第三話 大再編

「ねえ、エリス」

『何ですの?』


私は自室のベッドに寝転がってエリスに話しかける


「人ってさ、案外簡単に死ぬんだね」

『、、、、、、』


橘は、死んだ。十七歳。私の一つ下だ。

まだあどけなさが残る顔でよく笑う、可愛い少女だった。


何もできなかった。私はただ落ちていくのを、眺めるだけで。


「フェイクってさ、死ぬって概念があると思う?」

『なんとも言えませんわね。私はあれに近づけませんので分かりません』

「ははっ、確かにそうか」


私は乾いた笑いを漏らす。


悪意、敵意、憎悪。それがフェイクを見て感じたことだった。

それは、驚くほど空っぽで、真っ黒だった。

紛争地帯に溢れる醜い感情を模倣したのが、フェイクなのだろう。


「哀しいね。どんな世界にも希望はあるはずなのにさ、結局は悪意に勝てないなんて」

『、、、それでも、フェイクがどんな哀しい生き物であれ、私達は奴らを殺さねばならない。それだけは確かですわ』

「正論、だね。確かに。じゃあもう寝るよ」


エリスは私を傷つけない言葉を精一杯選んでくれた。


嬉しかったけれど、余計に悲しくなって。私はエリスの映る端末の電源を落とす。


寝る、と言ったものの寝られる筈がなかった。



 ◇ ◆ ◇



「本艦隊は先の作戦で大規模な戦力を喪失したため再編が行われる運びとなった。そこで貴官らにも辞令が下ることとなった」


作戦の二日後、加賀の艦長室。私と七瀬は招集されていた。


「再編の前に昇進を言い渡す。六道三等海佐は一等海佐。七瀬二等海尉は一等海尉とする。先の作戦での第七世代型フェイクを撃破した戦果によるものだ」


私と七瀬は敬礼で応じる。


一等海佐、か。佐官の最高位、つまり将官に次ぐ立場ではないか。

これはきっと先の戦闘のことだけじゃない。一番隊と二番隊の全滅の埋め合わせだ。


「続いて辞令を発表する。六道一佐、七瀬一尉は本日付けで新たに編成される『第八艦隊』の旗艦、赤城へと配属となる」

「了解であります」


私達は再び敬礼で応じる。



 ◇ ◆ ◇



「嬢ちゃん、達者でな」

「津田さんもお元気で」


加賀の飛行甲板の上。私はこれから、この艦を去る。


いつものように操縦席に座り、発動機を動かす。


「行こっか、エリス」

『ええ』

「第三戦闘小隊、六道睦。発艦します!」


いつもと同じ発艦。違いといえば列機が一機しかいないことか。


『第八艦隊は大和堆沖ですわ。半刻、といったところですわね』

「了解」


特に会話もせずに大和堆を目指して飛ぶ。


八月に入ったばかりの空は梅雨もあけ真っ青に澄み渡っている。


日差しを反射する海面が煌めく先、艦影が浮かぶのが見えて来た。


『そろそろ目的地ですわね』

「だね、、、おい、何だよあれ、、、」


艦影?違う。。まさか。


近づく程に疑いは晴れていき、驚愕が生まれる。


「まさか、、、あれって、、、」


誘導灯に従って着艦する。アレスティングワイヤーは必要ない。何故ならから。


「よくぞ来てくれた。ようこそ、地球防衛戦線第八艦隊旗艦、『赤城』へ」


機から下りると長い黒髪を潮風になびかせる若い女が手を差し出してきた。


「本日付けでこちらに配属となります。日本防衛団一等海佐、六道睦です」

「同じく一等海尉、七瀬栞です」

「エリスから聞いている。第七艦隊提督にして『富士』艦長、國生慈こくしょうめぐみだ。よろしくな」


私達は握手を交わし、敬礼する。


「そう固くならなくていい。この艦隊は特殊だからね」


そう、特殊。あまりにも特殊だ。これは一体、、、


「疑問が尽きないって顔だな。何でも聞いてくれ」


では、と私はシンプルな疑問をぶつける。


「質問は二つです。一つ目、あれですか?」


私は隣の船を指して問いかける。

そう、海面に浮かんでいるのは超弩級超長距離砲だ。


「違うな。間違っているぞ。あんな文化遺産時代遅れと一緒にするな。こいつは第八艦隊零番艦『富士』。超弩級超長距離砲撃戦艦だ」


國生提督はあっけらかんと言い放った。名前が長い。


「この『富士』は射程三千キロ。誤差は大きくても百メートル。しかしそれを上回る最大の特徴は何といっても戦艦である、という点に尽きる。移動は面倒だがこれであのパリ砲道楽兵器の欠点であった射程外が存在するという問題を解決できる。シンプルでいいだろう!」


