束よりも絶対に先にいく」
ということを信条としているので、結果はいつも同じであった。
「待つのは彼女の方で、ゆいかは、自分が待たせる方だ」
ということであった。
だから、この状況は最初から分かっていたことであって、
「安定の待ち合わせ」
ということで、
「遅れることさえなければ、それでいい」
ということであった。
だから、彼女は、すぐに立ち上がり、一緒に女将から聴いていた、
「野生動物の湯」
とでもいっていいのか、その場所にゆっくりと歩いて行ったのだ。
二人の間で、暗黙の了解として、
「野生動物の湯」
という言葉が定着したが、これは、二人にとって、同じであり、お互いに、ツーカーの仲ということであった。
さすがに、こっちの湯には誰も来ておらず、ゆっくりと浸かることができた。
向こうでは、人間が入ってきたのに、まったく動じることもなく、二匹の猿が、まるで人間様であるかのようにい、ゆっくりと温泉に浸かっていたのだ。
「かわいいわね」
と友達は、いかにも、頬の筋肉を緩めて喜んでいる。
「ええ、そうね」
と、相槌を打ったが、その様子は、少し味気ないように見えるかも知れないが、これは二人の間での、こちらも、
「暗黙の了解」
であり、お互いに、気まずくもなく、当たり前のことだったのだ。
それは、
「サルが人間に驚くこともなく、温泉に浸かっている」
という光景と同じで、一切の違和感はない。
それを思うと、
「温泉に浸かるサル」
という題材で、
「何か小説が書けるのではないか?」
と考えた。
それは、温泉というものが、人間だけでなく、動物にも効能があり、人間が動物のための、
「湯治場」
を作ってあけたことが、まるで、
「美談」
とように見えるというのが、素晴らしい気がしたのであった。
それを思うと、
「この二匹の猿は、本当に幸せ者だな」
と、感じたが、
「他にもどんな幸せ者がいるのか?」
ということを想像すると、
「何度もここに入ってみたいな」
と思うようになった。
最初は、
「一度でいいや」
と感じていたのがまるでウソのように感じられ、
「温泉というのが、本当に素晴らしい」
と思うのだった。
動物が見える温泉は、あまり広いところではなかった。
「思ったよりも、小さいわね」
と友達がいうので、
「そうね、でも、動物が湯治に来るところなので、動物中心じゃないのかしら?」
と、ゆいかはいった。
友達も頷きながら、
「そうね、あんまりたくさんの人がきて、動物を脅かすようであれば、動物もせっかくの温泉を利用しなくなるかも知れないものね」
ということであった。
だから、まだ、他の団体が来ていないということもあって、まだ静かな宿であったが、これが他の客がくれば、相当賑やかになるであろうことは、ゆいかにも友達にも想像できたのだ。
だが、宿としても、団体客は神様みたいなもので、特に、最近になって、パンデミックからやっと立ち直るための客が動き出したことは、ありがたいことなのであろう。
「この宿は、外人が来ないということで、安心できるところらしいのよ」
と友達が言った。
友達は、旅行の運営委員の一人なので、そのあたりの情報は掴んでいた。
彼女は、今回の運営委員に自分から立候補したのだ。
「どうして、自分からやろうと思ったの?」
と聞くと、
「だって、これからやっと旅行とか行けるようになるわけじゃない。結局またいろいろと調べなければいけないということになるのに、自分でプライベートで調べなければいけないわけでしょう? だったら、会社の行事として調べるのだから、後で、運営委員として感謝されたりすることを思えば、どうせということであるなら、運営委員で調べた方がいいに決まっているわよね」
というのであった。
それを考えると、ゆいかも、
「なるほど」
と感じるのだった。
ゆいかも、
「うまいな」
と感じた。
自分が同じ立場なら考えるかも知れないが、そのためには、自分で、
「その立場になった時、どういうことになるか?」
ということを理解する必要がある。
どちらにしても、最終的には、
「損得勘定」
なのである。
損得勘定のために、人間というのは動くのだから、それをしっかり判断できるようになる必要がある。
友達は、
「それを今実践しようとしているということにあるのだ」
と考えているに違いない。
特に、友達は、
「わがままなところがある」
といってもいいだろう。
わがままを少々口にしても、人から睨まれないようにするには、
「人が嫌がることでもしないといけない」
ということになる。
どうせ、そうであれば、
「損得勘定から、得な方を選べばいいに決まっている」
ということである。
彼女は、今回の旅行で、一番の優先順位として、
「外人と一緒になるのは嫌だ」
と考えていた。
それは、
「好きでもない相手に、無理矢理に抱かれる」
というくらいに嫌だというのだ。
「あいつらは、日本の風俗習慣を知らずにやってきて、好き放題だ」
と思っているのだ。
特に、某国の国民に対してひどい思いを抱いていて、それが感情に膨れているのであった。
ゆいかも、基本的に外人は嫌いだった。
一度、学生時代にその時の友達とどこかの観光地に旅行に行った時、変な外人に付きまとわれて、嫌な思いをしたことがあった。それを思い出すと今でも気持ち悪く、
「ヘドが出る」
と思うくらいだった。
親友もそのことは知っているので、ゆいかの前で、露骨に、
「外人は嫌いだ」
といっても、嫌われることはなかった。
ただ、今回の旅行で、友達が主張する。
「外人がいるところは嫌だ」
という主張が通ったというのは、それだけ、
「彼女が今回の旅行で、自分の主張が通るくらいに、力を持っている」
ということなのか?
