第39話「ささくれ」(2024/7/24)

「もしもし、お袋?」

「もしもし。拓弥たくやの方から電話だなんて、珍しいね。元気にやれてるかい?」

「ああ」

 先日、米寿を迎えた母親からの心配そうな問いかけに、精一杯の虚勢を張って答える。


「仕事は順調かい?」

「もちろん。もうすぐ出世できそうなんだ」

「まあ、すごいねえ。あんたは昔から真面目で優しかったものねえ」

 上京する前の、高校時代までの記憶で止まっている息子の性格。拓弥は、母親には見えない苦笑いを浮かべた。


「ちゃんとご飯食べてるかい?」

「ああ……。大丈夫だって言いたくて電話したんだ」

「そうだったのかい。いい子に育って母さんは嬉しいよ」

「しばらく仕事が忙しくなるから電話できなくなるけど……心配しないでくれ」

「無理はするんじゃないよ」

 拓弥は「ああ。それじゃ」と通話を切った。


「思い残すことはないか?」

「ああ……待ってもらってすまなかった、兄貴」

「舎弟の最後の頼みだからな。だが、今この時を持って。俺は兄貴じゃない」

 "兄貴"は拓弥に銃口を向けた。

「ケジメはケジメだ」

「分かってる」


 拓弥は親指にできたささくれに触れた。母に嘘を吐く度にできた、ささくれ。

 兄貴の指にも、同じささくれができていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る