第五話 最終決戦

「零番隊、六道睦。発艦します!」


烈風を駆る私と七瀬は赤城を飛び立つ。


後続に零戦と紫電弐改の部隊が続く。


作戦目標は北京上空、コアだ。


「さあエリス。いい加減にケリをつけちゃおっか!」

『そうですわね!』


新生『烈風』。搭載された弐式ほまれ発動機は六千馬力を誇る。機体は零戦よりも大型ながらもその運動性能が劣ることはない。

巡航速度は時速八百キロ。最高では千四百キロと零戦九八型を大幅に上回る性能、正に最強の戦闘機だ。


「で、どのくらい出すとバラバラなの?」

『時速千二百キロがボーダーラインと聞いておりますわ』


十分。十分すぎるスペックだ。零戦の最高速度を超えても分解しないのであれば遠慮なく戦える。


「いいね、最高だよ」

『睦なら、やれると信じております』


先行した輸送機に追いついて、空中給油を受けて、追いついて、給油を受けてを繰り返す。


エリスと作戦の最終確認を続けていると、前方に機影が見えて来た。


『そろそろ先発の攻撃機隊と合流します。敵制空領域まで十海里といったところですね』

「了解。じゃあ、もうすぐお別れだね」


敵が近づいている、ということはそういうことだ。フェイクに近づけばエリスは戦えない。


『何をしんみりしておりますのよ。早く片付けてまた会いましょう』


エリスは強気に言い放つ。

私はどうやら弱気になっていたようだ。


「そうだね、ありがとう。いってきます!」

『どうか、ご武運を』


エリスの声は途絶えた。


「それじゃあ、行こうか!」


発煙筒を焚き合図、機首を捻り散開する。


戦闘機部隊の半分は高度を上げていく。上空に待機する戦闘機を模倣したフェイクの排除が彼らの任務だ。


残りは私を中心に渡り鳥に倣ったV字陣形で速度を上げていく。


高度は海面ギリギリ。プロペラが海面を叩くほどの高度を攻める。


見えて来た。ユーラシア大陸本土。フェイクの完全な支配領域。


「クソッ!戦車部隊かよっ!」


情報にはあったが実際に見ると恐ろしい。海岸線にずらりと並んだ砲。それらが一斉に火を噴こうとするところに絨毯爆撃が襲い掛かる。

先行していた『弐式彗星』艦上爆撃機。零戦に匹敵する速度と二千キロ越えの航続距離を誇る傑作爆撃機、『彗星』をベースにした機体。


赤城の大きさはこの弐式彗星を輸送するためだったのだ。


「間に合ったね。一気に突入する!」


発煙筒を焚き列機に合図。『富士』の攻撃までは残り十分!


七瀬を除いた列機が高度を上げる。戦闘機の第二陣だ。


私達『烈風』は構わずひたすら進む。


見えた!北京上空、空間の歪み。あれがコア!


ドッ!


空間に衝撃が走る。『富士』の攻撃だ。この威力、まるで隕石ではないか。


一瞬でコアの一部が木っ端微塵に吹き飛ぶ。


「分かれた!こっちを見ろ!!!!!」


ありったけの発煙筒を焚いてアピールする。


透明な何かは集まり、分かれ、形を作っていく。


それは紛れもなく『烈風』だ。


「まだまだ、もっと!」


全てを破壊する槍が堕ち、轟音の嵐が響き、透明な雨が舞う。私は嵐の中を飛び回り、雨は次々と形を成していく。


「七瀬!」


離脱の意、緑の発煙筒を焚く。これ以上は七瀬には無理だ。これ以上大切な人を失ってたまるか。


七瀬の離脱を確認した私は、速度を上げる。


「死ね、死ね、死ね!」


旋回し、宙返りし、機銃を乱射する。


おびただしい戦闘機を撃って、撃って、撃って、墜として、墜として、墜とす。


残骸の雨が降る。


ドッ!ドガガガッ!


