第3話

 ◇ ◇ ◇



 次の仕事は切った張ったの悪者退治ではなく、平和的なことを行うことになった。

 もちろんゴミ業者討伐の失態を受けてのことである。

 と言うか、そうしろと上から命令された。

 私たちの活動は、私たちよりさらに上位に君臨する尊い神々の合議でその方針が決められている。

 たいていは大まかな方針だけを伝えられて、細かい現場作業の内容は私たちが自由に決めていたのだけれど、それだとレッドの暴走がひどい。

 私が水の神に泣きついたため、次は具体的な活動内容まで細かく上から指示されるにいたったのだ。

 正直言って、そっちの方が数倍楽だ。

 レッドだって海神さまの部下みたいなものだから、そうしたおエラ方たちの決めたことには逆らえないからだ。

 ちなみに私の直属の上司であるワッカ・ワシ・カムイさまは、北海道全土の淡水の神である。

 簡易的に水神さまと呼ぶことが多い。

 レッドにとって逆らえない存在、いわば海洋の最高神はレプン・カムイさま。

 海の覇王、シャチの神である。

 荒々しくも生命の母たる海原を統べるにふさわしい偉大な神で、陸海空問わず、私たち精霊神の間で人気が高い。

 私には疎遠な存在ではあるけど。

 山の恵みと大地の威厳を代表するのは、ヒグマの神であるキムン・カムイさま。

 イエローはこの神さまの所属下。

 だけどじゃがいも自体が近世になって北海道に根付いた、いわば新参者の食材なので、その精霊であるイエロー自身はあまり上役の存在を意識していない。


「と言うわけで次の活動は人間の青年会に紛れ込んで、カレー炊き出し祭に参加します」


 私は穏やかな心持ちで、そんな偉大な神々から下された指示内容をレッドとイエローに伝えた。

 決まりきったことを右から左に流すだけのお仕事って素敵。


「イヤッホォォォオウ! カレー最高! ジャガイモの入ってないカレーは死ね!」


 イエローのこんなテンション、はじめて見た。


「ちっ、地味な仕事だなおい。俺なんもしなくてもいいべ?」


 レッドは全く興味なさそうにそっぽを向いている。

 反対できなきゃ拗ねてやる気なくすとか、中学生男子かこいつは。

 学校祭の準備とか、全然やる気を出さないタイプだなきっと。


「いや、あんたはシーフードカレーの担当だから。ちゃんと当日は老若男女分け隔てなく、笑顔でカレーを振舞いまくるのよ」


 このカレー祭は、秋祭りのいちイベントとして人間たちが企画したものである。

 地場のおいしい食材を地元の人や観光客に味わってもらい、北海道の魅力を堪能してもらおう、というコンセプトらしい。

 そこに我々が便乗する形だ。

 北海道のおいしいものを食べてもらうことは、海と山への感謝の気持ちにつながる。

 人間たちのそうした「気持ち」こそが、私たち自然精霊、土着の神々にとってエネルギーになるのだ。

 人間が自然を尊ばなければ、自然の神々は力を失っていく。

 それはいずれ海の幸、山の幸の不作をもたらし、人間たちの心と体の健康をむしばむ。

 そして自然を愛する余裕も失われる……。

 そうした悪循環に陥らないために、自然は人間に恩恵を与える。

 人間はそれを享受しつつ、畏敬と感謝の念を持つ。

 それが人と神との変えてはいけない関係である。


「……ククク。カレーと言えばじゃがいも、じゃがいもと言えばカレー、僕の時代だな」


 イエローが気持ち悪い。やる気を出してくれている分には結構だけど。


 北海道の真ん中、やや北に位置する旭川市。

 今日の仕事場はこの街だ。

 市街中心部から少し歩くと、そこには石狩川の河川敷公園が広がる。

 隣接する常盤(ときわ)公園と併せて道北地域屈指のイベントスペースとして有名だ。

 冬には「あさひかわ冬祭り」の会場にもなる。

 ちなみに札幌は「雪祭り」で旭川は「冬祭り」だからな、ごっちゃにしてんじゃねーぞ。

 ここで開催される「秋の道北カレー祭」に、私たち三人は出場している。

