第9話 スクールアイドル研究会:浜元悠里の望み

 名門のお嬢様学校である清心女子高でスクールアイドル研究会を立ち上げようなんて夢みたいな噂を聞いたとき、浜元悠里はまもと ゆうりは自分の耳を疑った。


 しかも発起人の1人は新入生代表を務めたイケメン女子で知られた、吊り目の黒髪ロング、西園寺澄香さいおんじ すみかと聞き、2度疑った。


 アニメと違って、ラブライブなんてイベントは現実には無い。それでもスクールアイドル活動をするというのなら、地道な努力と才能と、野球小僧なら甲子園を目指すくらいの熱量と時間が必要になる。しかし硬式野球と違って甲子園という夢の舞台がないのに、その熱量と士気を維持できるのだろうか――そう、最初に疑問に覚えた悠里だった。


 それは清心女子高に入学して2週間しか経っていない頃のことだった。そしてそのときはまさか澄香から自分に白羽の矢が立つなんて、悠里は夢にも思っていなかったのだ。


「なあ、浜元……スクールアイドルやる気にならないか?」


 噂を聞いた2日後の昼休み、悠里がいつも昼食をとる屋上まで澄香がわざわざやって来て、悠里は3度驚いた。思わず食べていたお弁当の卵焼きを吹き出すところだった。


「なんで私?!」


「ネットの公募サイトに詞を書いていると聞いた。コンテストでいいところまでいったらしいじゃないか」


「どこからそんな情報を!」


「情報の出所は秘匿するのが、情報提供者への配慮だよ」


「で、で、でもスクールアイドルでしょ? アニメのラブライブの」


「うん。そうだよ。あたしはね、『かわいい』で負けたくない相手がいるのだよ。しかし私は見ての通りかわいくない」


「西園寺さん、目力美人だけどね。イケメンだし……」


「なので結論としてスクールアイドルとして活動し、『かわいい』で勝つことにしたのだ」


 悠里にはよく分からない論理だが、澄香の中では理路整然としているらしい。一体誰に『かわいい』で勝つというのか興味はあるが、今はまだ聞くようなことではないと思う。


「なるほど。西園寺さんの話は分かった。でも、私がスクールアイドルをやるメリットはある?」


 悠里は座ったまま、澄香を訝しげに見上げた。


「『夏休みにだけ会えるあの子』に、浜元の勇姿を、君の歌を届けたくはないか?」


「そ、そんなことまで掴んでるなんて!」


 悠里はこれで4度も驚かされたことになる。


「どうだい? やる気になったか?」


「くう。外堀は埋められていたな」


 悠里は観念し、澄香が差し出した手を取ったのだった。




 スクールアイドル研究会の活動はハードだった。120%体育会系である。週を通して、活動は月から土まであった。それくらいしなければ、いや、それをしてもなおスクールアイドルとして形を成すことは困難だと思わされた。


 悠里が書いた詞に澄香が曲をつけ、悠里はその曲に合うようにまたフィットさせる。その詞に合わせて、この学校の理事長の孫、本成寺真子ほんじょうじ まこが振り付けを考え、メンバーを指導する。


 歌詞のイメージから今度は衣装を作る。衣装のデザインはゴスロリ担当である柏崎彩愛かしわざき あやめが、縫製担当の斉藤瑞紀さいとう みずきと二人三脚で行い、縫製はみんなで手伝えるところはする。


 SNSでフォロワー4.5万人のマイクロインフルエンサーである金髪ギャル、湯島真凜ゆしま まりんが清楚担当、固定センターの新宮早月にいみや さつきをマネキンに早速広報を始める。


 合間合間の休憩に、いわゆるロリ担当の坂崎未梨亜さかざき みりあが手作りお菓子の差し入れをする――といった具合に、みなMAXで忙しくしていた。


「暇になったのは私だけかー」


 作詞担当の悠里は歌とダンスのレッスン以外は、他の子の手伝いをするだけになっていた。しかし、それだけでも手一杯なのが本当のところだ。アニメみたいにポコポコと作詞できればいいのだが、そんな余裕はない。文学少女の悠里にダンスする筋肉なんてついているはずがないから、ストレッチから筋トレ、そして実際のダンスレッスンと、全くもって体育会系の研究会と化していた。2度目だが本当にそうなのだ。


「最初からワタシは暇だー」


 そう言うのはボーイッシュ担当の美浜翠みはま みどりである。2人は研究会がたむろする場所となった家庭科準備室の床に座ってストレッチをしながら会話を始めた。あと、視聴覚室にたむろすることもある。これはアイドルの映像を見て、勉強するときだ。


