文学

『その扉をたたく音』Wake Me Up When September Ends を聴きながら

 この本を手に取ったのは本当に偶然だった。仕事で疲れ果て、ふらふらになって迷い込んだ駅の本屋。何を見ればいいかわからなくて、立ち読みすらせずに出ていくのは恥ずかしくて。自分の目の前にあった本を手に取って、そのまま購入した。それが久しぶりの読書の始まりだった。


 小説の主人公はミュージシャンになる夢を捨てきれない29歳無職の男、宮路。宮地はある日、老人ホームの入居者向けイベントに出演し、そこで介護士・渡部のサックスの演奏に惚れ込む。渡部のサックスを聴くためだけに老人ホームに通い始めた宮路は、渡部や入居者達と交流を深めていき、止まっていた時間が動き出していく…。


 29歳で無職。一見すると宮路は誰よりも未熟で、まさに「ぼんくら」であるかもしれない。ふと、考える。僕は、過去のある一点で立ち止まることなく人生を歩み続けることができているのだろうか。僕は無職ではない。しかし、社会人に紛れながら、今の自分を肯定することができず、かつての夢を思い出しては勝手に傷付いている。現状を変えるために努力をしているわけでもない。あれ、僕も宮路と同じではないか。


 その気づきは心にチクリと刺さるものである。しかし、呆れてしまうほどに素直な宮路の生き様は、僕を少し楽観的にしてくれる。立ち止まっている時間がどれだけ長くても、いつか動き出す時はやってくる。そう思わせる力が宮路にはある。


 そして、小説の登場人物一人一人が皆、実は何かに囚われながら、立ち止まりながら生きている。渡部君も、水木のばあさんも、ただ宮路を導くだけの存在ではない。彼らもまた、宮路と出会うことで自分の人生を見つめ直すことになっていく。再び、人生を歩み始めていく。


 物語の中では、"Wake Me Up When September Ends"という曲からこのフレーズが何回も引用されている。


 Summer has come and passed

 The innocent can never last

 Wake me up when September ends


 いつまでも無邪気なままではいられない。目覚める時が来るのだ。それはもう1つの気づきであり、この小説から与えられる希望だ。


 この小説は決して人生を大きく変えてくれるようなものではない。爽やかな物語だが描写は案外現実的だ。

 

 例えばこの小説は舞台が老人ホームなだけあって、宮路も読者も老いや死を目の当たりにしなければならない。仲の良かったおじいちゃんが、ある日突然豹変してしまう。今までのことをすべて忘れてしまう。悲しくて、理不尽だがどうしようもない。僕の祖父の晩年もそうだった。


 そういう残酷な現実も描写されるからこそ、僕はこの小説を綺麗ごととしてではなく、希望として受け止めることができた。


 人間を元気にすることができるのは、人生観を変えてしまうような大作ではなく、こういうちょっとした気づきを与えてくれる作品なのかもしれない。


 ちなみに、この小説はゆるやかな繋がりを持った三部作の三作品目らしい。これもまた嬉しい発見であった。

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