第18話 スクールアイドル研究会:湯島真凜のステージ

 いよいよこの日が来てしまった……というのがウチの正直な気持ちだった。


 昨夜は遅くまで文化祭ステージのリハーサルを続けて、朝も早かったので寝不足のまま、ウチは清心女子高等学校の門をくぐった。そして目の前に羽山はやまの姿が見えて、ウチは一瞬、足を止めた。大きな映像機材を担いで今日の映像はもちろんのこと静止画スチールすら撮影することになっている彼の役割は今後のスクールアイドル研究会にとってとてつもなく大きい。


 彼にこんなにも仕事をさせているのは他でもない、ウチ自身だ。正直いってウチはもてる。モテモテだ。今でこそ金髪ギャル担当だが、髪は地毛だし、中学2年生までは清楚だった。羽山こと下僕1号も数多くいる取り巻きの1人に過ぎなかった。


 正直、認識すらしていなかった。


 しかし一体、取り巻きの連中はウチの何を見ているのかとあるとき疑問に思ったのだ。ウチは彼らになにか優しくしたこともないし、お菓子を作ってあげたこともない。何かで手を振ってあげたこともない。いわゆる塩対応なのになんで寄ってくるのかと考えるとそれはウチ自身の外見にあることは明白だった。


 うむ。それでは外見なんかで寄ってきた輩は振り落としてしまおうか。


 そう決意したのはある少女マンガに薫陶したからなのだが、それはまた別の話だ。中2の夏、私はギャルになった。


 周りは非常に驚いて離れる奴が続出し、その代わりに今までは寄ってこなかったような軽い連中が集まってきて、私はギャル化したことを後悔した。しかしながらギャル化と同時にSNSも始め、ずいぶんとネット上の人が集まってきて面白くも生ってきた。そんなときに力になってくれたのが、下僕1号の羽山と今も力になってくれている桜宮他2名だった。彼らはもともとの取り巻きではあったが、ギャル化してもついてきてくれた芯の強い連中だった。だから強く出ることもした。軽い連中はたいてい中身が伴っていなくて、SNS用の動画撮影でも何一つできなくてそのうち消えた。やはり自分の力のなさを実感して身の置き所を見つけられなかったからだろう。


 羽山は強く出ると女子にはNOと言えないタイプの男子だった。もちろん私以外にもそうなのであまり面白くはなかったが、夏のイメージ映像を撮影したとき、彼の才能の欠片を目の当たりにして驚いた。


 彼はギャル化した私の中に元の私の姿を、そして外見とは関係ない私自身の仕草や表情を引き出し、映像や静止画にしてくれた。


 この男はウチを見てくれている。


 そう結論づけるまでそう時間はかからなかった。いままでチヤホヤされていた自分にとって貴重な人材である。手放したくなかった。学校内でもイメージ映像は賞賛され、ウチ以外の映像を撮ろうという話も出たようだった。だが、ウチはそれを潰した。彼を自分のものにしたいからだと気付いたのはバレンタインデーの前のことだった。


 下僕どもにきちんと義理チョコくらいは渡さねばと張り切って作ったチョコだったが、羽山の分だけ、ちょっと特別なことをした。ホワイトのチョコペンでDEARと描いたのだ。だが、彼はそんなウチの気持ちを込めたメッセージに気付いてくれなかった。


 だから腹が立ち、更にこき使った。他の女の子にも静止画撮影などで声をかけられていたが、最小限に努めるよう、その子たちにプレッシャーをかけた。


 ウチは彼の才能を認めつつもそれを伸ばすのを邪魔してもいたのだ。その矛盾にウチは悩みつつも、中学3年生の時も彼を手の内に置き、映画まで撮った。


 しかし彼が自分で女の子とは関係のない映像を撮るという計画を聞いたとき、距離をとろうと決めた。きっかけは自分だったかもしれないが、彼は彼で自分の才能を伸ばそうとし始めたのだ。


 邪魔はしまい、とウチは清心女子高等学校に、羽山は公立の進学校に進み、一瞬だけ別れたのだが残念ながらウチの方が辛抱ならなかった。下僕が1人もいない学校生活が寂しすぎたから――と表向きには説明していたが、羽山がいないのが苦しすぎたからだ。


