『なめらかな世界と、その敵』

 伴名練による初のSF短篇集。これぞSFという設定・世界観と読みやすさが両立されてとても読みやすい。SFをもっと読んでほしいという作者の気持ちが伝わってくる。ここでは6作のうち、表題作「なめらかな世界と、その敵」について書いておきたい。


 本作の感想は最初の1行で一気に引き込まれた、好きになったということに尽きる。その1行で、その世界に入ることができる。世界観が一発でわかるということではない。意味は分からないが、何かが現実と違う。この本を読んでいる僕は、既に違う世界を見ている。そういったSFならではのわくわく感であろう。1つの作品の始まりとしても、短編集全体の始まりとしても完璧だと思う。


 「なめらかな世界」で人々は自由に並行世界を行き来することができる。ある世界で嫌な現実に直面したら、その現実が生じない別の世界に逃げることができる。例えば先週の僕は予約なしの突然の来客対応に時間を取られ、クレームを受け、金曜日が期限の仕事も進まないという理不尽を被ったわけだが、もし僕がなめらかな世界の住民であったならば、来客のない世界に飛んでやりたい仕事に専念できたわけだ。羨ましくて仕方ない。


 では「なめらかな世界」に生きていて、世界を行き来することができなくなったら…? 


 瞬く間に世界を行き来するということを五感をフルに使って追体験できるのもこの作品の魅力だ。特にラストシーンなんかは圧巻である。SF成分を存分に味わうことができるだろう。だからこそ余計に苦しさが伝わってくるし、主人公の選択に感動させられるのである。

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