 来場者に自分たちが作ったカレーを振舞い、人気投票で優勝を決めるイベントである。

 参加するのは私たちを含めて、十五前後のグループがいるようだった。

 石狩川のせせらぎを聴きつつ、遠くにまみえる大雪山連峰を眺めつつ、おいしいカレーを食べましょう。

 平和で結構なことだ。

 私はこういう落ち着いた仕事の方が性に合っている。

 波風立てるのは苦手なのだ。

 だって私、摩周湖だから。


「おいブルー、ボケっとしてねえで働けやコラ。客が待ってるべや」


 レッドに怒られた。

 こいつ、昨日までやる気なかったくせに、なんでこんなに張り切っちゃってるの。

 私はしぶしぶ発泡スチロールの小型どんぶりにご飯をよそう。

 その上にレッドが、特製シーフードカレーを盛り付ける。

 結構な人気で、お客さんの反応は上々だった。

 レッドの作るカレーは、煮込んで作るカレーではない。

 強いて言うならカレー味の中華丼といった代物だ。

 中華鍋でさっと魚介類や野菜を炒め、そこに水溶き調味料、とろみ強化の片栗粉、そしてカレールーを混ぜ込んだ料理。

 仕上げにほぐしたカニ身を散らして出来上がり。

 シンプルかつ豪快、なにより具材の味と歯ごたえを可能な限り生かしたレシピで、主に男性客に人気だ。

 エビやイカ、ホタテがごろごろ入っているのが受けている。

 私も味見したけど、正直美味しいと思う。

 ただ、ちょっと辛すぎる。

 おそらくレッドの性格、好みによるものだろう。

 レッドに体を貸している元の人間は、確か留萌のカニ漁師だったはずだ。

 荒々しくも豪快な海男の料理、という個性が感じられるカレーだった。


「気をつけなよ、うまいからね。カレーの魔力から人類は逃げられないよフフフ」


 一方のイエローは、気持ち悪い。

 料理ではなく本人が気持ち悪い。

 気持ち悪いことを言いながらお客さんに手ずから料理を渡していた。

 彼が作っているのは、白米なしのスープカレー。

 お客さんは会場内のカレーをたくさん食べ比べなければいけないので、一食当たりの量を減らした結果としてご飯は省略した。

 私の仕事が少ないぶん、楽で助かる。

 しかし、自分でうまいと言うだけあってイエローのスープカレーは出色の完成度だ。

 何十時間もかけて下ごしらえと煮込みを終えた野菜や鶏の手羽元肉は、口に入れた途端にほろほろと崩れ落ち、カレースープとまさに渾然一体。

 肉も野菜もちゃんと形はきれいに残っているのに、口の中で溶けるのだ。

 一種の恍惚を味わえる。

 こいつ、確か二日くらい前から寝ないで作業してた気がする。

 レッドの作品が「カレー味の魚介炒め」だとしたら、イエローのそれはまさに「具材もスープもそれらすべてが一つのカレー」というレベルに昇華されている。

 小芋がそのまま入っているのも可愛らしく、女性客に大人気だった。

 歯の弱い年配のお客さんも、このスープカレーなら問題なく食べられる。

 辛さも控えめ。

 イエローのカレーを味見したレッドは、一口目から驚いたような、悔しいような怒っているような、そうと思えば泣きそうな顔をしたりしていた、と思う。

 ヘルメットかぶってるから見えないので、やつの挙動からそう確信しただけ。


「海の幸にも山の幸にも乏しい摩周湖さんは気楽でいいなあ。勝っても負けても他人事だもんなあ。サボってねえでエビの殻でも剥けよ。それくらいの役には立てるべ?」

「自分が負けそうだからって私に当たるのやめてくれない?」


 レッドは余裕がないようだ。

 これだけ派手に魚介類を使って負けるのはさぞ無念だろう。

 いい気味である。

 

 私たち三人は交代で休憩を取りつつ、他のグループが作るカレーを食べ比べたりしながらイベントの終了まで頑張って働いた。


「くそったれ、スパイシーマジシャンズの本店まで、こんなちんけなイベントに出張って来てやがる。一流の専門店がわざわざ札幌から乗り込んで、素人相手に本気出してんじゃねーよバーカ」