 そのときようやく、自分が羽山に恋をしているんだと気が付いた。そんなタイミングで翠ちゃんに声をかけられたので、1も2もなくその話に乗った。自慢ではないが歌もダンスもそれなりにできるのもあるが、アイドル、自分に合うではないかと思ったからだった。残念ながら、センターは早月ちゃんに持って行かれたがそれは仕方がない。彼女はセンターになるべくして生まれてきたような存在だ。それでいて自分が腹黒い自覚がある。いいキャラだった。


 そんなわけで試行錯誤しつつ、助っ人として彼の召喚を成功させ、この4ヶ月、再び彼をこき使ってきた。かなり満足だ。他のスクールアイドル研究会の女の子たちはそれぞれ好きな人がいるので安心だ。清心女子高等学校の他の生徒との接点はない。安心して下僕の放課後を独占し、悪い虫を寄せ付けずに済んだ。


 しかし彼の方はどう思っているのだろう。


 NOと言えないから、ウチのいうことだから、聞いているだけの気がしてならない。残念ながらウチは彼には高圧的であることに自覚があるのだ。


 私は勇気を出して重い荷物を担いで前を歩く下僕1号に声をかけた。


「おはよう、下僕1号! 遅刻せずに済んだな!」


 羽山は振り返り、ため息をついた。


「なんだ。湯島か」


「その言い方はないだろう? スクールアイドル真凜様を目にして、後光で目が潰れるくらいのリアクションがあってしかるべきだ」


「そんな元気ないよ……」


 羽山はとぼとぼと歩き出す。それはそうかもしれない。ダンス担当の榊原飛丸くんとプロジェクションマッピング担当の高梨勇気くんは夜遅くまでこの期に及んで喧々諤々だった。映像担当の羽山としては当然巻き込まれる。疲れもするだろう。


「そっか。重そうだな。少し持ってやるよ」


 ウチは彼からカメラバッグの1つを強引に奪い、肩から掛けると彼の左腕に自分の右腕を絡める。もちろんおっぱいも押しつける。Dカップは十分な大きさだと思うぞ。下僕1号。反応はどうだ?


 ウチが顔を上げて羽山の様子を窺うと予想通り真っ赤になっていた。


「ど……どういうつもりだよ」


「疲れ取れるだろ?」


「一部に元気を持って行かれるよ」


「それは嬉しいなあ。報酬の前払いだと思っておくれよ」


 彼の下半身の一部に目を向けると心なしか膨らんでいるように思われた。直接攻撃で女子として認識して貰った。よしよし。


 羽山は大学の講堂――ステージに向かい、ウチはスクールアイドル研究会のたまり場になっている家庭科室に向かうため、途中で別れる。


「無事終わったら文化祭デートするぞ!」


「オレ、編集しないでいいんだ? 湯島はすぐアップしたいんだろうと考えていたぞ」


「そこまでこき使う気はない。報酬も必要だしな」


「ギャルの中に仏」


 アホなことを言って羽山は講堂の方へ歩いて行った。私は腕を組んでいた分、彼の残り香を感じていた。制汗剤と男の子の匂いだ。心地よくはないが、悪く思えない。好きな人の匂いだからなのだろう。


「よっしゃ! がんばるぞ!」


 ウチは両手を挙げて気合いを入れ、校舎に向かって走って行った。



 

 ウチら9人、スクールアイドル研究会の出番は午前1回、午後1回の計2回だ。行動には200名近く入れるのだが、事前にチケットは総てなくなり、立ち見チケットを後で配り始めたくらいの人気ぶりだ。これも羽山が撮ってくれた映像を動画サイトにアップし、ウチがSNSで宣伝したお陰だと思っている。もちろん中身が伴わなければ意味がないので、他の8人のアイドルとしての『かわいらしさ』が1番の原動力であることは間違いない。


 出番が近づき、舞台袖に待機してこっそり客の入りを横の緞帳脇から見る。もう席はほぼ埋まっているし、大きなデジ一眼を持っている本気のアイドル好き男子の集団も見える。プレッシャーである。


 撮影スポットとして用意されている観客席中央のエリアには羽山が、後方上部にある放送室には高梨くんの姿が見える。一方、今日仕事がない助っ人男子たちは場内整理やチケットもぎをしてくれている。ステージが始まったら立ち見だ。


