第2話 服飾担当 東くんの場合

(ヒロインが巨乳のラブコメ作品を募集します!)


 斉藤瑞紀さいとう みずきから連絡を貰ったのは3ヶ月ぶりのことだった。前の連絡が、学校で新しく同好会を立ち上げるのだが、もしかしたらあずまくんの力を借りるかもしれない、というような内容だったのだが、入学したばかりの瑞紀が新しく同好会を立ち上げるなんて話、実際にスマホ画面で文字として確認してもなかなか信じがたいものがあった。


 中学の時の瑞紀はあまり口数が多い方ではなく、どちらかというと陰にいるのが好きなタイプで、前髪を長くして他人と目を合わせないようにしている節がある――どう考えても難があるタイプの女子だった。


 ただ、スタイルだけは良かった。今どきは水泳の授業は男女別々なので確認はできなかったのだが、体育の授業のときに体操服に着替えるだけで、それはよく分かった。冬の長距離走の授業の時は男子の目を釘付けにしていたものだ。本人も気にしていたが、走ると胸にある2つの双丘は、ぶるんぶるんと八方に揺れて制御不能になるほどの巨大さで、とても中学生のそれとは思えなかった。


 俊紀としきはそれをちらりと見ただけで、腰を引かざるを得なくなったものだった。


 そんな瑞紀と俊紀の接点は部活だった。部が同じではなかったが、美術部と家庭科部で部屋が隣接しており、同じクラスだったこともあり、お互い顔は知っていた。文化祭の出し物のため、服飾デザインの相談も家庭科部が来たとき、さらさらと俊紀がドレスのデザインを何種類かラフで描いたのがきっかけだ。


「……東くんってすごいんだね」


「そんなことないさ。僕はデザイナーを目指しているんだけど、まずは数をこなすしかないから、さっと、これくらいは描けるってだけのことさ」


「ううん――すごいよ」


「デザイナーったって方向性決めてないから。メカもロボットもなんならキャラデザもやりたい」


「――アニメ好きだったんだ?」


「消費する方じゃないオタクだよ、僕は」


 斜に構えた厨二病丸出しの俊紀の話に、瑞紀は食いついてくれた。瑞紀は文化祭の出し物のために、オリジナルデザインのアイドル風のコスチュームを作りたいということで、俊紀はラフを数点その場で描いて渡した。


 その後、瑞紀がデザインを型紙に起こして、立体にすると問題がある旨を相談してきた。もちろん俊紀は恥じた。それまで立体化することなんて考えずにデザインしていたからだ。しかし瑞紀の指摘は正しく、俊紀はデザインを苦労して修正した。


「ごめんね。適当なデザインをここまでカタチにしてくれて……それなのに」


「ううん。もっと早く相談に来れば良かったのかな」


「その方が斉藤さんが苦労しないで済んだよ。今度からは何か困ったことが発生したらまずは来てね。無駄に苦労させたくないよ」


 それから瑞紀は細かいところの相談にも来るようになり、無事、彼女は文化祭で自らをマネキンとしたアイドル風のコスチュームを発表できるまでに作り上げた。


 俊紀は家庭科室に呼ばれ、見事にアイドルと化した瑞紀に聞かれた。


「どうかな?」


 俊紀がデザインしたアイドル風のコスチュームはありきたりのそれで、なんとなくアイドル風でしかなかった。しかしそのコスチュームをまとった瑞紀は間違いなくアイドル級の美少女だった。しかもそのプロポーションの良さがコスチュームで際立っていて、胸の大きさが強調されている。俊紀はそんなつもりでデザインしたのではなかったのだが、そうなってしまったものは仕方がない。


 しかし1番衝撃だったのは前髪を分けて、斉藤が2つの瞳を見せていたことだった。


「――その髪型、いいよ。前髪、分けたんだね」


「だって、瞳を見せないアイドルなんていないもの――恥ずかしいけど、がんばるしかないよ」


「なんでそんなに無理してまでアイドル?」


「ラビライブは知ってるよね? わたしもあのアニメが好きなの。高校にあがったらスクールアイドルやりたい」


 アニメの話をする斉藤は目を輝かせていた。


「――そうだな。今の斉藤ならできるよ。きっと。」


 俊紀は頷いた。


 文化祭の発表は成功し、家庭科部は特別賞を貰っていた。


「そうか――斉藤はスクールアイドル同好会を立ち上げたんだな」


 俊紀はスマホ画面の文字を読み返し、思い至った。あの内気でどちらかというとポンコツな瑞紀がどこまでスクールアイドルができるのか、かなり心配だが、自分にできることであれば、力を貸してあげたい、と俊紀は思ったのだった。