 審査結果が出る前から、レッドが負け犬のセリフを吐いていた。

 スパイシーマジシャンズというのは札幌に本店を構える超人気カレー店だ。

 北海道で一番有名な飲食店とすら言われる店であり、私も休憩中に食べた。

 美味しいのはもちろんだけど、さすがに屋外での出張イベントということもあって本店で食べる味より一段落ちる気がした。

 あれならイエローの作ったカレーもいい勝負ができるのではないだろうか。

 と、私が思っていたのもつかの間、発表された審査結果はその予想を大きく覆すものだった。


「優勝は株式会社『杉屋』旭川店さんの、牛たまカレー丼に決まりました! おめでとうございまーす!」


 司会者が宣言した結果に、まばらな拍手が起きて、それ以上の不穏なざわめきが発生した。

 会場の片隅で一部の関係者だけが大喜びしていて、その声がむなしい。


「ねえ、杉屋ってあの全国チェーンの牛丼屋よね? 旭川に最近、支店作ったって聞いたけど。そんなに美味しい?」


 釈然としないまま、二人に聞いてみる。


「なワケねーべや! あれがうまいってんなら塩振っただけの白メシが宮廷料理になっちまうべ!?」

「……あそこのカレーはじゃがいもが入ってない。できそこないだよ」


 二人とも納得がいっていないようだけれど、旭川の人には目新しくて珍しかったんだろう。

 それが観客や審査員の評価なら仕方がない。

 とは簡単に割り切れないバカが、私の相棒だったことに絶望した。

 気が付くとレッドが運営スタッフに大声で詰め寄っていたのだ。


「どう考えてもおかしいだろコラ! スパマジやうちの黄色いヤツのが、あんな残飯モドキに負けるわけねーべ!? もう一回集計し直せこの野郎!」

「ちょ、あんたいい加減にしな! こんなところで騒ぎ起こしてどうすんのよ!」


 さすがにこんな大勢の一般人が見ている中で、エゾスリーの評判を悪化させるわけにはいかない。

 私は必死でレッドを食い止める。

 そもそも、いつも通りのボディスーツとヘルメット姿のせいで、ただでさえ悪目立ちしているのだ。

 子供がじゃれついてキックしてくる程度は可愛いものとしても。

 そうやって私とレッドが押し合いへし合いしている背後で、他のお客さんの声がちらほら聞こえてくる。


「他に美味しいカレーたくさんあったよな」

「アタシたちみんなスパマジに投票したよね。負けちゃったの?」

「そう言えば祭のスタッフらしき人と杉屋の店員が、なんか常盤公園のトイレでこそこそ話してるの見たぞ」

「つーか杉屋のブース、基本的にガラガラだったべ?」

 

 そのほか、きな臭い話題が出るわ出るわ。

 どよめきの中、運営スタッフと杉屋のブースを交互に見たイエローが、静かに手のひらを掲げた。

 不正行為があったとしたら、彼の怒りはただじゃ済まないだろう。

 カレーと芋はイエローのアイデンティティそのものだから。


「神聖なる祭を、神と人との交わりを汚すものたちよ。大地の声に従い、胸中の闇を解き放つがいい!」


 説明しよう! イエローの特殊能力「大地の声に従え」は、北海道の農作物や山林の幸を食べた相手を、強制的に服従させる恐ろしい能力なのだ!

 しかし使用には制限があり、相手の体内に食材が残留している分量によって効果があったりなかったりする!


 会場にいるほとんどの人がさっき食事を終えたばかりということもあり、効果はてきめんだった。

 イエローの命令通りに、隠していた内幕を吐露する人がそこかしこにあらわれた。


「実は杉屋の営業さんから袖の下をもらってました」


 あるイベント運営スタッフはかく語りき。


「組織票に動員されました」


 一般客の中にもそんな人が混じっていたようだ。


「集計ではスパマジが一位になりそうだったんですけど、札幌のカレー屋に一位を取られるのが嫌なので有効票をいくつか握りつぶしました」


 別の運営スタッフは旭川への愛情を間違った方向で発露してしまったようである。

 そんなに札幌をライバル視したところで、どうせありとあらゆる面で負けているのに。


「旭川出店の勢いをつけたかったんです。小さなイベントでもスパマジに勝てば営業成績上がると思って」


 杉屋の営業関係者と思われる男の言い分。

 みんな、死んだ魚のような眼をして、口をパクパクさせている。

 見ていて気持ちのいいものじゃない……。


「チッ、ハンカくせーこと考えやがる連中だ。呆れてモノも言えねえ」


 苦々しく吐き捨てたレッドが一人、イベント会場を後にした。


「イエロー、もういいでしょ。みんなを解放してあげなよ」

「……そっか。スパマジが一位だったのか。ククク、次は負けない」


 次なんかないっての。

 もうカレー勝負は懲り懲りでヤンスぅ。

 でもイエローの能力を使ってしまえばイベントで優勝することは楽にできただろう。

 審査員や観客を全員、強制服従させてしまえばいいのだから。

 それを良しとせずに正々堂々とカレー勝負をして負けたことは、手伝った私としても悔しく、それ以上にすがすがしかった。

 騒ぎを起こしそうになったのは閉口だけど、熱心にカレーを作ってる二人も、まあまあかっこ良かったかな、と多少ながらもデレてみる。

 他の部分が全く問題外だけど。


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