『富士』は細かい破片を掃討する炸裂弾に砲弾を変更したようだ。つまり作戦は最終段階!


「さあて、始めますか!最後の鬼ごっこを!」


機首を反転させ海を目指す。バラバラにするか、されるか。


やってやろうじゃないか。世界最悪の鬼ごっこ!


魚群のように迫るフェイクの群れが放つ弾幕の嵐を潜り抜けて、飛ぶ。


急旋回ブレイク宙返りループ、捻り込み。私は全ての技術を総動員して、飛ぶ。


「付いてくるか。そろそろバラバラになっとけよ!」


既に速度は時速千キロに至ろうとしている。


スライスバックを仕掛ける。


「喰いつけ!!!」


フェイクの群れは乗って来た。


スライスバックは位置エネルギーを運動エネルギーに変換する。つまり


「いい加減に、砕けろよ!!!」


速度計が指すのは千百。『烈風』の耐久力はここらで限界だ、が。


「私は、!」


私は躊躇いなく右腕を切り落とす。


無色透明の何かになった元右腕は、操縦席の後ろに吸い込まれていく。


「いっけええええ!!!!!!!!」


私は足で操縦桿を抑え、左腕でスロットルを前回にする。


速度が上がる。千百、千二百限界を超えて、千三百。千四百。そして、


『烈風聖華』。チューンナップを重ねた弐式譽改発動機を搭載した特注機だ。航続距離と防御力を犠牲に極限まで運動性能を高めた私の機体。


限界を超えると空中分解する機体。普通に考えれば欠陥機だ。本来はそれを補う術はあったのだが今回の作戦のために見送られた。


欠陥を直してしまえば、それを模倣した方も欠陥のない機体になってしまうから。


「だったら欠陥は、模倣させた後に補えばいい」


右腕で分解を防ぐために考案されたパーツを。『フェイク』と同種の私だからこそできる芸当。


「全て、振り切る!」


速度が上がる。最早後ろを見ることはない。無我夢中で飛んで、飛んで、飛ぶ。


『睦!作戦は成功しましたわよ!』


どれだけ飛んだだろうか、突然エリスの声が響く。そっか、成功、したのか、、、


『睦!どうしましたの?しっかりして!』


あれ?エリスが何か言ってる。どうしたんだよ、うるさいな。勝ったんだからもういいじゃん。


私は震える声で絞り出す。


「エリス、ありがと、、、」


『むつみ!むつみ!むつ―――』



 ◇ ◆ ◇



私は目を覚ます。ここは、、、白い天井、清潔なカーテンで覆われた空間。医務室、か。


『睦!』

「あれ、、、エリス、、、」


エリスの声だ。

横を見れば人型の作業ロボットの頭のモニターにエリスが映っている。


『睦!貴方は、貴方と言う人はっ!』


モニターの中でエリスは涙を流す。機械の体で、私の胸の飛び込んで泣き崩れる。


そうだ、私は敵を振り切って、、、


ああ、そうか。右腕を切り落としたせいで血を流しすぎて失神か。

腕を落とす。誰にも言ってない作戦だったけれど成功してよかったよ。


ありがとね、セイム。貴方のおかげで勝ったよ。


一つだけの誤算といえば生き残ってしまったことか。


私は、死ぬつもりだった。


一度死んだ身だ。私が理を外れた存在でありフェイクと同種の生物である以上、奴らと一緒に私も終わらせる予定だった。


フェイクを根絶やしにする。その一心で生きてきた。そう思っていた。


でも、それは違っていたのかもしれない。


生きてて良かった。私の胸で泣きじゃくるエリスを見たらそう思えて来た。


生きてみようか。今度は復讐のためじゃなくて、自分のために。そして、大切な人のために。


私は残った左腕をエリスの頭に載せ、口を開く。


「心配かけてごめんね。ただいま、エリス」

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