第二話 第七世代戦闘機
「エリス、今日は?」
『だから分からないと申しておりますでしょ』
「相変わらずお堅いねえ」
日本海の哨戒任務。戦闘機や艦艇を五十キロ間隔で配置する。電子機器が止まったら奴らがいるという合図になるというわけだ。
レーダーが聞かない『フェイク』に対しては低軌道リアルタイム監視衛星の『ひまわり』シリーズなどによる監視で対応するしかないのだが、夜間となると目は使えない。だからこうやって原始的な手法をとっているというわけだ。
「ねえエリス」
『何でしょ――』
突然エリスの声が途絶えた。つまりそういうことだ。
直ちに機首を反転させる。
『睦!』
「ああ、すぐに連絡を頼んだ。後退しながら位置を割り出すから計算を!」
私は操縦桿を自在に動かし飛び回る。エリスがついたり消えたりの連続だ。
『フェイク』の半径五〇キロ以内で電子機器が使えないのならそれを逆手にとって境界を見つけだす。理論上、境界上の四点さえわかれば中心は割り出せる。
『出ましたわ! 十時方向、高度二万! こっちには向かっておりません』
「二万!? 第七世代かよ!クソッ、どうする?」
第七世代ステルス戦闘機。二十一世紀後半の
水素を燃料としたことによる圧倒的な性能は二世代前のトップモデルである
恐らく中華帝国の機体を模倣したんだろう。
『即時帰投命令が出ました。速やかに撤退せよとのことです』
「……了解」
◇ ◆ ◇
暗闇の中、妖しく輝く飛行甲板の誘導灯を頼りになんとか加賀へ着艦する。
急いで機体から飛び降り艦橋へと向かう。
「失礼します。第三戦闘小隊隊長、六道二等海尉です」
「揃ったな。始める」
ブリーフィングルームに着席すると旧世代の海軍の軍服を着た初老の男性が口を開く。黒戸海将、加賀の艦長にしてこの日本海第二艦隊の提督だ。
「六道二尉とエリスの解析によると敵の飛行高度は二万メートル。これができるのは第七世代機以外に存在しない。幸い敵は大陸方面に向かって行った。しかし今後侵攻してくる恐れも十分にある。そこで我々は総力を以てこれを撃破する作戦を発令する。エリス」
「はい」
モニターが輝きエリスが現れた。彼女は自分の後ろに日本海の地図が映し出す。
「敵の予想発生地点はここ、旧中華帝国第十七飛行基地ですわ。ここを叩きます。零戦と紫電で弐式陸攻を援護して爆撃、という形です」
何の捻りもない基本中の基本、といった風な作戦だ。情報戦が不可能な今の状況ではそうなるのも当然か。
「編成を発表します。先発戦闘中隊に第一小隊、第二小隊。第一次攻撃中隊に二番攻撃隊、四番攻撃隊。直掩は第三小隊です。第二次攻撃中隊に第三攻撃隊、第六攻撃隊。直掩は第四小隊、第七小隊です。残りの部隊は艦の防衛にあたります」
名を呼ばれた隊の者が全員敬礼する。当然私もそれに倣う。
「では以上だ。作戦開始時刻は明日の
◇ ◆ ◇
「ねえエリス、どうしてウチの隊が第一次攻撃隊の直掩になるの?」
私は自室のベッドに寝転がってスマホの中のエリスに話しかける。
『分かりませんわよ。私は上の指示を伝えるだけですもの』
「ふーん。そういうもんなんだね」
私はそれきりにして眠りにつく。
敵を見つけて翌日に作戦、というのは常識的に考えてありえないスピード。それほど切羽詰まった状況なのだろう。
戦闘機乗りにとって体力は資本だ。どこでも寝られる、というのも重要な素養。
私の意識は一瞬で沈んでいく。
◇ ◆ ◇
「嬢ちゃん、気をつけてな」
出撃前の私に津田さんが神妙な顔つきで声をかけてくる。軍事マニアの津田さんは第七世代の恐ろしさをよく知っているのだろう。
「ええ、肝に銘じておきますよ」
私は操縦席に飛び込む。
原始的なレバーを倒して発動機を始動させる。
「それじゃあ。行こうか、エリス」
『承りましたわ!』
機体はゆっくりと甲板の上を滑り出す。
「第三戦闘小隊、六道睦。発艦します!」
ゆっくりと操縦桿を引く。機首が持ち上がり機体は青空へ飛び出した。
目標地点までは三百海里。足の遅い弐式陸攻に合わせるため到着までは一時間と少しか。
「ねえエリス。私は第七世代に勝てるのかな」
『勝機は十分ございます。超長距離戦闘に特化した第七世代機はドッグファイトを想定した設計ではありまん。さらにフェイクは第七世代機をの性能を完璧に模倣しているわけではないでしょうし零戦なら、睦の腕なら勝てますわよ』
「はは、リップサービスまで覚えちゃったのかよ」
エリスの言葉は頼もしい。これが
だったら、頼ってもいいかな。
「ねえエリス。この戦いが終わったらさ、話したいことがあるんだよね」
『睦、それは二十一世紀初頭の言葉でフラグというらしいですわ。控えた方がよろしいかと』
フラグ、旗の意か。何をいっているのかは分からないがまあ黙っておくとしよう。
『むつ―』
突然エリスの慌てた声が操縦席に響いた。
「まさかフェイクが!?まだ百海里以上あるし、それに先発戦闘隊は?」
やられた、というのか。加賀でもトップの練度を誇る第一、第二小隊が……
「やるしか、ないね」
私は翼を振って列機に合図する。弐式陸攻には高度を下げさせ、直掩の私達は機首を一気に引き上げる。
四千馬力の発動機が唸り機体はぐんぐん上昇していく。原始的な気圧計が淡々と高度を伝える。
二千、三千、四千、、、雲を突き抜けてもっと上へ!