 一方、羽山とプロジェクションマッピング担当の高梨くんは本番中の本番だ。音響の東堂くんはまあ、責任はあるが一発というわけではなく、何度もリハーサルしているので大丈夫だろう。しかしプロジェクションマッピングは特に生ものだ。助っ人として連れてきた我らが会長、翠ちゃんも緊張しているのが分かる。


「絶対に成功させないとね……」


 翠ちゃんは声を震わせ、大いに緊張していた。なのでウチはいつもの通り軽口を叩く。


「伝統の清風祭ったって所詮、高校の文化祭よ。失敗しても午後リカバリーすればいいし、午後もダメだったら冬に向けてまたがんばりゃいいのさ」


 翠ちゃんはウチの顔を見て小さく頷いた。


「やっぱ真凜ちゃんにはかなわないなあ」


「何が?」


「スクールアイドル研究会のムードメーカーなだけあるよ」


「もしかしてさ、翠ちゃんが緊張してるのって、高梨くんのプロジェクションマッピングが失敗したらきっと彼が落ち込むから、なんて理由だったりしない?」


「うわ。どうして私にプレッシャーかけるかな!?」


 メインの蝶が舞うプロジェクションマッピングはセンターの早月ちゃんが被るのだ。確かに早月ちゃんがコケると皆コケる。


「ふふ。あいつはそんなにヤワじゃないよ」


 翠ちゃんは嬉しそうに笑った。これでいい。翠ちゃんらしい。緊張感はある程度は必要だが、行きすぎてはいけない。


「みんな、いいところを見せるぞ!」


 我らがリーダー西園寺さんが拳を握り固めて上に突き出す。いちいちイケメンムーブだ。私たちはその拳に向けて1人1人拳を握り固めて付き合わせていく。残念なことに未梨亜ちゃんは身長が足りなくて拳を突き合わせられなかったので、みんなで拳を下げる。


「やったー! できた!」


 未梨亜ちゃんの笑顔が私たちに勇気をくれる。


 前の出し物が終わり、舞台転換が行われる。緞帳が下がって舞台袖から観客席が見えなくなる。


 東堂くんは既に音響のテーブルについている。緞帳が下がった今は見えないので確認できないが、高梨くんや羽山もスタンバイ済みで、他の助っ人たちは講堂の1番後ろで立ち見をしているはずだ。


「西園寺さんの合図を確認したら、打ち合わせ通りいくからな」


 東堂くんが皆に言った。しかし頷いたのは早月ちゃんだけだ。みんなどうすれば良いのか、この瞬間だけは2人のものだと分かっているのだ。


「いくよ、みんな!」


 西園寺さんが小走りで舞台の上に走っていき、9人それぞれ、養生テープで記された自分の初期位置に着く。西園寺さんがゴーサインを出すと緞帳が上がっていき、スポットライトが9人に当てられる。東堂くんのプログラミングによるものだ。


 音楽が始まる。


 西園寺さんが作曲し、東堂くんが編曲したものだ。


 センターの早月ちゃんが立ち上がるのと同時に皆が立ち上がり、イントロが終わり、メインの旋律が始まる。


「僕らの中に今 夢は眠ってる 夢から覚めて 夢を現実にする」


 早月ちゃんが静かに歌い始める。


「それが僕らが持ってる パワーなんだ」


 翠ちゃんが歌声を重ね、ダンスが始まる。彼女のパワーがあって初めてスクールアイドル研究会の9人が集結したのだ。敬服するしかない。


「どうせできっこないさ かわいくなんてなれないさ」


 西園寺さんは目を観客席の奥に向ける。その先には柚木くんがいるのだろう。彼のお陰で『かわいい』を思いっきり考えさせられた。そしてイケメンだった西園寺さんは確かにかわいくなれたのだ。この4ヶ月の努力は無駄にはならなかった。


「戦ったって敵わないさ そんなネガティブ吹き飛ばし 僕らは今 立ち上がるんだ」


 未梨亜ちゃんが西園寺さんの前に回り込んで、しゃがみ込み、拳を握り固めて大きくジャンプして立ち上がる。


 小さいことをコンプレックスにしていた未梨亜ちゃんだが、スクールアイドル研究会で切磋琢磨して、身体が小さくても、いくらでも自分を表現できることを学んだ。それはこの歌唱力に現れている。大津くんのお陰に間違いなかった。