それとも、
「委員の連中が皆、同じように外人が嫌いだ」
と感じているのか?
そのどちらかなのか、それとも、どちらもなのかなのではないだろうか?
どちらにしても、そもそも、外人が街で横行しているのは、気分のいいものではない。言葉もまともに分かりもしないくせに、レジにいると考えただけでも、おかしなことではないか。
政府が、
「金になる」
というだけで外人を雇っていて、しかも、そんな外人どもを雇うことで、補助金が政府から出るという。
バカげているとしか思えない。
補助金だって、元は税金ではないか。我々の国民全員の金のくせに、政府はまるで、自分たちの金のように言っているが、そもそも、そこが間違いなのである。
だから、彼女がいうには、
「この旅館では、団体旅行を申し込んだところには、
「従業員に外人がいるかどうか」
を聴いているという。
それでいると言えば、
「丁重にお断りする」
ということであったので、今回の旅行に、外人が入ることはないだろう。
ただ、ハーフやクオータだけはどうしようもないという。
「そこはしょうがないわな」
と友達はいっていて、そこに関しては、会社側も、
「しょうがないか」
ということであった。
そういえば、この会社、本社としても、結構な人数だが、外人がいない。
もちろん、
「外人だから雇わない」
というのは、公然とはできないが、ちゃんとした面接で決めるのだから、
「面接で落とした」
ということにすれば、何とでもなるだろう。
いい悪いは別にして、
「一種の、攘夷の会社だ」
といってもいいかも知れない。
「これだけ、外人ばかりを贔屓する会社ばかりなんだから、うちのような会社があってもいいではないか」
というのが、上層部の考えであろう。
実は、最近では、宿でも、こういうところが増えてきていると聞いていた。
というのは、
「最初こそ、政府のいうような外人優遇ということをしていると、今はどうか分かりませんが、最初の頃は、日本人のお客様と、トラブルが絶えなかったんです。しかも、施設を平気で汚されたりしていたので、本当に困っていたんですよ」
というではないか。
それを考えると、
「私どもも商売ですから、そんなひどいお客さんをシャットアウトする必要があって、大っぴらにはできないとも思ったんですが、制限せざるを得ないと思っているんですよ」
ということであった。
だから、この宿に来る人も、宿の人も、基本的に、
「政府のやり方」
あるいは、
「政府自体」
に嫌悪感を感じている人ばかりだったようだ。
「インバウンド」
などといって、よく政府は、外人の労働力と、あいつらが落としていく金を当てにしているようで、しかも、それをマスゴミどもが煽っている。
実情を知らない人は、
「ああ、外国人ってありがたいんだ」
というお花畑的発想をしているようだが、一歩間違うと、
「日本の土地を、どんどん外人に買われている」
ということで、密かに問題になっているが、そんなことを、マスゴミも話題にしない。
ワイドショーなどでやっている、
「時事討論」
などの番組で、誰も問題にしようとしない。
それは、まるで、
「話してはいけない」
ということのようだ。
それを思うと、
「苛立ちしかない」
といえるだろう。
今年になって、
「パンデミックが収まってきた」
ということで、また、
「外人観光客が増えつつあるが、日本の将来がまた危機にさらされる」
日本は侵略されていることを分かっていないのは、政府やあマスゴミだけではないだろうか?