 清心女子高等学校はこの辺りでは有名な進学校で、かつ美少女揃いであることも男子の間には知れ渡っていた。


 その校門の前で斉藤と待ち合わせ、彼女の姿を見てある意味ホッとし、ある意味ドキドキした。


 彼女の前髪は相変わらずで、瞳を隠すようにしていた。スクールアイドルを目指すのであれば、普段から出した方がいいに決まっているが、それでも俊紀はホッとしたのだ。


 ドキドキした方は清心女子の制服のデザインのことだ。胸を強調するデザインは瑞紀にはまりすぎで、どこから見てもその巨大さがわかるくらいだ。高校に上がってからまた大きくなったのだろう。Gだろうかと見当をつける。もうその場に跪いてしまいそうなほどの強烈なデザインだ。


「僕にはこんな制服はデザインできない!」


「4ヶ月ぶりに会うのに、開口一番デザインのことなんて東くんらしい」


 瑞紀はくすくすと笑った。


「すまん。元気そうで何よりだ。スクールアイドル同好会を立ち上げたんだな?」


「覚えていてくれたんだ。嬉しい!」


 瑞紀は俊紀の手を取り、両手で握りしめ、そしてそれは意図したものではなかったらしく、すぐに離した。


「ごめんなさい。つい、嬉しくって!」


「あ、ああ。連絡を貰ってすぐに分かったよ。またデザインすればいいんだな?」


「そう――そうなんだけど」


 瑞紀はそう言って学校の中に案内した。そして俊紀は驚愕することになる。清心女子のスクールアイドル同好会のメンバーはアニメと同じ9名。その9名分のデザインを、3D化して矛盾のないように描かなければならず、そして当然、同系統ながらも差別化され、その上、どれもが可愛くなければならないという地獄のミッションが待っていたのだった。




 それからの俊紀と瑞紀は嵐のような忙しさに見舞われた。夏休み中は9人分のデザインに追われた。同好会の9人全員が、コスチュームのデザインについては自分のキャラクターを打ち出したいという強い思いがあった。そのため俊紀は何度となくリテイクを繰り返し、3Dモデルを作りつつ、ブラッシュアップを重ねた。9人全員からゴーサインが出たのは、夏休みの後半のことだった。


 次は素材の選定に移るのだが、動きのあるステージに耐えるためにはある程度の強度が必要になる。縫製担当の瑞紀は俊紀と一緒に布類の問屋に行き、ああでもないこうでもないと検討を続けるだけでなく、他のメンバーの意見も聞きながら、1週間をかけて素材を決めた。


 瑞紀は自らがスクールアイドルでもあるので、ダンスや歌の練習もしなければならない。そんな多忙の中、コスチューム作りに駆け回っていたのだが、他のメンバーにからかわれもしていたようだ。


「瑞紀ちゃんは今日もデートだ。良かったね-」


「ああ。うちの手伝いもこれくらいマメだったらなあ」


 などと俊紀自身も言われたこともあった。


「それだけコスチュームが肝ってことですよ」


 彼女たちにはそう返すので精一杯の俊紀だった。


 買い出しの帰りに瑞紀と一緒にファーストフードに寄ることもあった。瑞紀は学校に戻るので制服で、俊紀は私服だ。デートという感じではないが、ちょっといい雰囲気にはなれた。


「東くんにはお礼をしないとね。前も、今も、東くんがいてくれて、すっごく助かってる」


 俊紀は首を横に振った。


「そんなの、いいよ。斉藤のお陰でいい経験をさせてもらってるよ」


 そう言いつつ俊紀が前を向くと、ふと気がついてしまった。瑞紀が胸の大きなものをテーブルの上に乗せて休んでいることに。


「い、いや、いい経験って、デザインの話だよ、デザインの」


 視線に気がついたのだろう、瑞紀は胸をテーブルからおろす。


「わ、わかってるよ、わかってるから」


 瑞紀は真っ赤になって俯いた。


 うん。やっぱり僕は斉藤が好きなんだな。


 俊紀はこのとき、恋心を自覚した。


 この頃から、他の助っ人たちとの絡みも増えてきた。特に絡みが多かったのはダンス担当だが、やはりコスチュームがダンスの邪魔になってはいけないという考えの持ち主で、ぶつかることもあった。しかし、お互い歩み寄ってなんとかなった。


