SF

『シュレディンガーの少女』

 「ディストピア×ガール」をコンセプトとした短編集。ディストピア世界を生き抜く女性にスポットライトが当てられた、6つの作品から構成される。


 ディストピアというと未来の世界、飛躍的な進歩を遂げた科学、絶対的な権力による支配、思想など人々に対する統制といった要素が想起される。1をその要素が弱い、5をその要素が強いとして僕が受けた印象を5段階で評価するなら、


 ・未来感 5

 ・科学の進歩 2

 ・絶対的な権力 4

 ・思想など人々に対する統制 3


といった感じだろうか。


 特に、「未来感」はこの短編集の個性である気がする。6つのストーリーは同じ時間軸上に連なっていると思われるのだが(パラレルワールドもあるかもしれない、今考えるのはやめておこう。誰か整理できる天才がいたらぜひ教えてほしい。)、その時間軸が果てしなく長くてスケールが大きい。比較的近い未来のことを近未来というが、はるか遠くの、そこに生きている主体が僕たち「人間」と同じ人間なのかどうかもわからないような未来はなんと呼べばいいのだろう。


 基本的には近未来なのだが、一部の作品は本当に時間が果てしないので難解だし、ディストピア感がかえって薄くなっているかもしれない。ただ、なんとなく世界のつながりを感じたり、作品と作品の間にある空白を妄想するのはなかなか楽しい。何が何でも作品を理解したい考察好きや負けず嫌いにおすすめである。


 ただ、「科学の進歩」感はあまりない印象を受けた。一応未来のAI技術「モラヴェック」というものがあって、このAIが複数の作品にちらちらと登場するので未来感はあるし、やはり作品同士のつながりを感じさせるいい働きをしている。しかし、AI以外に技術があまり登場しない。世界自体が遥か先の未来であったり、異世界転生的な感じがあったり、近未来だけど舞台は…といったように個性的な設定ゆえかもしれない。また、時折数学や量子力学といった分野がストーリーの大黒柱になるのだが、これらは一応僕たちの生きる今にもあるし、使われているものである。絶対読み手の届かないものではない。


 というわけで、ディストピアの中で「科学の進歩」という要素が好きな人が読むと、ディストピアではないかも…という感想になる可能性はある。それでも楽しめるとは思うが。


 全体的な感想はこれくらいにして、短編1つ1つについて軽く触れておこう。


 1番目の作品である「六十五歳デス」はすべての人が65歳の誕生日前後で死ぬ世界を生きる老女が主人公。この老女がとにかくかっこいい。世界観もしっかりディストピアで、ダーク。だからこそアクションシーンが映える。読みやすくおすすめ。


 「太っていたらだめですか?」の世界では「国民健康増進党」 というどう見てもやばそうな政党が政権をとって肥満者が抑圧される。やはり肥満者である主人公はある国営デスゲームに参加させられて…。コミカルな雰囲気の割にグロさもあって殺伐としている。


 「異世界数学」。カクヨム読者にはおなじみの異世界転生チックな物語である。数学が苦手な主人公が数学が禁じられた異世界に飛んでしまう。数学がなくなって最高かと思いきやそんなことはなく、彼女は大変な目に遭ってしまう。

 ディストピア感は薄いかもしれないが、作者による仕込みがたくさんあって読み応え十分な作品である。数学が分からなくても読めるが、少しわかったほうが面白い。わかりすぎると逆に良くないかもしれない。


 3作品読んで少し疲れた読者へ小休止を。「秋刀魚、苦いかしょっぱいか」は安心してゆったりと読んでいられる。秋刀魚が絶滅した世界で、小学5年生がAIを駆使しながら失われたその味をテーマに自由研修に取り組む話だ。今よりAIが生活に溶け込んだら、こんな感じなんだろうなと思わされる。


 「ペンローズの少女」はかなり難しい内容だ。「物語」の舞台は「生贄の島」コンディ。民族の人身供儀風習を守り世界から孤立した島である。コンディに漂流した少年ヨ―イチはそこで絶世の美少女サヨと出会うのだが…

 あらすじを書くのも難しい。どうして難しいのかは読んでいただければわかる。「」つきの物語とは?どうしてこれまでのように主人公に言及しないのか?僕なりに工夫したつもりである。わからなくてもとりあえず読み進めてみてほしい。


 ラストは表題作「シュレディンガーの少女」。「シュレディンガーの猫」や、これまでの作品で何度も出てきた「モラヴェック」について知見があると、作者が何に挑戦しようとしたのかわかるのかもしれない。

 

 ということで、読みやすいが、読む人によって受け取る感想は変わるだろうし、読み手の想像力を刺激する小説だった。作者さんの意欲的な感じも結構好きだ。次も、SFを読んでみよう。

 



 

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