第17話 スクールアイドル研究会:本成寺真子の一途な初恋

 スクールアイドル研究会が特別扱いされているのは正直言って私、本成寺真子ほんじょうじ まこを教職員が忖度しているからである。その自覚はかなりある。そもそもこの辺では名門で知られている清心女子高の運営学校法人の理事長の孫娘であるということでスクールアイドル研究会にスカウトされた身だ。私をスカウトした新入生代表を務めた西園寺さんは私にこう言った。


「本成寺氏。中学の時に鍛えたダンスの力を私たちに貸してくれ。そしてついでに理事長の孫娘という立場を大いに利用させてくれ!」


 気っ風がいいというか潔いほどの本音のダダ漏れ感に私はぽかんと口を開けてしまった。まだ授業が始まる前の朝の教室でのことである。


「それ、私に何のメリットがあるの?」


「それについてはリサーチ済みだ。あたしの得た情報によると同中の彼氏と会えるのが土日だけになって嘆いていると言うではないか」


「うん」


「そしてその彼が全国大会に導いた振り付け師という……」


「うん」


「あたしの計画ではその彼を助っ人として放課後にこの学校に呼び寄せたい!」


「うん……ええっ!!! 一応、この学校って男子禁制なんだけど!!!」


 西園寺さんはニヤリと笑った。


「部活の指導の目的であれば入構許可が得られる。それは校則にも明記されている。男女の別は無い」


「そんなんで圧しきる気?!」


「第一、男女の別が明記されていないのに入構許可を出さないのであればそれは明確な性差別セクハラだろう」


「なるほど~~」


 西園寺さんの提案は実に良い。渡りに船とは正にこのことだった。私がこの清心女子高等学校に入学させられた理由の1つは、孫娘だからということではなく、私と飛丸くんの距離をとらせるためだと考えていた。確かに飛丸くんと私は始終ベッタリしているわけだが、別に勉学に支障を来しているわけではない。放って置いて貰いたいものなのだが、大人の考えは違うのだ。


「乗り気になったか? 本成寺氏」


「なったなった。スクールアイドル研究会がなんなのかよくわからないけど私の希望に添いそうだとうことだけはわかった」


 こうして私は特に逡巡することなく、スクールアイドル研究会5番目のメンバーとなった。言い出しっぺで会長の美浜翠みはま みどりちゃんを筆頭に、新入生一の美少女と名高い新宮早月にいみや さつきちゃんとマスコット的にかわいいと話題になっているロリ……い、いや、年齢より若く見える坂崎未梨亜さかざき みりあちゃん、そしてリーダーで切れ長の目の美人の良い意味で15歳には見えない西園寺澄香さいおんじ すみかさんの4人だ。5人で十分かと思ったのだが、どうやら翠ちゃんは9人集めたいらしかった。どうして9人なのかは知らないが、集まるのかなーと思っていたら普通に集まってびっくりした。


 うん、それではスクールアイドルとやらを始めようかと、皆で知恵とスキルを出し合って、それぞれの力量の中で作曲をし、作詞をし、曲の打ち込みをし、私が振り付けをし、衣装をデザインして、採寸して縫製し、なんとか1曲でっちあげた。動画をとって挙げたりもした。だが、残念ながらクォリティはそれなり止まりで、それを理由にメンバーは各々助っ人を(狙い通りに)呼ぶことになった。そもそも9人でスクールアイドル活動をするのは無理が過ぎるのだ。圧倒的にマンパワーが足りない。


 そんなこんなでそろそろ夏を迎えようという季節。新曲も始動したところで、私たちは助っ人を学校に迎えて意気揚々としていた。しかし勢いが弱くなっているのも確かだ。目的の第一段階が達成されてしまったのだから。それに加えて何しろ9人もいると共通の話題というのはなかなか見つからず、ちょっとすると仲の良い子たちで固まってしまう。これではチームワークが磨けない。なので翠ちゃんは下校後にミーティングと称して定期的にファミレスに集まることを提案した。風通しを良くしたいと皆思っていたらしく、出席率100パーセントで今日もファミレスでなんとか9人が一堂に介せる席を確保し、ミーティングとなった。


