ラブライブに憧れて ~私たち現実世界でスクールアイドル目指します~

八幡ヒビキ

第1話 音楽担当、東堂績の場合

(【感想&イラスト送ります!】あなたの好きなシチュエーションのラブコメ短編募集! 企画者:米太郎様)


 新宮早月にいみや さつきから俺、東堂績とうどう つむぐのスマホに連絡が来たのは3ヶ月ぶりだった。中学卒業の時にグループに来て以来だ。中学2年、3年と2年間同じクラスだったが、俺とは特に接点は無かった。新宮はクラスの中心的人物で、一方の俺は端にいるのが好きで、何より新宮を狙っている男が大勢いた。そんな中でも可愛いと思うことがあっても、自ら近づこうとは思えなかった。俺は身の程を知っていた。


 ただ1度、何度も話す機会があった。それは中学3年の時の文化祭のとき。クラスでベタに劇をすることになり、俺が音響担当になったのだ。俺自身は3年前から音楽を始めて、小さいながらも屋外ライブなどもこなし、音響全般の知識があることはクラスの誰もが知っていた。


 音響だけではなく、ライトの演出からセッティングまでやらされて大変だったが、その間、ヒロイン役を演じた新宮とよく打ち合わせた。喧々諤々けんけんがくがくになることが多く、俺は結構きつい言葉も投げたが、新宮がイヤな顔をしながらも食らいついてきたのを覚えている。可愛いだけでなくこんな顔もできるんだと感心もした。


「東堂、お前、準備できたんかよ? 固まってスマホをずーっと見て」


 俺はバンド仲間から突っ込まれてしまった。新宮から連絡が来たのは市の施設の無料で借りられるスタジオにいたときだったのだが、借りられる時間は限られているので、みんなテキパキと準備をする。なのに俺の手だけ止まっていたので目立ったのだ。


「――中学で一緒だった奴から連絡が来てさ。清心女子に行った子なんだけど」


「女かよ! しかも清心女子!?」


 清心女子高等学校はこの辺では名を知られた進学校かつお嬢様学校である。しかも美少女が多いときている。当然、バンド仲間の興味を引き、俺のところに集まってきて、スマホ画面をのぞき込む。


〔文化祭で東堂くんの力を借りたいです。是非、1度話を聞きに来てくれませんか〕


 スタジオ内は超盛り上がった。お嬢様学校に入れる機会など俺達のような男子にはほぼない。その文化祭だってチケット制だ。垂涎の的というやつである。


「おいおい。行くよな、お前、絶対行くよな?」


「チケット貰えるチャンス。うおお、燃えてきた!」


「勝手に燃えるのは結構。別に仲がいい奴じゃないんだがな」


「それはそれだ。絶対に行ってこい!」


 そうバンド仲間に言われては無碍にできない。まあ、連中は下心が満載なのだが。俺が手伝うにしてもこっちのライブに遊びに来て貰うのが条件か。貸し借りなしがいい。そうして俺は清心女子の門をくぐることになったのだった。




「早速来てくれるなんて思わなかったよ!」


 その週の土曜日、俺は早速、清心女子の門の前で新宮と待ち合わせ、表情を殺すのに難儀した。清心女子の可愛らしい制服がとてもよく似合い、また、スタイルの良さがぐんと引き立てられていた。誰だ。こんな胸を強調する制服をデザインしたのはと100万回突っ込みたくなるレベルだ。


 中学の時より長く伸ばした髪、小さな、でも可愛いデザインのイヤリングをつけた耳、指に目立たないマニキュア、手首にはスマートウオッチ。半年で新宮はだいぶ変わっていた。だが清楚さはかわらない。


「文化祭まで4ヶ月切ってるから。時間の余裕はあった方がいい」


「さすが東堂くん。計画的だ」


「もっと早く声を掛けてくれてもよかった。こっちにも都合がある」


「……ごめん」


「いや。バンド仲間には全力で背中を押されたから大丈夫。ただ、連中用に文化祭のチケットは必要だな」


「それくらいお安いご用だよ!」


 新宮の表情がぱああっと明るくなった。


「で、何をするの?」


「今、ちょうど練習中だから見てくれる?」


 新宮の指が門の中を指し、俺は頷いて彼女と一緒に歩き出した。


「東堂くん、ラブライブって知ってる?」


「ああ。アニメは見たことはないけど、曲を聴いたことくらいはある」


「話が早い。要するにスクールアイドル研究会に入ったんだ。入ったって言うか立ち上げた初期メンバーの1人なんだけど」


「まあ新宮ならアイドルくらい余裕でできる顔だと思うけど、歌って踊らないとならんだろ。振り付けもしないといけないし。あれを現実にやろうとしたら必要な総合力がハンパない。あれはアニメだからできるんだ」