いや、分かっているが、目の前の金や利権だけを考えて、
「どうせ、日本の未来なんか、知ったことか」
とばかりに、自分の代でおかしくならなければいいとしか思っていないのかも知れないのだ。
そんなことを考えていると、今回の旅行はありがたかった。
それは、皆同じことのようだった。
そんなことを考えながら、ボーっと動物が無邪気に温泉に入っているのを見ているだけで、癒されてきた。
本当に慣れているのか、サルが、温泉に浸かって、身繕いをしたりしている姿は、実に可愛いものだった。
あんまり見詰めていると、
「さすがにのぼせるわね」
と友達が言いだしたので、ゆいかも、自分の身体が火照ってきているのを感じた。
「そうね。そろそろ上がりましょうか?」
といって、温泉から上がると、二人は身体が思った以上に熱を持っていることにビックリした。
それでも、ここの温泉の効果なのか、必要以上に、熱くなっているわけでもない。
「大丈夫?」
と聞かれて。
「ええ」
と答えたが、
実際には、
「少し、きついかな?」
と思った。
ロビーで、軽くお茶を買って飲んだのだが、これがまたおいしい。
ゆいかは、牛乳が苦手だったので、お茶にしたのだが、正解だったと思っている。
そのお茶というのは、このあたりのオリジナルのお茶のようだった。
「このあたりは、実はお茶も有名なのよ。で、ペットボトルのお茶も、このあたりで生産しているようで、今では、ネット通販などで、全国で注文可能らしいのよ。結構な売り上げがあるというのを、聴いたことがあるわ」
と友達が言っているのを聞いて、ゆいかも頷いた。
お茶を飲んで、一度部屋に帰って、後は宴会まで、ゆっくりすることにした。
「軽く、仮眠できるくらいの時間かしらね」
と、時間的には、三十分はあるということなので、ちょうどいいと思ったので、
部屋に入って、座布団を枕にして、すでに数人が眠っているようだった。どうやら、アラームを掛けているのか、それとも、宴会時間になれば、誰かが呼びに来る手筈になっているのか、皆安心して寝ているのであった。
それを見たゆいかも、安心して、自分も他の人と同じように、早速川の字になった。座布団は、床の間のところに結構余裕な数が置いてある。それを枕に、浴衣の上から羽織るものを掛布団にして、ゆいかは、眠りについたのだ。
「三十分という時間は、仮眠には、ちょうどいいくらいの時間なのだろう」
ということであった。
横になったゆいかは、あっという間に眠りについたようだ。
夢の中で、さっきのサルが出てきて、温泉に浸かっている。先ほどの状況とほぼ同じ夢であったが、夢の中で、
「こんなにも、リアルと同じシチュエーションの夢って、見るものなのかしらね」
と感じたのだ。
実際に、そんな夢を見るということを考えると、
「夢って面白いものだ」
と感じ。この夢に、
「何か意味があるのでは?」
と思った。
そして夢を見ていると、その理由が分かってきた気がしてきたのだった。
夢の中のサルと、目が合った。
「そういえば、さっきのサルとも目があった気がしたな」
と思ったのだが、その時、以前聞いた話を思い出した。
それは、動物園の猿山などのことであるが、
ああいうところは、放し飼いのようにしていて、よく客の食べているものを、サルが、すっと手から奪うということをきいたことがあった。
それだけではなく、言われることとすれば、
「サルと目を合わせてはいけない」
ということであった。
理由は、
「襲ってくるから」
というものであったが、
「それなら、なぜ、最初から柵を張り巡らしたりして、危険を防止しないんだ?」
と思ったが、そこに触れるつもりはなかった。
「危険なら、自分が近づかなければいいんだ」
と感じたからだ。
食べ物を取られるくらいは可愛いものでケガでもさせられれば、誰が責任を取るというのだろう。
そういう意味で、この温泉は、危険はまったくなかった。ガラス張りのところで守られているので、余計にそう感じた。
何と言っても、向こうは野生のサルなのだ。動物園などで飼われているサルなのだ。
それを思うと、普通なら、
「危険極まりない」
ということも、厳重なガラス張りでは、別に意識することもないだろう。
あまり危険がないということで、こちらも安心している。
サルの方も、人間が安心しているのを見ると安心しているのか、怯えている様子がまったくない
それは、サル山のサルとはまったく違っていて、特に、
「無効は集団」
こっちのサルは、
「いるとしても、数匹で、家族なんだろうな」
と思わせる程度であった。
後から入ってきたサルは、子サルを連れていた。
「かわいいわね」
と友達はいったが、考えてみれば、
「もし、子ザルに何かあれば、親サルは必至になって、抵抗を試みたりして、一番危険な状態になるんだろうな」
と、ゆいかは考えた。
ゆいかという女の子は、そういうことを考えるタイプで、必要以上のことを考えるタイプではないが、他の人と少し違う視点から考えることが多いが、それは、いつも的を得ている考え方であった。
友達は、それを熟知していて、
「大学時代の友達と、今の友達くらいしか、そのことを知っている人はいないだろうな」
