第4話

 ◇ ◇ ◇ ◇



 地方新聞の片隅に、杉屋旭川店とカレー祭運営がしでかした悪行について、小さい記事が載った翌日。

 私はレッドとイエローの二人に、いつも通り上役からの指示や伝言を告げていた。


「とりあえずお咎めはなかったし、むしろよくやったほうだって言われたわ。私たちのカレーも評判よかったみたいだしね。お疲れ様」


 偉い神さまたちは、本州資本の会社である杉屋の連中に一泡吹かせられたので、気分がいいらしい。

 そんなせこい神さまたちが私のボスかと思うと、少し悲しいけど。

 部下は上司を選べないのだ。

 ただあのイベントは「北海道原産の食材をカレーで楽しんでもらうイベント」として、地元の商工会と市役所、およびボランティア団体が企画したものである。

 しかし杉屋のなんとかカレー丼は、米と卵以外の食材ほとんどを、外国産輸入製品に頼っていた。

 見かけの上では国産商品であるかのように偽装してまで、ね。

 それが新聞記事にすっぱ抜かれていた。

 あまりにも輸入商品の使用割合が多いと、参加審査を通らない可能性があるからだ。

 そこまでして経費をケチりながら、優勝するために裏工作するなんて、見下げ果てた大馬鹿者どもである。


「ブルーは雑用しかしてなかったべや。なに上から目線でモノ言ってやがる。湖水の透明度でクッタラ湖に負けそうなクセしやがって」

「……まだ一位よ。日本最高透明度の座は渡さない」


 いつも通りレッドからの精神攻撃。

 こいつは相手の心を傷つけずにコミュニケーションをとることができないのか。


「まあどんなに綺麗でも基本的に霧だし見えないけどね。遊泳も漁も禁止されてるし。あんまり意味のないアイデンティティだよね」


 イエローは事実を言っているだけで悪気はないんだろうけど、事実は往々にして残酷だということを知るべきだ。

 気を取り直して、私は仕事のことに話題を戻す。

 決して反論できないから引き下がったわけではない。


「まあとにかく、次の仕事はちょっと大がかりになりそうだけど、だからこそいつも以上に慎重になって、物騒なことはしないこと。いいわねレッド?」

「ぁあ!? なんだそりゃ、俺の仕事にケチつけんのかコラ」


 当然のことを注意されて、いちいち突っかかってくるレッド。

 こんなやり取りからさっさと卒業したいものだ。


「わかりきってるじゃないの。あんた、カレー祭のときも人間相手に暴れそうになってたじゃない。そういうのほんと、困るから。いい加減自重して」

「俺が文句言ったのがきっかけで、あの連中が悪さしてんのが明るみに出たんだべや? だからボスたちも文句言わずに、よくやった、って褒めてくれてんだろうがよ。テメーは余計なこと考えずに、決まったことを右から左に流してりゃいいんだよ」


 ぶちっ。

 私の中で、明確に切れた。

 カニ小僧のハサミが私の堪忍袋の緒をズッパシと切った。


「あんたいったい何様のつもり!? そりゃ私だって仕事がスイスイ運ぶ方がいいに決まってるじゃないの! それでもあんたが余計なトラブル起こすおかげで、上には怒鳴られるわ、いらない仕事が増えるわ、後始末に走り回るわで散々な目に逢ってんでしょ!」

「な、なに突然切れてんだよ。このヒス女は。何様のつもりって、そりゃあカニの神さまだよ俺は」


 急に頭ごなしに怒鳴られて、レッドは面食らっているようだった。


「うっさい! 私が今までどれだけ、あんたの不始末の尻拭いしてるか、少しは考えてモノ言いなさいよ! 自分一人で仕事してんじゃないのよ!!」


 言い終えてからもしばらく、私とレッドは睨み合っていた。

 ヘルメット越しだけど。

 私がマジ切れしたのに驚いたのか、イエローは干し芋みたいに縮こまっている。


「……チッ、ああそうかい、わかったよ。俺が悪いんだろ? ブルーは苦労してる立派な神さまだってんだべ? はいはい調子に乗って悪うございましたねえ」 


 いつもの威勢を失ったレッドは、弱弱しくそう言って姿を消した。

 まったく、ガキじゃないってのに。なんだあの態度……。


 さてどうしよう。あの馬鹿カニ、次の仕事についてちゃんとわかってるんだろうか。


「ブルーちゃん、ああいう言い方、よくないと思うよ」


 レッドがいる間は口を挟んでこなかったイエローが、今更なにか言ってる。

 空気読め、遅いっての。

 実は仲裁して欲しかったのに。


「ぁあん!? なんか文句あんの!?」

「ひっ! ご、ごめんなさい」


 怯えさせてしまった。

 なんかレッドみたいだったな、今の私。


「ごめん、ただの八つ当たり。で、イエロー的には、なにがまずかったと思うの?」

「いやあ、レッドくんもあれでプライド高そうだからさ。私が面倒見てやってるんだぞ、ってブルーちゃんに思われてる状況が、やっぱイライラするんじゃないかな。仮にもレッドくんが赤で、リーダーってことになってるんだし」

「ん……」

 

 確かにそうかもしれない。

 レッドが暴走するのも、自分がリーダーシップを発揮したいという空回りの結果かも、と思うことは、正直ある。

 どんな仕事でも、なんだかんだ言って先陣切って突っ込んだり、私たちより張り切ってるのがレッドだから。

 でも、だからこそ私はリーダーならリーダーらしく、彼には大きくどっかり構えて欲しいとも思うのだ。

 つまらない調整や連絡は私がいくらでもやっているのだから、レッドには大黒柱としての存在感をどうしても期待してしまう。

 それも私の勝手な押し付けで、レッドの希望とはズレがあるんだろう。


「あんた、よく見てるわね。口を開けば芋とカレーしかないと思ってたけど」

「どうかな。僕の言ってることも、実は的外れかもよ。とりあえず僕らは僕らで、ちゃんと仕事を進めようか。レッドくんもそのうち戻って来るっしょ」


 気持ちを切り替えて、私はイエローに次の仕事の説明をした。

 レッド抜きだけどなんとかなるだろう。

 いざとなれば私の能力も使うし。

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