 最初は反省や新たな提案が出るのだが、このところは何かの切っ掛けで恋バナになることが多い。なので、それぞれの助っ人への思いなどはよく分かるようになった。それぞれ邪魔をしたくないと無言のウチに協定が結ばれたが、私の方にはその手の話題が振られることはなかった。理由はよくわかる。私には飛丸くんというとびきり素敵な彼氏がいるからだ。放課後、彼が我が校に足繁く通ってくれるようになり、毎日会えることで私の精神状態はかなり改善された。だから私にはみんなが恋バナをしている間もじっとグラスを手に話を聞く余裕がある。


真凜まりんチャンはアホだなあ」


 金髪ギャル担当マイクロインフルエンサーの湯島真凜ゆしま まりんに辛辣な台詞を浴びせるのはおかっぱ頭のデザイン担当柏崎彩愛かしわざき あやめちゃんだ。彼女は大人しい顔して毒舌系だ。


「アホいうな~~自覚はあるんだからさ……」


 どうも真凜ちゃんの助っ人は1ミリも真凜ちゃんに思いを寄せられていると思われていない様子だった。それも分かる。傍目から見ると彼女の助っ人である映像担当の羽山望はやま のぞむくんは足で踏まれてお尻に敷かれてこき使われているだけだからだ。


「ゴール地点は文化祭だって決まっているんだから、それまでに関係改善しないともう助っ人に来てくれなくなるよ」


 今日は毒舌というか正論でぶん殴る彩愛ちゃんである。


「じゃあ、どうすればいいんだよ!? あいつウチのこと怖がってるしさ」


「それは感謝の言葉を、ううん。真凜ちゃんの場合、それでは足りないな。感謝の気持ちを、好きだって気持ちを全身で羽山くんにアピールすることだね」


 私が思わず口を挟んでしまうと真凜ちゃんはずしーんと重くなった。


「そりゃ、真子ちゃんはいつだって全身全霊で肉丸くんに愛を表現してるもんね。それができたら苦労はないんだけど」


「やれ。やるしかない。待っているだけで何か変わると思うのは愚か者の思考だ」


 彩愛ちゃんがまた正論で真凜ちゃんをぶん殴り、何故か正統派アイドル、固定でセンターの早月ちゃんと切れ味鋭い西園寺さんがダメージを受けていた。


「わ、私も怖がられてはいないけど一向に距離が縮まらないからな……」


「あたしも彼に女として見られているとは思えぬ……」


「簡単だけどなあ。普通に愛を伝えればいいんじゃない?」


 私は追い打ちをかける。


「それができたら」


「苦労はない」


「……ギクシャクするだけだよ。そもそもさ、まあ真子にとっては肉丸くんは幼なじみで理想の男の子なんだろうけどさ、それでもギクシャクすることくらいあったんじゃないのか?」


 私は考える。


「ない」


「断言したよ、この子……おい、彼氏持ち、どうなんだそれ!?」


 真凜ちゃんは黙ってこのやりとりを聞いていた眼鏡担当、浜元悠里はまもと ゆうりちゃんに話を振った。この9人の中で明確に彼氏持ちだと言えるのは私の他には彼女だけだ。


「まだ、彼氏じゃないけど、時間の問題というか~ ほぼ彼氏というか~ ラブラブで曖昧な時間がとっても楽しいというか~」


「ラブラブで曖昧。いい言葉だ。参考になるな」


 真凜ちゃんがぐぬぬとなる。私は付け加える。


「そもそも、大切なのは、相手の男の子をどれだけ大事にできるかでしょう。もちろん同じくらい大事にされたいし……」


「1度、聞きたかったんだ……どうして真子ちゃんはそんなに肉丸くんのことが好きなの?」


 巨乳担当のミズキンこと、斉藤瑞紀さいとう みずきちゃんがおそるおそる聞いてきた。彼女と口をきくことはあまりないので、今までよほど気になっていたのだろう。


「よくぞ聞いてくれました! でも肉丸じゃなくて飛丸くんだから!」


「やっと突っ込みが入ったよ……」


 彩愛ちゃんが安心する。当の私も飛丸くんを肉丸と言われてもそろそろ違和感がなくなってきたところなので、ツッコミの労力を考えるとスルーしたくなるのだが。彩愛ちゃんの台詞は貴重なご意見だ。これからもツッコもう。私のテンションは上がる。


