第5話「クーポン券」(2024/6/20)

 ドラッグストアで会計時に財布を開くと、いつ仕舞ったかも思い出せないクーポン券に気づいた。この店のもので、日用品なら10%、医薬品なら15%オフになる。使えれば、の話だが。

 有効期限を見ると、1カ月前に切れてしまっていた。

 【損をした】。そういう気分になるのはなんでだろう。もともと支払うべき金額を割り増しされたわけでもないのに。クーポン券を使えば【得をする】けど、使わなければ何も変わらない、つまりは【得も損もしない】だけなのに。


「お客様、どうかされましたか?」


 店員に声をかけられて、はっとする。商品のスキャンと会計提示という店員の仕事は終わって、私がお金を出すフローに入ったというのに、ぼうっとしていた。次に並んでいる老人が舌打ちをし、その後ろの若い男性も足を踏み鳴らしている。さらにその列に主婦が加わって、あっという間に行列になる。

 その殺伐とした空気に触れたせいか、店員はすかさずレジ応援を要請した。


 私は急いで会計を済ませ、逃げるように店を出た。

 帰り際に、ただの紙くずになったクーポン券をゴミ箱に捨てた。

 存在を忘れられ、放置され、価値を失くした紙くず。


 私も同じ。この世界の紙くずだ。

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