「あはは。褒めて貰った」


 新宮は頬を赤く染めて照れ笑いした。


「いや、新宮が可愛いのは客観的事実だからそこはいい。他の問題はクリアーできるのか聞いているんだ」


「鈍いなあ。だから東堂くんに声を掛けたんじゃない?」


「うお。マジか。俺、戦力として徴用されたんか」


「美少女揃いと評判の女子校に、そうでもないと入れるわけないでしょ」


「報酬の押しつけキタコレ」


「それとも忙しい?」


「忙しくても――新宮が頼ってくれるなら、頑張れる分は頑張るよ」


 そう話しつつ、俺達は立派な講堂の中に入る。さすがお嬢様学校。金がある。俺が通っている公立校とはレベルが違う。女子高と同じ敷地内にある女子大の講堂は、ちゃんと反響するように設計された音響設備と投光設備が揃ったかなり新しいものだった。ステージの上では新宮の仲間であろう生徒たちがダンスの練習をしている。ステージ前に同年代の男の姿もある。俺と同じように駆り出された男だろう。女の色香を使ってただ働きさせようという根性は気に入らないが、下心があるのもまた事実。ここはノルのが普通の男だと思う。


「なるほど。振付師がいるとは驚き。で、俺は音響担当?」


「音響、当日は組みたいんだ。ライティングは遠隔操作でできて、プラグラムもできるからプログラムもして欲しい。それでもって曲も作って欲しい。今、オリジナルは1曲しかないから」


「新宮、人使い荒い」


 俺は呆れつつも新宮の言うがままにスクールアイドル研究会の女の子たちに紹介され、音響兼ライティング兼作曲担当として認知された。


 こうして俺は約4ヶ月の間、文化祭に向けたスクールアイドル活動に両脚どころかどっぷりと頭まで浸かることになった。




 スクールアイドル研究会の活動は月から土まであって、俺の都合がつくときに聖心女子に行くカタチで助っ人の仕事は進んだ。俺と振り付けの榊原さかきばら以外にも校外から男女問わず助っ人が来校し、自然、知り合いになった。彼女たちは使える人材は全て使っても文化祭ではスクールアイドルとしてステージに上がりたいらしい。


 ステージ衣装を作り、小物を作り、作詞をし、振り付けをし、フィジカルトレーニングの管理をし、メイクをする。そして俺の音響兼ライティング兼作曲と外注ばかりだが、彼女たち自身の努力も中途半端ではなく、真剣そのものだったから、助っ人たちも皆、頑張っていた。中には明らかに恋をしている奴もいた。いつしか助っ人グループを作って連絡するようになった。彼女に使われているだけとは分かっていても、文化祭のあとは告白したいという奴もいた。動画担当の羽山という男だ。羽山からは中学の時からずっと好きだったのだと聞いた。


 俺はどうなんだろう。


 先に詩ができて、俺がフレーズを作り、研究会のメンバーに意見を求めた日のことだ。俺は初恋を歌う詩にバラード調の曲をかぶせた。概ね好評だったが、メンバーがステージ上に練習に戻る中、新宮が1人残って俺に言った。


「――東堂くんはどうしてこの詩にバラードを乗せたの?」


 作詞した、助っ人のうちの1人である大津おおつが、メンバーの1人を本当に好きだということを俺は知っていたからだ。真剣で、そして切なく、力になりたい。そういう男子の気持ちを曲にするならバラードしかないと俺が考えたからだ。しかしそれを言葉にすることは許されない。この詩を捧げられたメンバーの耳に入れるわけにはいかない。彼女は、自分で気づかないとならない。


「もし恋をしたとして、たぶん、最初は熱くて盛り上がるんだろう。それはポップにも甘い曲にもなると思う。だけど、それがずっと秘めていた恋ならそれはバラードになると俺は考える。片足、音楽論だね」


「そか……秘めた恋、か」


 新宮はそういい、人差し指を唇に当てた。


「内緒だよ」


 新宮も作詞者の意図が分かっているようだ。


「――秘めた恋、か」


 続けて新宮は意味ありげにそう呟き、ステージの上に駆け上がっていった。


 そう。秘めた恋なのだ。俺は新宮を眩しく思う。クラスの中にいた彼女も、そして中学の文化祭でヒロインを務めたときも、そして今、スクールアイドルになろうと頑張っている彼女も、眩しいと思う。そう思う自分の中に淡い恋心がないと言ったら嘘になる。だけど言わない。バラードの旋律に全部を込めようと思う。