 デザインが終わったので縫製の手伝いをしに、清心女子に通った。通う中で、いかにも音楽小僧と思われる東堂という男子とも話すようになった。東堂は作曲と音響担当で、あまり頻繁に来る必要はないはずなのだが、俊紀は何度も彼と遭遇した。やはり彼女たちが心配なのだろうと思われた。


 彼は同好会の新宮という清楚系のメンバーから呼ばれていたのだが、その彼女に向ける視線があまりにも穏やかで、俊紀は感心せざるを得なかった。


 秘めた恋というものなんだろうな、と俊紀は思う。自分の中ではもう恋心が盛り上がりすぎている。斉藤がスクールアイドルとして舞台に上がれば、きっと注目されるだろう。そうなったらきっと他の男子に声を掛けられるに違いない。自分はそれすらも許したくない。


「終わったら気持ちを伝えよう」


 同好会の部屋で1人縫製をしながら、俊紀はそう決意した。



 

 スクールアイドル同好会の晴れ姿を俊紀は観客席の1番後ろで、しかも立ち見しながら見ることになった。


 事前にチケットを配っていたのだが、メンバーの中にインフルエンサーがいたとのことで、海のものとも山のものともつかないのにプラチナチケット化していたからだ。俊紀は関係者として立ち見をしている。


 舞台の上で、ライトに照らし出され、踊って歌う9人は見事なものだった。自分がデザインし、縫製したコスチュームなど、この舞台にかけられた努力と情熱のほんの一部に過ぎないことを、3曲20分間で俊紀は思い知らされた。


 舞台に上がっている9人の努力はもちろん、助っ人たちの力なしには成功はおぼつかなかった。そう断言できる。


 そう考えると自分が斉藤に告白することなんて、ちっぽけなことだと思えた。


 だから、告白するのはやめにした。


 午前中のステージが終わり、俊紀は更衣室の近くで瑞紀を待った。


 ステージが終わったら、午後のステージまでの間、文化祭を一緒に回ろうと約束していたからだ。


 瑞紀は急いで制服に着替えて出てきたが、髪型はアイドルのままだった。それはそうだろう。午後に備えなければならない。


「――お待たせしました」


「どこから回る?」


「東くんはどこか行きたいところある?」


 瑞紀は文化祭のパンフレットを手に言った。


「1番見たいのは見ちゃったからな」


「それって同好会のステージ?」


「もちろん」


 瑞紀は嬉しそうに笑った。


「なにせこの文化祭で最もスリリングな出し物であることは間違いないからね。一体練習で斉藤が何回転んだか想像ができないよ。僕が見てたときだけで4回転んだんだよ」


「どんくさくてごめんなさい」


「振り付け担当が、どうしてここで転ぶんだって頭抱えてたよ」


「知ってる――でも本番は転ばなかったよ」


「本当によかった」


「でもさ」

 

 瑞紀は話をそらした。


「東くんが回りたいところはないの? 清心女子にはかわいい子、一杯いるんだよ。文化祭を回っている間に、いい出会いがあるかもしれないよ」


「ふーん」


 俊紀はそうとしか応えられなかった。


「どうでもいいや。午後のステージを見たら帰るからどっかでメシでも食べようかね?」


「どうでもいいの?」


「いやだって、斉藤が一緒に回ってくれるのに他の女の子を見たら失礼だよ」


「そっか――そんな風に言ってくれるんだ?」


「そりゃそうだ。さあ、午後のステージに備えて、何か食べようよ」


「そうだね。うん。そうだ」


 瑞紀は面を上げて、廊下の先を見た。


「この先、ホットドッグやってたはず」


「じゃあそれで」


「お礼におごってあげる」


「安!」


「じゃあ、ホットドッグは奢るとして、他にどんなお礼がいい?」


「そうだね」


 俊紀は勇気を出して手を差し出した。


「これじゃダメかな?」


 瑞紀は真っ赤になって俯いてその場でわなわなと震え、ついでにおっぱいまで揺らしつつ、てのひらまで赤く染めて俊紀の方へわなわなと手を差し出した。


「よろしくお願いします」


「こちらこそ」


 そして2人は手をつなぎ、文化祭の喧噪の中に消えていったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る