「泣いたっていいさ くじけたっていいさ 叫んだっていいさ」


 真子ちゃんが笑顔で続けて拳を振り上げる。一途な彼女は飛丸くんと一緒にいるためならなんだって受け入れて、前に進むのだろう。


「だけど僕らの中にある 夢はあきらめてないんだ」


 ミズキンが自分で作り上げた衣装を身にまとい、スカートの裾をなびかせ、跳び上がる。彼女の夢をカタチにするためには自らがアイドルになるしかなかった。その決断力と努力を継続する熱意をリスペクトする。しかしその力はきっと東くんが側にいたから化学反応が生じたに違いない。


「風に吹かれたって 嵐に見舞われたって ずぶ濡れになったって」


 中学生の時は不登校だったという彩愛ちゃんが今、このステージに立っているというのは感慨深い。まさにずぶ濡れになったって、こうして立っている。それは南風くんが彼女を、いや、彼女だけでなくスクールアイドル研究会の全員のフィジカルを支えてくれたから可能になったことだ。彼女が現実から逃げ出すことはもう決してないだろう。

 

「前に進もう 僕らの夢は 現実ここにしか無いんだ」


 悠里ちゃんは自分の作詞した歌詞を心を込めて歌っている。作詞したとき、彼女が何を考えていたか手に取るように分かる。今、彼女が日色くんと幸せなのはこのとき、前に進んだからなのだ。羨ましい。そして羨んでいるだけではダメだとウチは自分を叱咤する。


 そしてついにウチのパートがやってくる。


「立ち上がろう 今 歌とともに 力をこめよう 今、思いを込めて」


 ウチは観客席の真ん中に位置する撮影スポットで複数のビデオカメラを操る羽山に目を向ける。ビデオカメラのレンズではない。彼を見た。


 羽山。いろいろ悪かったよ。素直になれなかったウチが悪かった。本当のウチを見てくれた羽山に素直になれないんだからウチも相当ダメなオンナだよ。


 でもさ。午前中のステージが無事に終わったら、文化祭デートだからな。


 きっとお前に好きだって伝えるから。


 そう思いを込めて羽山に向かって歌声を届ける。


 そして早月ちゃんにパートが戻り、彼女のもとに皆集まり、しゃがみ込む。


 「蝶のように大空に舞い上がるんだ!」


  舞い上がるんだのタイミングでみんな立ち上がり、早月ちゃんは高梨くんが作ったプロジェクションマッピングで描かれた光の蝶が舞うのを目で追い、手を伸ばす。高く、高く、光を掴もうとして背伸びをする。


 正直、脇にいるウチですから眩しい。だから早月ちゃんはもっと眩しいはずだ。しかしそんなことをおくびにも出さず、彼女は光の蝶に手を伸ばし続ける。


 そして全員でのコーラスが始まる。


「伝えよう 君たちには今 僕らと同じ夢があることを だって僕らは 一つなんだから」


 こうしてようやく1曲目の前半が終わり、間奏が始まる。


 全員で舞台に立ち、全員が同じ目標を目指した結果が、今だ。


 観客席の最後方に、放送室に、中央の撮影スポットに、舞台袖の音響テーブルに、みんなが大好きな彼がいる。


 いつまでもこの舞台ステージが続けばいいのに。


 ウチはそう願いながら間奏を聞き、2コーラス目が始まったのだった。




 午前中のステージは無事、大きな失敗なく終了することができた。カーテンコールすら湧き上がってくれたが、今の私たちには3曲しかない。なのでカーテンコールに応えることはできなかった。


 無事に終わったのはステージだけではない。羽山の撮影も無事に完了していたようだった。私は舞台袖でステージ衣装の上からジャージを羽織り、入れ替えで人が行き交う観客席へと走って行く。少しでも、1秒でも早く彼の側に行きたかった。ウチのわがままを聞いて、ここまでがんばってきてくれた彼に報いたかったし、それだけではなく、思いを伝えたかったからだ。