 俺は作詞担当の大津と軽く打ち合わせて、清心女子を後にした。




 そして3ヶ月半があっという間に過ぎ、清心女子高等学校の文化祭である『清風祭せいふうさい』の当日になった。迷惑を掛けたバンド仲間も清心女子文化祭のチケットを入手できて、文句どころか感謝の言葉を投げつけられた。あとは自分でやれ。文化祭ナンパなんかベタすぎる。


 研究会の出番は午前午後の2回あり、整理券は文化祭の開場とともに瞬時になくなった。俺達は様々な形で周知を図ったが、研究会の中にインフルエンサー顔負けの子がいたこともプラチナチケット化した大きな要因だろう。音響とライト担当の俺には満員の会場はプレッシャーだが、昨日のリハでは問題なく音響もライトプログラムも組めていた。絶対に大丈夫だ。


 そして午前中のライブが始まる。

 

 全3曲。そのうちの1曲が俺の曲だ。作詞担当が舞台袖でメンバーが踊って自分の詞を歌っているいるのを感慨深そうに見守っていた。もちろんほかの連中もだ。当日仕事があるのは俺だけだった。


 俺は音響機器を見つめ、自分の作曲したバラードを聴きながら、自分の恋心が本物だと実感してしまった。


 この曲を作曲した奴は、この女の子が本当に好きなんだ――と。


 午前中のライブは無事終わった。歌もダンスもMCも一定以上のレベルに達していた。立派にスクールアイドルだった。研究会のメンバーは午後までの時間、いわゆる文化祭デートに行くようだった。新宮は誰かと行くのだろうか。


 俺は舞台袖にパイプ椅子を並べて昼寝を決め込んだ。別に文化祭そのものには興味がない。


 寝ていると新宮の声に起こされた。


「アメリカンドッグ買ってきたぞ」


「ありがとう」


 俺は起きて新宮が2本手にしているアメリカンドッグのうち、1本受け取る。文化祭らしい食べ物だ。アメリカンドッグをかじり、新宮も食べ始める。


「東堂くんは男子憧れの女子高文化祭で昼寝か。信じられないけど東堂くんらしいというか」


「まだ午後のステージがあるからな。気は抜けないよ。休憩だ」


「それもそうか。すごい疲れたよ。私も休もう」


 そして寝ている時に使ったパイプ椅子の1つを奪い、彼女は座った。


「新宮は次のステージが終わったら、どうするんだ?」


「――それは、見て回りたいよ。もうだいたい終わりかけだろうけどね」


 そして上目遣いで俺を見た。期待させないでくれと俺は思う。


「そうか。それはそうだな」


「東堂くんは?」


「俺は音響をバラすさ。この後は使わないみたいだしね」


「そっか……」


 新宮は目をそらした。


「まあ、1人でバラすのも難儀だから誰かに手伝って貰いたいんだよな」


 新宮の目がまた俺に向いた。


「それは女の子でもできる?」


「8の字巻きができるなら」


 8の字巻きとはマイクやスピーカーのケーブルを、次に伸ばした時、絡まりにくくなる巻き方だ。


「この半年で8の字巻きは、みっちりできるようになったよ」


「それは頼もしいな」


 俺は自分が自然に微笑みを浮かべたのが分かった。どうしてそうなるのか、自分の表情筋が不思議だった。


 午後のステージもつつがなく終わり、研究会のメンバーと助っ人たちは再び散開した。面々にどんな運命が待っているのか、俺は知らないし、関係ない。ただ新宮が残ってくれたのが、嬉しかった。


 まだステージの上では次の出し物の発表が行われている。


 慌てて引き上げてきたモニタースピーカーからケーブルを抜きつつ、俺はマイクケーブルを8の字に巻く新宮を見た。


「……何?」


 何か言って欲しげな目で新宮は俺を見た。


「せっかくこんなに手伝ったんだからさ、俺にもメリットがあっていいと思うんだ」


「――何?!」


 上目遣いで新宮は俺ににじり寄ってきた。


「今度、ウチのバンドがライブやるから友達を連れて来て欲しいんだ」


「行くよ!」


「ありがと」


「研究会もクリスマスライブやるからまた手伝ってくれる?」


「ああ」


「良かった。まだ、会えるんだ!」


 あ、失言したと言わんばかりに新宮は口元を手のひらで覆った。


「そうだな。まだ、会えるな」


 俺は頷き、モニタースピーカーをケースに入れようとケースをとりに舞台袖から降りた。


 緊張して、心臓が爆発しそうなほど高鳴って、とてもではないが新宮の隣にはいれなくなってしまったからだ。


 次は俺のライブ。そして、研究会のクリスマスライブ。


 俺の淡い思いはいつか、彼女に伝わってしまうかもしれない。


 そしてそれを願いもしたのだった。

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