「何言ってるの? 澄香ちゃんに入れ知恵したの、翠だって聞いてるよ」


「すまない。まさかこんなことになろうとは……」


 翠は中学時代に文化祭のステージでアイドルのまねごとをして成功させたらしいのだ。それを考えると唯一のスクールアイドルの先輩ということになる(瑞紀はコス止まり)。言うならば研究会会員へのアイドル指南がその役割だ。実際、かなりのアイドルオタクと聞いている。しかもスクールアイドル研究会に集まった9人を眺めたあと、自分はキャラが立たないという理由で翌日にはバッサリと長かった髪を切ってきたくらいの気合いの入れようだ。スクールアイドル活動に対する熱量は澄香に勝るとも劣らないだろう。真の発起人であると同時に会長でもある。


「いやいや。自分で選んだことだしね。それは責任の所在がはっきりしているよ」


「それにしても頑張れる、ね……?」


「退路断たれてるからなあ。まさかこんなんになるとは考えてなかった。これじゃあ絶対に夏休みも潰さないと完成しないよね」


「本当に済まない」


「だからいいんだって。これじゃ本末転倒というか、見通しの甘さが際立ったというか、やるしかないというか……」


 悠里はハアと大きなため息をついた。疲労がたまっている。これはどうにかしないとならない。このままでは踊れるようになる前に潰れてしまうだろう。


「あれ? それってもしかして、『夏休みにだけ会えるあの子』のことだったりして?」


「どんだけ情報漏洩してるんだ……」


「聞きたいなあ。その子の話」


 翠は悠里の顔をのぞき込んだ。悠里はやや自分の頬が紅くなったのが分かる。ショートカットにした翠はものすごい美少年顔だ。


「まあ……話して減るものでもないし、お話ししましょう」


「いいね。とってもいい。なんか友だちになれた気がする」


「ええー! ひど! 翠のこと、友だちだと思ってたよ」


「じゃあ親友」


「親友の基準甘っ! まあそれでもいいけど」


「で、あの子の話を聞かせてよ」


「大した話じゃないよ。中学校のときさ、近所の予備校に通ってたんだ。私の素の頭だと去年の今頃は清心女子高なんてC判定だったからさ。もの凄く頑張ったんだよ」


「えらいえらい。それで、予備校にあの子がいた?」


「……そう。予備校にギターを担いでくるバカがいた」


「それは……何してんだろうね」


「そいつもあんまり成績よくないのに、休憩時間になるとどっかに消えて、ギリギリに帰ってくるのよ」


「で、気になって追いかけた?」


「そしたら予備校の屋上でギターの練習してた。弾き語り」


「どれどれ。面白そうな話をしてるじゃない? さては……」


 天然の金髪でギャル枠、湯島真凜ゆしま まりんが翠と悠里の会話に入ってきた。彼女は真子からダンスの指導を受け終えたばかりだった。


「ご想像の通り。その頃もう、詞を書き始めてたからさ、気になって……いつの間にか休み時間も、予備校が終わったあとも、話したり、歌うようになってた」


「悠里ちゃんが歌がうまいのはそういうバックボーンがあったんだ?」


 真凜がふふふふ~~んと面白そうに鼻で笑った。


「名前は、名前は?」


桜宮日色さくらみや ひいろくん」


「かわいい名前だ~~」


 翠のテンションが上がり、真凜はほよ、といった顔をした。


「いやあ、もう、予備校終わってから会う機会もなくなってさ、また夏になったら会えるかなと思っていたんだけど、この学校って夏期講習すさまじい上に、この研究会活動でしょ? 絶対に予備校に通うのなんて無理だなって……見通しの甘さに悠里さん、激落ち込みなわけさ。この学校に呼んで、かわいいところを見せたいとは思っていたんだけどさ、本末転倒!」


