第2話

 ◇ ◇



 きたぐに戦隊エゾスリーは、北海道を舞台に活躍するご当地ヒーローである!

 活動目的は、北海道を愛する人々を守り、北海道に仇なすものを懲らしめ、北海道の魅力を少しでも多くの人に知らしめること。

 そうすることで北海道という土地に根付く大小さまざまな土着の神々は、信仰心にも似た霊的エネルギーを、人々の精神から補給することができるのだ。 

 かいつまんで言うと、神さまが自分たちの恐ろしさやありがたさをアピールするため、人間にわかりやすいよう戦隊ヒーローの姿かたちを模してこの世にあらわれた、ということ。

 以上、人材不足により解説は私、摩周ブルーがお伝えしました。

 人材って言っても、私自身が摩周湖の神なんだけど。

 今は人間の体を借りてこの世にあらわれてるから、人材でも間違いじゃないか。

 それにしてもエゾという言葉は、内地から見た北海道地方の差別的呼称なのに……。


「わかりやすいからそれでいいじゃないか」


 と、エゾスリーをプロデュースしている尊い神々が決めたことなので、それ以上突っ込まないことにした。


 山を越え、谷を越え、木々を分け入って私たちは本日の仕事現場に到着。

 ここは大雪山にほど近い峠の中腹で、曲がりくねった車道とガードレールのすぐ横は落差の激しい峡谷になっている。

 底には細い川が流れていて、夕べ降った雪と雨の影響か、水量は多く流れが速い。

 このあたりの木々は紅葉が早く、十月初旬の現段階でも紅、黄、青緑、と色とりどりの森林風景が楽しめる。

 そんな風光明媚なスポットで。

 あろうことかダンプカーの荷台から谷底へ、悪びれもせずに大量のごみを投機している人間たちがいた。

 明らかな不法投棄で、人間のルールから見ても我々のような自然神、精霊のことわりに照らし合わせても、完全に真っ黒でアウトな行為だ。

 水が汚れ、川の流れが乱れ、生物たちが苦しんで死に、美しい景色が破壊される。


「さあーて今日の敵さんはどんな連中かなーっと。おうおう、だれも見てねえと思って好き勝手やってやがる。事故を装って殺しちまうべか?」


 レッドが物騒なことを言っている。

 でも基本方針として、人を殺すのはご法度だ。

 それは私たち三人とも、人間の体を借りてこの世に顕現している存在だから、人倫にあまりにはずれた行動をとろうとすると、体の持ち主である人間本体が私たち精霊の居候を拒絶する恐れがあるからだ。

 人間のルールと神さまのルールの間で折り合いをつけて、ヒーロー活動を遂行しなければならない縛りがある、とでも言おうか。


「ここの水を畑に引いてる農家だっているんだろうな。芋の味が悪くなるのは許せん」


 イエローの体の持ち主はもともと農家を営んでいて、芋が主要作物だった。

 そこに農作物や山の幸をつかさどる精霊が宿ってしまったものだから、行動原理が芋基準なのは仕方がないことと言える。


「……今回は満場一致で、成敗する方向でいいけど。あんまりやりすぎないでよ?」


 私のGOサインを聞くまでもなく、レッドはすでに走り出していた。


「食らえやゴルァアァァ! 必殺、レッドシザーッッ!!」


 説明しよう! レッドシザーとは、かにレッドの必殺技である!

 その右手から放たれる手刀の衝撃波はありとあらゆるものを切り刻み……。


「って、やりすぎんなって言ってるじゃないのバカぁー!」


 甲高い音とともに、レッドの手から放たれた霊気の刃が不法投棄業者のダンプカーに襲い掛かる。


「な、なんだいったい!?」

「社長、ダンプが!!」


 突然の轟音と空気を切り裂くような衝撃に驚いた不法投棄業者たち。

 彼らの見ている前で、ダンプカーの荷台がガシャガシャ、ガラガラと音を立ててバラバラに解体され、崩れ去った。

 もちろん、そこに積まれていた大量のゴミが車道に、谷に、谷底へと容赦なくぶちまけられた。

 阻止しないと意味ないのに事態を悪化させてどうする!


「あらあら、えらいこっちゃあ」


 イエローもあきれ顔である。

 どこから取り出したのか、カレー味のポテトスナックをほおばっていた。


「レッド、どうしてくれんのよこの有様! 山が汚れちゃったら意味ないじゃない! しかもこの連中の車を壊しちゃったら、誰が不法投棄したゴミを持ち帰るのよ!」


 私に突っ込まれてはじめて、しまった、というような顔をレッドが見せた。

 なにも考えてなかったらしい。

 そして何かを思いついたのか、レッドはおもむろに業者連中の元へ近づいて、言った。


「おい、テメーら。道に外れたことをしたらどうなるか、これで分かったべ? これに懲りたら、今日のうちに散らかったゴミどもをまとめて持って帰れよ」


 無茶だって。おもにレッドのせいで。


「な、な、なんだ貴様らはいったい? なんの権限があってこんなことをするんだ! 訴えてやるぞ! そのふざけた格好はいったいなんのつもりだ!」


 社長と呼ばれた男が怒り狂った形相で反駁する。

 無理もない。私たちのいでたちは、各キャラクターの色を配した戦隊ヒーローもののボディスーツに、北海道らしくアイヌの幾何学的な文様をあしらったデザイン。

 そしてフルフェイスヘルメット。

 背中には北海道の地図が白抜きで映える。

 もちろん北方四島含み。


「うるせージジイだなコラ。大人しく言われたとおりにすりゃいいんだよ」


 レッドが腕を水平に一振りすると、社長と呼ばれた男の髪の毛がスパッと刈られ、河童の皿のように頭頂部が、丸ハゲになった……。


「ひ、ひぃぃ、人殺しぃっ!」

「社長! 待ってくださいよ!」


 男たちは、逃げて行った。

 タクシーも通らない道なのに、徒歩でご苦労なことだ。


「どーすんのよ、この後始末、ほんとに……」


 バラバラになったダンプカー、四方に散らかったゴミ。

 目を覆いたくなる惨状だ。


「警察とか役所とか、連絡すれば誰かが片づけるんじゃない?」


 イエローがカレー臭い息を吐きながら言った。

 警察に後始末してもらうとか、どんなヒーローだいったい。


「イエロー、あんた、農家の引いてる水がどうのって心配してたじゃないの。レッドのせいでめちゃくちゃになっちゃったわよ。ちゃんと文句言いなさいよ……」

「やだよ。レッドくん怒らせると面倒臭いし」


 私はあんたたち二人とも嫌だ。

 ホームである摩周湖にひきこもって静かに暮らしたい。


「うむ、今日も俺さまの活躍で悪は去った。今日もブルーは小うるせーだけの役立たずだった。少しはイエローを見習ってリーダーに敬意を払えば可愛げがあるんだがなあ」

 

 結局、私はこの仕事が終わった後に山の神々に謝りまくった。 

 まき散らされたゴミは、匿名で役所や警察に連絡したおかげで人間たちが片付けた。

 それでも、その間に山の生き物や大小の神々たちが大きな迷惑をこうむったのは事実。

 もちろん、私自身は上司である水の神、ワッカ・ワシ・カムイさまに大目玉をくらったのは言うまでもない。

 ああ、こんな私を癒してくれる素敵な殿方(神さま限定)はどこかにいないものか。

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