「それでは話して進ぜよう。どうして私がこんなに飛丸くんとラブラブなのかというお話を!」


「おおお……」


 みんなはあまり盛り上がってくれないが私は話を始める。


「突然なんだけど、飛丸くんの前歯3本は差し歯なのよ」


「本当に唐突だな」


 西園寺さんが呆れて私を見た。


「それはねえ、私を助けてくれたときの勲章なんだ。飛丸くんと私はいわゆる幼なじみで、飛丸くんのお父さんが幼い私の世話係というか家庭教師というか運転手というか護衛というか、そういう仕事をしていたの。今もその仕事をしているんだけど、労働基準法なんてないも同然の仕事だから、ある日、飛丸くんのお母さんが病気になって、面倒をみる人が誰もいなかったみたいで、お父さんが飛丸くんを連れて仕事に来たのがきっかけ」


「児童虐待はよくない……」


 ロリ……いや、未成熟担当の未梨亜ちゃんが呟くが、それはそうなんだけど、ここに触れると話が進まないのでスルーする。


「飛丸くんはね、当時から丸い男の子だったんだけど、俊敏でとても子どもとは思えない力の持ち主で、当時、幼稚園生だった私を持ち上げて走るくらい簡単にできてしまうくらいだったの。今でも身体能力はすごいけどね」


「確かに時々すごいよな」


 真凜ちゃんが頷く。飛丸くんの身体能力はちょっと尋常ではないのだ。


「私は遊び相手として飛丸くんを認識して、幼稚園や小学校がお休みの日には飛丸くんを連れてきてと飛丸くんのお父さんによくお願いしたの。もちろん、今のように好きで好きでたまらなかったわけではなくって、なんでもいうことを聞いてくれる子分としてだったんだけど」


「子どもは残酷だ」


 西園寺さんはいちいち鋭い。


「おやつのときに家の使用人がケーキを持って来ても、もちろん飛丸くんの分はないのから、物欲しそうに見ていたりするわけ。すると私は半分に分けてあげるけど、代わりに馬になってもらったり。わざとグライダーを木に引っかかるように投げて、引っかかると飛丸くんに木を登らせて取りに行かせたり」


「本当に子分だ」


 早月ちゃんも呆れる。早月ちゃん自身も自覚はないけど、こっち側だよ。助っ人の東堂くんのこき使い度はトップクラスだからね、というのは言わないでおく。


「でも、木に登るのはとても上手でするっと登ってするっと降りてきて、当時からとても園児とは思えない身体能力の持ち主だったの。飛丸くんのお母さんは結局身体を壊して実家がある田舎に引っ込んで、その都合で飛丸くんは途中から私の通う幼稚園に転校してきたの。今にして思えばその方が送り迎えを一緒にできる分、彼のお父さんの都合がよかったからなのよね。それから中学校を卒業するまでずっと一緒のクラスだったんだ」


「それで距離が近づいたとか?」


 怪訝そうな悠里ちゃんの質問に私は首を横に振って応える。


「ううん。最初は子分化が加速しただけだったの。本成寺家の召使いと周りからは見られるようになっても、当の私は当然のことだと考えていたんだ。お父さんが使用人なのだから飛丸くんも同じように仕えてくれて当たり前だと思っていた。傲慢だよね。でも飛丸くんはそんな私を受け止めて、何の文句も言わずに私の言うことを聞いていた。そのときの彼の心の内は今も分からないけど、今の私は彼に申し訳のないことをしていたと思っている。ただ、肉丸くんの前歯がなくなる事件がなかったら、私がそう考えるきっかけはなかったと思う」