確かに動く、というのは魅力だ。


、、、これだけの大質量が動くとは思えないが。


長さは五〇〇メートル級の四隻の超弩級戦艦が連結して超弩級の主砲を支えている。主砲の口径は一メートルくらいか?伝説の超弩級戦艦大和の二倍はある。


待て、そもそも日本海にどうやって入って来た?この鉄の化け物が通れるほど広い海峡はないが、、、


「ちなみにここ日本海には津軽海峡を吹き飛ばして入って来たぞ。人類の危機なのだからこの程度の些事は気にするな!」


ああ、こういう集団か。


「理解しました。では二つ目、私達の任務は?」


これも謎だ。正直この艦に私達が加わる余地はないだろう。

圧倒的な対空装備。第七世代戦闘機でもこれだけの弾幕を潜って攻撃を入れることは不可能だろう。


「ああ、私達はこの戦争を終わらせる。そのために君たちを招集した」


再び、國生提督はあっけらかんと言い放つ。


終わらせる。つまりは『フェイク』を根絶やしにする、ということか。


「今まで貴官らがやっていたのは侵攻に対する対症療法にすぎん。当然立派な仕事だが、私達は違う。『フェイク』を根本から倒す原因療法でこの馬鹿げた戦争を終わらせる。それが第八艦隊、私達の任務だ!それに君達の力が必要、というわけだ」


理解はできないが、把握はした。


「了解しました。では」

「待て。こちらの質問が終わっていない」


そう言って國生提督は踵を返そうとした私達を引き留める。


「六道一佐は第七世代機を単機で二機撃墜したそうだな」

「単機撃破は一機です」


なるほどな、と國生提督は笑みを漏らす。


「君に質問だ。どうやって倒した?」

「スライスバックでだめだったので左捻りこみを」


それを聞いた國生提督はからからと笑いだす。


「君も化け物だな。あの失われた技術ロストテクノロジーを再現する者がいるとは」

「何が言いたいのでしょうか」


笑いを収めた國生提督は言う。


「いやあ、君にプレゼントをと思ってね。地球のエースパイロットに相応しい機体さ」


そう言って國生提督は隣にあった布を引っ張る。布に覆われていたいた飛行機のシルエットが露わになった。


真紅の戦闘機。零戦よりも一回りほど大きいだろうか。


間違いない、『烈風』だ。零戦の正統な後継機として開発されたが終戦に間に合わず試作に終わった幻の戦闘機。


烈風聖華れっぷうせいか。君の機体だ。二十世紀の時代から紅はエース機の色と決まっている。一説によると紅に染められた機体は通常の三倍速いと言われているぞ。どうだ?気に入ったか?」


言い終えた國生提督は私の目を見据える。


エース機。即ち、一番強い機体。


そんな大役を、私が。


いいぜ、やってやるよ。もう二度と、大切な人を失いたくはないから。


「ええ、それはもう。この六道睦、精一杯務めさせていただきます」


私はもう一度、力強く敬礼をした。



 ◇ ◆ ◇



「ねえ、エリス。なったはいいけどさ、なんで私がエースなのさ」

『睦、貴方は古典の無自覚最強系にでも憧れておりますの?』

「何だよそれ」


画面の中ではあ、とため息をつきながらエリスは話し出す。


『そもそも先の作戦で撃墜した神龍は第一、第二小隊を全機撃墜していたのですよ?それを撃墜する、ということがどういうことか分からないんですの?』

「言われてみれば、、、そうなのか?勝てたのは向こうがミサイルを使い果たしてたのが大きいと思うんだけど」

『それでも左捻りこみをできるのは世界で貴方一人ですわよ』


ん、何だか照れる。褒められて悪い気はしないね。悪いとは思ってるけど。


「ねえエリス。この前言ったじゃん?この戦いが終わったら、話したいことがあるって」

『ええ、言いましたわね。フラグが回収されなくてよかったですわ。結局何だったんですの?』


私は一息つき、覚悟を決める。


「私は、フェイク」

『何をいっておりますの?』


私は答えない。ただ無言で、部屋にあった椅子に化ける。


『、、、それで?』

「艦内にアラート出さないでいいの?フェイクが艦内に入りこむなんて一大事だよ?」

『で、何ですの?』


茶化してみるがエリスは動じない。まあ言うか。


「君達の言う『フェイク』って生き物は、群として個。模倣し、切り離し、存在する。そんな生き物なんだ。私は同種の生命体。それで、数年前にこの地球に堕ちて来たの。フェイクは、私の鼓動を追って地球にやってきたのかもしれない」

『にわかには信じがたいですわね』

「まあそこは前提。受け入れて。そこで私はとある少女と出会ったんだ。。それが彼女の名前だった」


私はゆっくりと語り出す。私を私たらしめる物語を。

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