 完全に、歌詞を描いた悠里ちゃんの想いが今のウチに乗り移っていた。


 ビデオカメラを再生し、小さな液晶画面で撮影結果を確認している羽山のところまで来るとウチは全力で羽山に後ろから抱きついた。


「どうだ! 羽山! ウチはかわいかったか!?」


 胸を押しつける。ミズキンほどではないが、十分な大きさがある胸だ。と、朝も解説した気がする。


 羽山はムムムという表情をして顔を向けた。


「肉眼で見るよりかわいいはずだぞ」


「それってどうよ?」


「オレが湯島を撮ったんだから、1番かわいい」


「むむ。それをあてにしているだけに否定できん」


「ところでさ」


「なんだよ。おっぱいで緊張したか?」


「いや。どうして今日は下僕1号呼びじゃない?」


「そういえばそうだな。あまり気にしてなかった。たぶん、今日こそお前に気持ちを伝えようと思っていたらだ」


 観客が入れ替わるざわめきの中、ウチは羽山から離れた。


「……気持ちだ?」


「訝しがってるな」


 羽山はめちゃめちゃ警戒している顔をしている。


「当たり前だろ。気持ちを伝えるだなんて告白みたいなこと言ってまたからかうつもりなんだろ? 騙されないぞ」


 羽山は目を細めてジト目でウチを見た。それも仕方がない。今までが今までなのだから。しかしここで臆している場合ではない。ウチもネガティブ吹き飛ばすのだ。ありがとう悠里ちゃん。


「なんでウチがわざわざ羽山を呼んだか分かってないだろ?」


「こき使うためだろ?」


「それもあるが」


「別にもあるのか」


「あるぞ」


 ウチが今こそ勇気の振り絞り時だと覚悟を決めたとき、羽山が言った。


「告白なら受け付けないぞ。オレの方が先に言うからな」


「つべこべ言わずに受け付けろよ!」


 ブー垂れるウチに羽山はムキになって言い返してきた。


「だからオレが先に言うって言っただろ!? オレがお前を1番かわいく撮れるのはお前のことをオレがだれよりも1番お前のことを好きだからだよ! 分かってないだろ!」


「ウチだってお前がいないとダメなんだよ! この学校に来てすぐに分かった。お前が構えているレンズが、お前が見ててくれないとウチはかわいくなんてなれないんだ! これでも精いっぱい惚れてんだ!!!」


 羽山は苦笑し、フフと笑い、俯いた。


「なんでオレたち、告白の時ですらけんか腰なんだろうな……」


「それもウチらしいじゃん……」


 ウチは羽山の手を取り、講堂の後ろの扉に向かう。もう次の出し物が始まる直前だ。迷惑はかけられない。ウチらは連れだって講堂の外に出た。講堂の外も文化祭の最中だ。多くの人が行き交っている。


 ウチら2人が手を繋いでいたところで誰も気にしてない。


 アイドルじゃない。スクールアイドルだ。しかし今はもうスクールアイドルですらない。ただの高校生、湯島真凜と羽山望の2人だ。


「約束したろ! 文化祭デートだぞ! 行くぞ! 下僕1号!」


「望むところだ! 吠え面かかせてやるぜ!」


 とてもお互い気持ちを伝えあった恋人同士の会話には聞こえないだろう。


 しかしこれがウチらのカタチだ。


 9人9様、いや、9組9様のカタチがあるに違いない。


 他の8組がどんな文化祭デートをするのか、それともそもそもしないのか。後で同好会内で報告会をすることになるだろうが、今はともかく目の前のデートだ。ウチは羽山の手を握ったまま、校舎に向かう。


「羽山、ウチほどかわいい女の子を連れて文化祭デートなんだから楽しまないと許さないぞ!」


「問題ないさ。少なくとも絶対にお前より楽しめるはずだ。なんたってオレの方が片思い、長かったんだからな」


 羽山はいつからウチのことが好きだったんだろう。そんなこと今までおくびにも出していなかった。


「そっか。あとでゆっくり聞くよ」


 人波に揉まれつつ、ウチらは文化祭で賑わう廊下を歩く。


 今ならどこからどう見ても文化祭デートに違いない。


 さあ、楽しむぞとばかりにウチは羽山の顔を見て、羽山は頷く。


「話す時間はきっとあるさ」


 ウチも頷く。


 そしてどこでお昼を食べようかと2人でよさげな模擬店を探し始めたのだった。


 



 

 




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