「さあ、核心に来たらしいね」


 我らが翠会長が身を乗り出してきた。翠会長の情熱がなければこの同好会はなかった。だから彼女は私の恩人と言っても過言ではない。彼女の期待に応えなければ……


「忘れもしないよ。小学3年生の秋。観光バスを借りて少し遠くまで校外学習に出かけたのよ。その公園には昔の建物が移築されていて、江戸時代みたいになってて、建物の中にも生活用具が置かれていたりと社会科の学習ができる施設だったんだけど、今にして思えば、一般の施設だから警備が甘かったのよね……子どもたちしかいないところを狙って、私、一瞬だけ誘拐されちゃったの」


「普通なら驚くところだけど、一瞬ってどういうこと?」


 ミズキンがツッコミを入れる。話に乗ってきてくれたらしい。


「大きな男の人に後ろから羽交い締めにされて、クロロホルムっていうの? あれを含ませた定番の白いハンカチで口元を押さえられて……あレ、本当にくらっとくるんだよ。抵抗なんかできない」


「分かった。それを榊原くんが助けてくれたんだ?」


 瑞紀ちゃんは楽しそうだ。ロマンチックなことが大好きな女子だから好物認定されたのだろう。まあ、いいけど。


「あのときの飛丸くんは正に肉弾で、頭突きで男を怯ませて私を自由にすると男に噛みついたの。ボコボコにされても噛みつき続けて、最後は振り払われて、前歯が5本抜けて、逃げられちゃったんだ……」


「計算が合わないぞ。差し歯は3本だろ」


 西園寺さんはやっぱり鋭い。


「乳歯2本まだ抜けずに残っていたみたい」


「不幸中の幸い。よかったねー」


 ミズキンがホッとした表情をする。


「誘拐犯には逃げられちゃったんだけど、医者に行ったところ傷の中から飛丸くんの歯が出てきてご用になったというオチつき」


「壮絶だなあ。それは惚れるかもしれんわ」


 真凜ちゃんがぽかんと口を開けて言う。


「それを聞いたお爺さまが最高級のインプラントをしてくれたので飛丸くんの前歯が差し歯なんてわかんないんだけど。それから私はもう飛丸くんに夢中ですよ。虐げられていたはずの相手を救おうとボコボコにされても歯が抜けても相手に立ち向かってくれる男の子なんて、もう2度と現れないって直感したの」


 聞いてくれていた8人は大きく頷いた。いつの間にかみんな話に聞き入ってくれていたようだ。


「それから私、飛丸くんにプロポーズして、飛丸くんもOKしてくれたんだ! 繰り返すけど小学3年生の時からずーっと飛丸くんのことが大好き!」


 それを聞いた8人は八様の表情を浮かべた。それぞれの助っ人についていろいろ思うところはあるだろう。客観的には不細工であることもよく分かっている。しかし私にとって飛丸くんは最高の彼氏なのだ。外見のことなど彼の魅力の前ではささやかなことなのだ。わがままな私にいつも付き合ってくれ、それだけでなく、いつの間にかそのスキルを身につけて私を助けてくれる。今正にダンスがそうだし、アイドル活動だってダンス以外でも他の助っ人たちと喧々囂々やりあいながら、大きな力を発揮している。女の子が異性と一緒に人生を一緒に過ごすのが飛丸くんのような男の子なら、誰でも幸せに違いない。私は確信している。


 だから正直、スクールアイドル活動にはあまり興味がない。興味がないというと嘘になる。飛丸くんと楽しくも忙しい放課後を過ごすためのアリバイとして絶対に必要なのだから。このままスクールアイドル研究会を維持して、日々飛丸くんと一緒に放課後を過ごすのだ。


 でも、スクールアイドルとしてステージの上で歌って踊っているときでも、見てくれるのは彼だけでいい。そうだ。彼だけのアイドルになってあげればいいんだ。


 そう考えると文化祭に向けて更にやる気が出てくる。


 そして彼の振り付けで最高にかわいい私を見て貰うのだ。


 この先も長い時間があり、様々な困難が待ち受けているだろうが、彼と結婚するその日まで、いや、結婚してからも、幸せになるべく私は全力を尽くすしかないのだ。


 彼の差し歯にかけて!

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