第一話 有視界戦闘

「ねえエリス、敵はどこにいるのかな?」


 ここは零戦の操縦席。私は戦術支援AI、通称AIRISアイリスのエリスに話しかける。


「存じ上げませんわよ。それが簡単に分かるなら人類はこんな窮地に追い込まれておりませんもの」

「返事がお堅いねぇ。でも、その通りか」


 私は六道睦りくどうむつみ。日本防衛団小松基地所属の『零戦』パイロットだ。


 技術革新によって男女の身体能力の差は今では問題視されていない。素人でも高速学習装置を使用することによって一週間足らずでパイロット教育を終えられる時代だ。

 今は遺伝子検査で零戦を動かす資質がある奴を選んで案内が来る。

 勿論前世紀の赤紙みたいな効力は無い。あくまで個人の任意だ。


 私は受けた。


 私の大切な人は、奴らに殺されたから。


 だから私は戦う。


『母艦より通信です。周回衛星ひまわりⅫが敵を確認したと。西北西に一五〇海里ですわ』

「了解。じゃあまだしばらく喋ってられるね」


 戦術支援AIシステム。通称AIRISアイリス

 AIが自我を持つようになった技術的特異点シンギュラリティから実用化された技術だ。パイロットに合った人格のAIが相棒として配属されるシステムである。

 エリスは金髪碧眼のお嬢さまキャラ。優しい声は操縦席に座っているときのプレッシャーを和らげてくれる。


 そんな彼女のおかげで私達パイロットは操作に集中できる。司令部との通信なんかはエリスに任せておけるのだ。


「今回の敵機は?」

『アンノウン、ですわ』


 アンノウン。未確認か。奴らは何にでも化けるからまた新しい何かになってるんだろう。


「厄介だね。で、どうするの?」

『様子見、ですわ』

「承知!」


 二十一世紀の技術の集大成である『弐式栄発動機』は実に四千馬力の出力を誇る。これはオリジナルの四倍の数値。


 しかし、所詮は時代遅れの技術だ。これでも数世代前の戦闘機に劣る。が、電子機器を搭載せず徹底的に軽量化され空中戦ドッグファイトに特化したこの機体には十分すぎる。


 私の機体、『零戦九八型』の巡航速度は時速六百キロ。最高速度は千キロを超える。こちらはオリジナルの二倍。


 二十分程度の飛行で目的の海域に入った。


『それでは、ご武運を』


 そう言ってエリスの声は途絶える。

『フェイク』から半径五十キロ以内ではあらゆる電子機器が無力化される。つまり敵まではあと五分ほど。そう思うと少し手が震える。


 この第三戦闘小隊は三機編成。隊長は私だ。


 機体を軽く揺らして列機にサインを送る。


「見えて来た、か」


 遠目にも分かる、深い緑色のカラーリング。機体の側面には真っ赤な日の丸。


 私はこれを知っている。


「九六式、半島の遺物かよ!」


『九六式陸上攻撃機』、日中戦争時に暴れた大日本帝国軍の元主力攻撃機だ。一式陸攻の台頭でその立場を追われた化石。


 朝鮮半島の北に放置されたままの機体を奴らが見つけたんだろう。


「これならやれる。もっと面倒なのに化けられる前に殺す!」


 列機に合図をして速度を上げる。


 そもそも『フェイク』が『模倣』に優れている以上、九六式のスペックを上回ることはない。オリジナルの零戦でやれるような九六式に私が遅れをとることはない。


 海面すれすれを掠めて舞う私は奴らとすれ違った瞬間に機首を引き上げる。少し前までは曲芸などと揶揄されていた前時代の技術、宙返りだ。


「墜ちろ!」


 機首の二十ミリ機関銃が火を噴く。


 機体を蜂の巣にされた『フェイク』は錐揉みしながら海に落ちていった。


『睦! 様子見といいましたのに!』


 奴らを倒したことで電子機器の無力化も解けエリスが戻って来た。


「報告を。九六式陸攻だった。この調子だと旧日本軍の機体が出てくる可能性があるよ」

『分かりました。本部に送信しておきますわ。それにしても、睦』


 出たよ。いつものお説教だ。まあ、大体私のせいだしエリスの優しさの現れなんだけど。


『貴方は自分の命を軽んじているきらいがありますわ。もっと自分を大切にしてください』

「ありがと、エリス」

『そんなことで誤魔化すつもりですの?まったく貴方という人は―――』


 こうして任務を終えた私たちは帰投するため機首を返すのだった。



 ◇ ◆ ◇



 海上にぽつりと浮かぶ灰色の板。否、飛行甲板である。


 日本防衛団第二艦隊一航戦、加賀。小松基地所属の大型空母だ。


 かつて『太平洋の防波堤』と呼ばれていた日本は現在『ユーラシアの防波堤』と言われているいる。理由は単純。

 『フェイク』をユーラシアから出さないためだ。太平洋に出られたら制海権をとられることになって大惨事になりかねない。


 そんな重要拠点を守るのが私達の母艦、加賀。

 第二次世界大戦時の一航戦『加賀』を受け継いだ弩級航空母艦。二段式飛行甲板を特徴とするこの艦は『零戦』四十、『紫電弐改』十、『弐式陸攻』二十機を搭載する。


 そんな空母への着艦というのは相当の技術が要求される。


 機体を叩きつけるように接地し、甲板に張られたアレスティングワイヤーに機体後部のフックをひっかける。こうして無理やり減速しないと空母の甲板の長さでは止まれないのだ。


 『制御された墜落』とも呼ばれる荒っぽい技術だが今回はスムーズに完了した。


 風防を力任せに開くと潮風が流れ込んでくる。


 私は翼を伝って零戦から降りた。


「嬢ちゃん、良く戻ったな。九六とやったんだって?あれを間近でみてどうだったよ」

「そりゃもう凄かったですよ。歴史を感じましたねー」


 ボロボロのつなぎを着た中年男性、整備班主任の津田さんだ。大のミリオタが高じてこの仕事に就いた人で、こんななりだが弐式栄発動機の開発にも関わった凄い人。


「かーっ! 不謹慎かもしれねえけどよぉ、滅茶苦茶ロマンがあるんだよなあ。大昔のテクノロジーが現代に蘇るなんてよぉ、マニアには垂涎モノだぜ」

「あー、それは確かに分かるかもですね」


 不謹慎、その通りだが結局憧れには勝てないんだよな。確かに夢はある。


「隊長、今日も見事っすね!」


 列機から降りて来たのは橘と七瀬。第三小隊の部下である。


「お疲れ様。報告はエリス達がやってくれてるし、戻ろうか」


 これが、今の私の日常だ。

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