と思っていた。
会社では、ゆいかのことを、それほど見ている人がいるわけでもなかった。
ゆいかは、あまり目立つ方ではなく、それは作為的に目立たないようにしているからで、それだけ嫌われるということを嫌だったのだが、最近ではそうではなく、
「ただ単に、人と関わることが嫌だ」
ということだったに違いない。
そんなことを考えていると、
「私も、外人が嫌いだという友達の気持ちもよく分かる気がするわ」
ということであった。
外人というのは、
「とにかく、なれなれしい」
としか思わない。
「
「明るくて、社交的だ」
というのは、
「実に都合のいい考え方だ」
ということであった。
それを思うと、またしても、怒りがこみあげてくるのを感じたのだった。
「いやいや、せっかく、サルを見て癒されたのだから、外人なんて、考えることはないんだ」
ということであった。
眠っているうちに、先ほどのサルが出てきた、
サルはこっちを見つめている。前に聴いた、
「目を合わせてはいけない」
という意識は夢の中ではなかった。
サルの目は、実に澄んでいて、潤んでいるようにさえ思えるのだ。
癒しというのか、何かをうったえているように思える。何をうったえているのかは分からないが、その気持ちが分かるのは、気が付けば自分の視線が、サルから目を離せなくなってしまったからだ、
「ひょっとして、サルも私の視線に何かの訴えを感じているのかも知れないわ」
と感じたほどだった。
そこには、友達もおらず、他のサルも人間も誰もいない。そこにいる二人はガラス越しに相手を見ている。
だが、それはあくまでも、顔が見えているだけで、その様子が、いかにも落ち着いた気分になっていた。
そんなことを感じると、いつの間にか、そこにガラスはなくなっていた。
まるで、ゆいかの気持ちを代弁しているようなっシチュエーションに、
「これは夢なんだ」
ということが分かるのだった。
相手がサルだという感覚が薄れてきた。
そこにいるのは、まるでペットの犬と一緒にいるかのような感覚である。
ゆいかは、実家に帰ると、家で犬を飼っていた。しかも、田舎は本当に田舎であり、野かもあれば、牛や豚などを飼っている家畜農家も結構あるのだ。
「家畜農家というと、なかなか今では見ることはできない」
と思っていた。
何といっても、その異臭は慣れている人であっても、そう簡単に耐えられるものでもない。
それを思うと、家畜というもの、嫌いになるものなのだろうが、ゆいかはそうでもなかった。
実家が、
「畜産農家だ」
というわけではないので、そう感じるのかも知れないが。、
「家畜というのは、本当にかわいい」
と感じていた。
一般的に、
「豚って臭いし、汚い」
と思われがちだが、
「実際には綺麗好きなんだよ」
という話は、昔からよく聞いたものだった。
牛にしても、あのつぶらな目は、じっと見ていても飽きない。確かに牛小屋というと、どうしても、
「田舎の象徴」
という雰囲気があり、その汚さは、
「群を抜いている」
といってもいいくらいなのかも知れないが、それも仕方のないことなのかも知れない。
そんなことを考えていると、
「家畜って、本当にいいな」
と思うようになっていた。
家畜やペットを見ていると、次第に、その差がよく分からなくなってきて、
「目を合わせることが、決して悪いことではない」
と思うようになってきた。
しかし、一番の問題は、
「家畜というのは、最終的に、食料になるために飼われている」
ということであった。
だから、
「どんなに可愛い」
と思ったとしても、最終的には、食用として売られてしまい、気の毒なことになる。
それこそ、童謡にある、
「ドナドナ」
というのを思い出し、
「子牛を載せて、荷馬車が揺れる」
という歌詞がメロディに乗せて聞こえてくるのを感じるのだった。
ゆいかは、先ほどのサルと目が遭ってから、どうしたのだろう?」
気が付けば目が覚めていた。
その時感じたのが、
「夢の続きを見続けたかった」
と感じることだが、それは、
「まるで、そのサルが自分の子供のように思えて、抱きかかえてあげると、サルが安心して、そのまま眠りについている姿が思い浮かんでくるのが印象的だった」
あれが夢の中でのことだったら、どれだけいいか?
とそんな風に思うのだった。
そもそも、
「夢というのは、いい夢は憶えていることはない」
と感じるもので、
「嫌な夢。怖い夢ほど覚えているものなのだ」
と感じているのだった。
今でも、夢を見る時、
「怖い夢しか覚えていない」
というのは、どこか悲しかった。
「楽しい夢を見たはずなのに」
と感じるくせに、それ以上を思い出せないのは、
「思い出したくない」
ということからなのか、
「思い出すことによって、何か都合が悪いのか?」
ということを考えると、
「夢って、都合よくはいかないくせに、自分の知らないところで、都合よくできているのかも知れないな」
ということであった。
だから、精神的に、きついと思える時は、
「なるべく、夢は見たくない」
と感じるのであった。
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