「悠里ちゃんは、超ぉ~~その子のこと好きなんだ?」


 翠が真面目な顔をして言った。


「えええ? 私、そんなこと言ったっけ?」


「いや、それ以外、無いっしょ?」


 真凜がむふふと笑った。


「だからさ、せめてスクールアイドルとしてネットに動画を上げて、私はこんなに高校生活を頑張ってるんだぞって、教えたいんだ。そのためには動画を完成させないと……」


「回りくどいな。メッセ入れちゃえばいいじゃん」


 真凜は呆れたように言ったが、直後、顔色を変えた。


「まさか連絡先を交換していないってオチ? 3年間もあったんでしょ?!」


 悠里も顔色を変えた。顔面すだれ状態のまる子も、ここまでではないだろうという落ち込み具合だ。


「……陽キャの真凜ちゃんには想像もつかないだろうけど、知らない男子に連絡先を自分から聞くのは陰キャの私にはハードルが高いんだよ……」


「わかる、わかるぞ、悠里ちゃん」


 翠が共感してくれたが、翠が呼びたい彼は中学の時のクラスメイトだと聞いている。そんなん、連絡先を知らないはずがないじゃんと悠里は翠を見る。


「……大丈夫。動画を上げたら、きっと向こうからコンタクトがあるから」


 真凜はニヤリと笑った。真凜はフォロワー数が5万近いマイクロインフルエンサーだ。その中にはこの近辺の人間も大勢いると聞いている。


「真凜ちゃん! 力を貸してください!」


「有無。苦しゅうない。期待して待ってろ!」


 真凜はどんと胸を叩いた。彼女の胸は大きいのでぽにゃんとしてしまったが。


 真子が悠里の方に目を向けた。また地獄の指導が始まる。しかしこれも彼と繋がるパスポートになるのだと思えば頑張れる。いや、悠里にはそれしか無い。名前しか知らない日色と繋がるため、今日もスクールアイドル活動を頑張るのだ。


 そして数日後、まあ、このくらいが今の限界かと真子が判断したのだろう。女子大の講堂を借りて、カタチになった記念すべき第1曲目の動画収録が行われた。放送部と動画研究会に頭を下げ、土曜の午前中をまるまるかけて、曲だけなら4分23秒の動画を撮影した。


 初めてスクールアイドル研究会でカタチになったそれを9人は視聴覚室に行って未編集のまま、大型液晶TVを使って確認した。角度を変えて撮影しているから、計5本は撮っている。なので、いいところ取りでどうにかなるんじゃないかとみんな期待していたのだが、悠里の目から見てもダメだった。動画がダメなのではない。自分たちがダメなのだ。それではどの角度から撮ってもそれなりのものにしかならない。


「――毎回、他の部に手伝いを頼むのも苦しいしな……」


 動画を見終えてから澄香がみんなに言い、即、真凜がレスした。


「うーん。でもさ、これ、餌には使えると思うよ?」


「餌?!」


 思わぬ単語が真凜の口から飛び出して、一同は声を上げた。


「まあ要するにだ。この動画を編集してあげて、ウチがSNSで紹介するとしよう。するとだ、この辺の高校生は結構な確率でこの動画を見てくれるわけだ。そうでなくてもお堅いお嬢様学校で知られる聖心女子でスクールアイドルなんてネタ、ローカルニュースになるだろ?」


 真凜が言うとそうなると思えてくる。説得力がある。


「助っ人を頼むにしてもさ、ウチら自身が頑張っているんだって見せないと、手伝ってくれる人間も手伝ってくれないよ。だからその意味ではこの動画に十分な意味がある」


「おお!」


 今回センターを務め、おそらくそのままセンターであり続けるであろう新宮早月にいみや さつきが感嘆の声を上げた。


「賛成、賛成!」


 翠は拳を固めて天にかざす。


「そっか……見て貰うの恥ずかしいけど……うん」


 悠里と同じ陰キャである巨乳担当の斉藤瑞紀さいとう みずきが頷いた。


「飛丸くんにこのレベルの動画を見て貰うの辛いけど……泣きつく理由にはなるか」


 振り付け担当のこの学校法人の理事長の孫娘、本成寺真子ほんじょうじ まこが項垂れた。


「あたしは、見て貰いたいから大賛成です!!」


 ロリ担当のゆるふわ女子、坂崎未梨亜さかざき みりあが大きな声で言った。


「まあ、事前に見て貰って判断して貰うのも必要かも」


 地雷系女子でゴスロリ担当の柏崎彩愛かしわざき あやめはクールに答える。


 悠里にしてみれば、これをアップする以外の選択肢は無い。


「悠里……君はどう考える?」


 澄香が自信なさげに聞いてきた。彼女にしては珍しい感じだ。


「退路は断った。あとは前に進むだけ!」


「それはあたしも同じだ。この9人は一蓮托生! クオリティーに自信はないが、それでも清心女子高スクールアイドル研究会初めての創作物だ。全力で世界に『かわいい』発信しよう!」


 澄香は熱く語り、拳を前に差し出した。1人、また1人と拳を合わせ、ぐっと握って力を込める。


「清心女子高等学校スクールアイドル研究会! 頑張るぞ!」


「おおーっ!」


 9人が心を一つにして、前に進む決意を示す。


 そう。スクールアイドル研究会の本当の始動はこれからなのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る