高度六千メートル。弐式栄発動機にとって最適な高度から少し上。ここに敵を引き込めば有利に戦える。
パン!
列機が赤色の煙を吹いた。発煙筒、赤の意は敵機直上!
咄嗟に機首を右に捻る。次の瞬間、ほんの数秒前にいた空間をミサイルが突き抜けていく。
「武装が違いすぎる! ずるいだろッ!」
上空の雲を突き破るように三機の戦闘機が現れた。あの機影は中華帝国のハイエンド機、第七世代ステルス戦闘機『神龍』!
私は迷わず手元のボタンを叩く。
青の発煙筒、その意は散開!
「狙い通り、食いついた!」
敵は散開した私達三機それぞれに食らいつく。一人一機。
「ぐっ……」
歯を食いしばってめいっぱいに操縦桿を引く。零戦の代名詞とも謳われたコンパクトな宙返り。
「くそっ!」
ダメだ。後ろにつけても速力で振り切られる。マッハ三を誇る第七世代機は時速換算で四千キロ。こっちの四倍。フェイクがその半分しか出せないとしても二倍の差!
「でもさァ、二倍までなら覆せるって、マンガで読んだのよ!」
敵もこのままの追いかけっこは望まないはず。かならず決着をつけに動く!
「来た!」
敵は急旋回を始める。クソッ、人間が乗ってなけりゃあんな無茶な動きもできるっていうのかよ!
「ぐあああああ!!!!!」
機首をマイナス四五度下げて斜めに下方宙返り。位置エネルギーを運動エネルギーに変換する空中戦闘機動、スライスバック!
ここが零戦の機動に最適な高度。ここで決める!
「いい加減に堕ちろ!」
二十ミリ機銃が火を噴くがそれも神龍を捉えるには至らない。
「クソッ、ここで旋回かよ!」
こちらも機首を捻るが速力の差がありすぎる。後ろにつかれた。振り切れない!
「やってやるよっ!ぐっ!!!」
歯を食いしばり、操縦桿を一気に引く。
宙返りの軌道の頂点に達する直前。機体を失速、横滑りさせ斜め旋回に入る。
神龍の真後ろ、取った!今度こそ!
「捉えた! いっけえええ!!!!!」
零戦オリジナルには無かった装備、三七ミリ機関砲。これなら!
ドガガッ!
放たれた弾丸は確実に神龍を捉えた。穴だらけになった神龍はその形を崩しながら落ちていく。
「やった!」
倒した、はずだ。
左捻りこみ。斜め旋回に入ることで宙返りの軌道を大幅にショートカットする技術。第二次世界大戦の大日本帝国海軍エースパイロット、坂井三郎氏の代名詞とも呼べる技だ。
プロペラ機だからこそ可能な芸当。ジェット機の発達した現代においては
「他の奴は?」
通信が回復していないのを見ると最低一機は残っている。早くいかないと!
ドッ!!!
眼下の雲の向こうで、爆発が広がった。
生命体であるフェイクは戦闘機の見た目で倒されても爆発しない。つまりこれは……
「橘! 七瀬!」
一気に機首を下げて雲に突っ込む。急降下速度に制限があるというオリジナルにあった問題を解決した零戦九八型はあっという間に雲海を突き抜けた。
「た、橘……」
そこで見たのは、錐揉みしながら堕ちていく橘の機体だった。
「死ね、クソがああああ!!!」
我を忘れて三七ミリを乱射する。突然雲の上から飛び出した私の攻撃は神龍の意表を突くこととなり一瞬で蜂の巣にした。
『睦、やりましたわね!』
「……エリス、私、」
『………』
エリスも気が付いたようで、操縦席には息が詰まるような静寂が流れた。
◇ ◆ ◇
【戦闘報告】
作戦は成功。
損害は零戦一三機、紫電五機、弐式陸攻が三機。パイロット二十名。
損害内訳
第一戦闘小隊、第二戦闘小隊は全滅。
第三戦闘小隊二番機、その操縦士である橘霞三等海尉。
第四攻撃隊、弐式陸攻三機、内一機の乗員二名。
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